この作品、ざーっと最初に読んだ時、エッセイかと思ったんですよ。つまり実話なのではないかと。世界には自分の知らない民族や文化もたくさんありますから、そういうものの体験記録なのかなって。
そしたらこちら、まさかの創作!
土地の文化は風土に根ざしますから、その地域で代々行われている儀式や風習というものを知る事により、そこに住まう人の世界観等も伺い知る事が出来るので、NHKのスペシャル番組なんかも好んで見ますが、本当にそれを見ているかのよう。淡々としたナレーションで紹介されていく文化がリアリティの塊。
日々の記録を刺繍にしていくのは、この地域では紙が貴重だとか気候的に残しにくいのかも。そもそも文字がないのかもしれない。それでも、後世に伝え残していかねばならない事も多くあるのでしょう。刺繍の意味を親から子へ伝える行為も風習のひとつになっていそうで、そうやって親子の絆を深めているのかもしれません。
人生を記録する刺繍日記。一目に思いが乗って呪術的な意味もありそうで、思いや願いも込められていく。ただの出来事の記録ではなく、感情も籠められるんですね。子供が生まれた喜びだとか、誰かを喪った哀しみ等も記録され、誰かの刺繍と、誰かの刺繍が同じ出来事を記録してリンクしていたりもするのでしょうね。
人と人がそうやって繋がっている事も感じられる素敵な文化を感じ、想像の翼も広がってこの地域に思いを馳せてしまいます。
ある世界の、どこかの地域を旅をして見て来た。そんな読後感です。
日記のような役目を果たす布を持つ民族の話。
架空のお話でありながら、その文化のリアリティがすごい。
海を越えて、大地をゆけば、どこかの山や川を過ぎたそこに、その民族は確かに存在する。
そんな質感をもった、ある種圧倒されるお話でした。
内容は基本的に、布を順番に読み解いていくだけ。
しかしそこに人生が詰まっており、その生涯に思いをはせることができます。
登場する単語から、この文化圏がどんな土地にあるのか、そういった風土も想像でき。
山がある。雪が降る。鳥が来て、花が咲くらしい。
海に類する単語は見られないから、きっと山がちな土地なのだろう。
その中で、育ち、祭祀を行い、病を乗り越え、愛し、愛され、見送り、見送られる。
つづられる人生の、なんと色彩豊かで濃密なことか。
そしてこの布を読み解く、語り部の存在。
この布の持ち主と、どのような関係性であったか。
筆舌尽くして語るわけではないけれど、布に縫われるその指遣いが、雄弁に物語る。
総括。厚み、すごいっすね?
4000字弱でこの読み応え、ちょっとこれは魂が震えました。
手を伸ばせば何かに触れられそうな豊かな質感の物語、ありがとうございました。