第4話 雄太と中学生

 雄太は暗くガスの臭いがする高速道路の高架下にいた。

雄太の他にも三人、中学生らしい少年がいて雄太を囲んでいる。

 セイランが近づくと中学生たちはどすの利いた声をかけてきた。

「おい、来るんじゃねぇ」

 セイランは雄太が泣きそうになっているのに気が付き、慌てて声をかけた。

「雄太君、大丈夫? あなたたち、何しているの⁉」

「それ以上近づいたら、こいつが大切にしているキーホルダー壊してやる!」

 目つきの悪い男子中学生が持っているのは小さなアクアトープが付いたキーホルダーだった。

雄太がすがるような眼をセイランに向けている。

 セイランは足を止め、様子をうかがった。

雄太のズボンの膝小僧が破れている。中学生の三人組が雄太のキーホルダーでキャッチボールをしている。雄太はすすり泣き、中学生たちは品のない笑みを浮かべている。

「なんでそんなことするの?」

 セイランは中学生たちを刺激しないよう、静かに質問した。

 すると目つきの悪い中学生は吐き捨てうに言った。

「暇だからだよ」

 そして、キーホルダーを高く振り上げた。

「むしゃくしゃする」

 セイランは止めようと飛び出した。

 しかし――。

 ガシャリを大きな音を立て、キーホルダーのアクアトープは砕け散った。欠片は勢いよく飛び散り、その一部はどこかに消えていった。

 セイランがおそるおそる雄太の顔を見た。

 雄太は顔を青くし、その肩をわなわなと震わせながら立ち上がった。そして、近くに落ちていたとがった石を拾った。

「あぁー!」

 セイランが止める間もなく、雄太は目つきの悪い中学生にとびかかった。

 一瞬、雄太の荒い息以外の音が世界から消えたようにセイランには思えた。

 そして、少しして、鉄のようなにおいがセイランの鼻をさした。

「血だ」

 目つきの悪い中学生は腹部から血が流れ出たのに気が付くと気を失い、その場で倒れた。

 取り巻きが慌てて逃げていく。

 セイランがかけよると、返り血を浴びた雄太はぶるぶると震えながら膝をついた。そして、誰に聞かせるでもなく、か細い声で呟いた。

「仕方なかったんだ。あれは家族の思い出だったんだもん」


 

 セイランが慣れない寒さをどうにかごまかそうと空に広がる星をなぞり星座を作っているとようやく警察の取り調べから解放された雄太たち家族が警察署から出てきた。

 雄太の父、克太はすっかり疲れ切った様子だが、それでも雄太の肩に手を置き、諭すように言った。

「謝りに行くぞ、雄太」

 しかし、雄太は大きく首を振った。

「雄太! 謝らなくちゃだめだ!」

「いやだ」

 雄太は大きな声で叫んだ。

「あいつらが悪いのに何でぼくが謝らなくちゃいけないんだ! パパもママもぼくより赤ちゃんと他の人の方が大切なんだ!」

「雄太、何言って……」

 克太は言葉に詰まり、その額にしわを寄せた。

「ぼくは一人ぼっちなんだ!」

 セイランには一瞬、雄太が昔の自分の姿と重なってみえた。

「雄太君……」

 セイランの胸が鎖で締め付けられるように痛んだ。

 克太の困惑した顔に一瞥もくれず、セイランは雄太の前に立った。そして、優しく訊いた。

「あのキーホルダー、大事だったんだね。大切な思い出があるの?」

 雄太はまだ小さな肩を震わせた。

「あれは昔、パパとママと一緒に水族館に行ったときに買ってもらったんだ。あの頃はパパもママもぼくのものだったのに、今は赤ちゃん、赤ちゃんって……。ぼくだって、お勉強も家事も頑張っているのに!」

「そうなんだね。でもね、雄太君――」

 セイランは言った。

「あなたは愛されているわ」

 しかし、雄太はセイランのいうことを聞かずに駆けだした。

 セイランもすぐに追いかけるが、丈の長いスカートが邪魔になり、思うように走れない。差が次第に拡がっていく。

「待って!」

 セイランが息切れしながら叫ぶが雄太には届かない。

 セイランがあきらめかけたその時、雄太の前に影が現れた。その影は人型であるが、額から長いものが生えているのが遠くのセイランでも分かった。

「あれは――」

 セイランは自分の顔が青ざめるのを感じた。

 紛れもなく、その影は悪鬼のものだった。

 

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