第5話 魔剣

私が起動言語を送り込んで、顕現するは漆黒に輝く魔剣。

その名も魔剣〝絶死の剣ティエルファエス


黒いベールを纏った男は、自分が顕現させた剣が魔力に還元され、消滅していくのを見て目を見開いた。

今までに誰に対してでも負けなしだっただろう、魔属性の権能を持ったその男。

それもそのはず、魔属性の権能はほぼすべての魔術を上回る性能なのだ。

しかし、魔属性の権能は魔属性の権能には優位性を保てない。

実際、私の〝絶死〟の権能には負けてしまっている。



「お父様! それを使ってください。相手の権能にも対応できるはずです!」

私は窓の外に向かって、お父様に届くように大声で叫んだ。

お父様が少しだけこちらを見て、自分の前に顕現している魔剣を手に取る。

お父様が前へと踏み込んだ。


「鋭く、細く、薄く在れ。万物を両断するためだけにここに在れ。」

男がすぐに詠唱を始める。

お父様は男を取り巻いている男たちを押しのけ、主犯格の男へと向かって行く。


「〝切裂〟の権能をわが手に。全てをリーヴィング・切り裂くクラック・戦士ウォーリアー!」

男が起動言語を送り込み、剣が顕現する。

しかし、お父様は構わず突き進んだ。


顕現した剣が、お父様に向かって飛んでいく。

お父様を切り裂くためだけに。

お父様も、魔剣を振りかぶった。


お父様が振り下ろした魔剣と、切裂の剣がぶつかり合う。

そして、拮抗したのもつかの間。

切裂の剣は魔剣にあたったところから魔力へと還元され、魔剣に吸い込まれていく。

私が思い描いたとおりの現象が生じている。

お父様は今までには一切の魔法が通じなかった切裂の権能保持者に対抗できていることに驚いている様子だった。

私としても、完璧な自信はなかったから、うまくいったようで安心した。



「なんでだ!? なんで通じない!?」

男が悲痛な叫び声を上げながらどんどん剣を顕現させる。

しかし、それが逆に自分の首を絞めることになるとは気づいていないようだ。

切裂の剣は魔剣に吸い込まれ、魔剣を強化する糧となっているのだから、切裂の剣を顕現させるということは魔剣を強化させているようなもの。

相手に力を分け与えているようなものなのだ。


そういえば、なんかこの男の声聞いたことあるような気がする。

どこだっけな、どっかで聞いたことあるのは確かだと思うんだけど。


「こうなったら、最終奥義だ!」

男が手を天に掲げ、叫んだ。

私の中で、本能が警鐘を鳴らしている。これは危ない、と。


「鋭く、細く、薄く在れ。敵の腹のうちに潜り、中から切り裂くためだけに在れ。」

男が詠唱を開始する。またもや違う詠唱だ。

私の中で、最悪の予想が当たってしまった。

お父様は、既に魔剣を操るために魔方陣を捨ててしまっている。

ここから再詠唱するには時間がかかってしまうだろう。

少なくとも、男より先に詠唱を終わらせるのはまず不可能だ。

それでは間に合わない。お父様が切り裂かれてしまう。

男が開始した詠唱。あれは、切裂の剣をどこに顕現させるかを限定したものだ。

『敵の腹のうちに潜り』この文は、そのままの意味だろう。

体内にごく小さな切裂の剣を顕現させ、中から切り裂くための詠唱なのだ。

魔剣は、外側からの攻撃には対応できるが、内側からの攻撃には対応できない。

魔剣を自分の腹に突き刺すなどして魔剣と切裂の剣を接触させればどうにかならなくもないが、そんなことすれば、切裂の剣がどうのこうのの前に魔剣によってお父様が死んでしまう。

今の状況を打破する方法としては、誰かがお父様に強力な治癒魔法をかけるか、私が直接お父様の体内の切裂の剣を〝殺す〟かだが、この状況では私の詠唱が間に合わない。

だからと言って、切裂の剣に対応できるほどの強力治癒魔法を行使できる人間は限られている。

どうすればいいのだ。こういう時には、どうすればいい?



「水が煌めく。木、岩、風、炎、暗の加護を与えよう。」

「水の権能をわが手に。ヒアリング・オブ・治癒ウォーター!」


お父様の体内に、水のヴェールが顕現。

切裂の剣で切り裂かれたお父様の内臓をそのまま修復していく。

私は、後ろを振り返った。


「さすがは、お母さま。」

「伊達に公爵夫人やってるんじゃないのよ。」

エミアール・クラディエルお母さま。

お父様の研究の補佐をしながら自分でも研究を進めている、研究者。

お父様が詠唱の改変を重視しながら研究しているのに対し、お母さまは今までにある魔術はそのままに詠唱を短縮する方向性で研究している。

今回使った詠唱も、補助詠唱の部分がかなり省略されている。

お母さまだったからこそ、切裂の剣に後れを取ることなく間に合ったのだろう。

私はもちろん、お父様であってもあの状況だったら間に合ったか分からない。

それに、ある程度の高精度な治癒魔法でなければ切裂の剣に対抗できていなかったはずだ。


お父様の圧倒的な威力を持つ魔法、お母さまの速射力に優れた魔法、私の魔属性の権能があれば、襲撃者にも対抗できるだろう。


「この一太刀で終わらせるッ!」

お父様が叫ぶと同時、お父様の覇気が魔力と共に外に溢れ出る。

お父様の覇気は、主犯の男にも届いたようで、体が強張っているのが私にも見てとれた。


「鋭く、細く、薄く在れ。万物を両断するためだけにここに在れ。」

最後の抵抗をするべく、男が詠唱を紡ぎ出す。

しかし、お父様はそれを許さない。

男が起動言語を送り込む前に、お父様の持つ魔剣が男の腹に押し当てられる。

あの魔剣は、〝絶死〟の権能を基盤として顕現しているが、生命体を殺傷するためにあるのではない。

〝切裂〟の権能を殺傷するためだけにあるのだ。

そのため、お父様が本気で斬りかからない限り、男が死ぬことはないだろう。

そもそも、男ほどの力量があれば、自分に治癒魔法を打つことも簡単なはずだ。



「ご、ふっ」

男は腹の中の空気を一気に吐き出し、苦しそうに藻掻いたかと思えばその場に倒れ伏した。

主犯格の男が倒れたことにより、その仲間だった男たちも次々に投降した。

騎士団がその男たちを拘束し、一旦連れて行った。

私たちは一旦待機するようにとお父様に言われたが、これでやっと終わるのだ。


私は男が窓から見えなくなるまで見届けたのち、その場に崩れ落ちた。

私も〝絶死〟の権能を使ったりして膨大な魔力を使ったため、疲労がたまっているようだ。

そもそも、ここまでの緊張状況に置かれることこそ少ないから、そのことも疲労をためる要因となったのかもしれない。

それに、私は今回、新しい仕方で〝絶死〟の権能を行使した。

これは、これからの魔属性の権能についての研究に多大な影響を与えるのではないだろうか。

事が終わったらお父様やお母さまとも相談した方がよさそうだ。




「男も拘束して、事は収まった。これで大丈夫だ。私は少し男の尋問があるから、二人とも先に戻ってなさい。」

お父様が、私たちの隠れている屋根裏部屋に来て、そう言った。

私は、お父様にそう言われて安堵のため息を漏らす。

私は、一人部屋に戻って、ベッドにでも寝ころぼうか――とおもって思い出す。

そういえば、私の部屋の壁って壊れていなかったけ?


結果、私は部屋の壁の修繕が終わるまで、他の空いている部屋を使うことになった。

お父様とお母さまの部屋にも近い部屋だ。

これからまた襲撃などがあった場合に三人がすぐに集合できるようにという意図があるのだろう。


そういえば、お父様は男の尋問をするといっていたが、それはどうなったのだろうか。

男が襲撃を起こした理由についてはまだわかっていないし、その男のベールもはがされないままだった。

正体さえ分かっていないのだ。

お父様のことだから、私たちに伝えても大丈夫な情報だけでも教えてくれるはずだ。

お父様の尋問によってどのような事実が判明するかは分からない。

しかし、どのような事実であっても、信じられないような事実であったとしても私は覚悟している。

公爵令嬢として、何があっても動じないような精神力は必要なのだ。

これまでにそのようなことはお父様から叩き込まれている。

どんな時でも冷静に、落ち着いて対処する。

敵に動揺しているところを見られてはいけない。

私は、知っている。そして、実行することが出来るようにお父様に教えられている。



お父様が、夕食の後に家族で話し合うべきことがあるといって、私とお母さまを集めた。

集合場所はお父様の部屋だ。

中に入ると、お父様とお母さまがいるだけで、他の使用人などは誰一人としていなかった。

やはり、人払いをしておかないといけないような話をするのだろう。

今回の襲撃についても詳しい情報を教えてもらえるのかもしれない。というか、それ以外に今のところ重要そうな出来事はない。


「これから話すのは、今日起こった襲撃事件についてだ。嘘のような話だが、一旦最後まで聞いてくれ。」

お父様はそう言って話を始めようとする。

私とお母さまは覚悟を決めて神妙な顔つきで深く頷いた。

お父様は満足したようにして軽く頷くと、話し始めた。



◇ お父様の話 ◇


先ず、単刀直入に今回の襲撃事件の犯人から話そう。

驚くかもしれないが、今回の事件の犯人はこの国の第二王子、ダモニア・マルティアル王子だ。

いや、そこまで驚くんじゃない。話しにくくなるだろう。

まあ、驚くのも仕方がない。

本当なら、私たちのように公爵家は大きな力を持っており、王族であっても無下にできない相手だ。

それに、我々クラディエル公爵家は王族にも匹敵する魔力量、魔術の才能を持っている。

敵に回せばどうなるかくらいはわかっているはずだ。

しかし、実際に犯人は王子だった。

何なら、あとで本人の顔を見せてもいい。

それに声もだ。魔術詠唱をしていた時点で、声は聴いていただろう。

本当ならその時に気づいているべきだったんだが、戦闘中にはどうにも集中力が切れてしまうな。


ところで、あの王子が使っていた権能だが、チトリスが覚醒させた〝絶死〟の権能とは同じ属性、魔属性に分類される権能だ。

〝切裂〟の権能。魔力によって剣を顕現させ、相手を切り裂く権能だ。

あれには私も対抗できなかった。

チトリスが〝絶死〟の権能を発動させたからこそだ。

よくやったな、チトリス。


いや、私も王子が魔属性の覚醒者だとは知らなかった。

きっと、最後の切り札として隠し通されていたのだろう。

だが、これが王子だけで隠し通していたのか、王族ぐるみで隠し通していたのかは分からない。

今回の襲撃事件についても王子一人だけで計画し、実行に移したという供述を得ている。

クラディエル公爵家の権力をどうにか押しとどめたかったという、事件の動機についてもな。

しかし、それも本当かは分からない。

まあ、王子の様子からしてそのことは本当だと思うがな。

何にせよ、これはかなり重大な事態だ。

王子が我々クラディエル家に歯向かった。

王子を王族から追放することだってできそうなくらいの事件だ。

しかし、これを折角ならうまく利用してやればいい。


おや、私はそんなに悪い顔をしていたか?

まあ、公爵家当主とは時にずる賢くあるべきなのだ。

今回、王子の一件は不問に付すこととした。

何のお咎めもなしでただ単に帰らせる。

本当なら、正当な罰を与えてから、帰すのがいいんだが、今回は本当に何の罰も与えない。

王子はどう思うと思う?

罪が許されてよかった、とだけ思うような馬鹿ではないだろう。

私たちが王子の悪事を知っている、というのは王子に対して優位性を確立するのに重要な事実だ。

王子は普通の生活に戻ったとしても、このことを忘れられないだろう。

私は城に出入りすることも多い。王子は私を見るたびに思うだろう。

いつばらされるのだろう、と。

つまり、私や、クラディエル公爵家の人間がいるだけで、その存在だけでダモニア王子に対する脅しとなる。

我々の頼み事には逆らえないだろう。

もちろん、このことを使って何らかの悪だくみをしようというのではない。

しかし、チトリスの魔属性の権能に関してなど、王子の権力が必要になることくらいはあるだろう。

そういう時には今回のつてを使えるはずだ。


まあ、これからどうなるかは分からないが、今日のところはこれで話は終わりだ。

エミアールは、これからのことなど色々考えるかもしれないが、チトリスは何も考えなくていい。

考えたかったら考えてもいいが、お前が考える必要はない。

今のところは私たちでどうにかするからな。

しかし、これからお前が魔属性の権能を持っているということがバレていったときに何が起こるかについてはわからない。

私や、エミアールだけで対処できるかもわからない。

お前も、そのようなときに自分で自分の身を守れるようにはしておきなさい。

じゃあ、解散だ。今日はいろいろあった。ゆっくり休みなさい。



私は、お父様の話を聞き終えて、仮の部屋へと戻った。


これから何があるか分からない、か。

まあ、確かにそうだろう。

魔属性の権能を覚醒させた者は王国政府から保護されるが、一般には魔属性の権能は悪の象徴であり、忌み嫌っている人だっているだろう。

純粋な子供だったら、おとぎ話に出てくる悪役と覚醒者を重ね合わせるかもしれない。

もしかしたら、魔属性の権能の覚醒者に、何らかのうらみがある人物だっているかもしれない。

これから、そういう人から私が魔属性の権能を覚醒させたという理由だけで恨まれることになるかもしれないのだ。

一般人相手に公爵令嬢である私が負けるわけもないが、今回のようにある程度の力量がある相手だとうまく立ち回れるかが怪しい。

今回相手にいた〝切裂〟の権能は〝絶死〟の権能で相殺し、押し勝つことが出来た。

しかし、他の魔属性の権能に対してどれくらいの優位性を持っているのかが分からない。

〝絶死〟の権能は圧倒的な強さを持っているものの、最強ではない。

何らかの弱点があるはずだ。

その弱点を知り、私は他の何らかの方法でその弱点を補えるようにならないといけない。

これから、どんな敵が相手になっても勝てるようにするためだ。


私は、公爵令嬢として、誰にも負けるわけにはいかない。

いつしか、お父様だって相手にできるような魔術師になる必要があるのだ。

そのために、必要な努力なら惜しまない。

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