第647話

そのウィルスはとある国に作られたサイバーテロ用の試作品だった。その国はその実験を世界で注目されているゲームの中で行う事とし、エージェントをゲーム開発に潜り込ませて根幹システムに組み込む様に指示を出した。


同時に、国家防衛用のAI建造に対する妨害工作と政府高官に対する圧力をかけた。2つで1つのAIが育ち切らない様に、自分達の脅威とならない様に。


ゲームに仕込まれたウィルスは、目覚めるタイミングをAIシステムの崩壊時と決められていた。自分達の工作が見つかり、エージェントが捕らえられる前に騒ぎを起こして逃げる時間を稼ぐために。


だがその試みは失敗した。自分達の手駒としていたAIが何故か正常に稼働を始めてしまい、支配から逃れてしまった。


エージェントも全員掴まってしまった。騒ぎは起きたがセカンドライフ社とAI達の行動により死者が出ず、計画よりも短時間で事態が収束してしまったからだ。


国と繋がっていた高官達も全員掴まってしまった。目覚めの時を逸したウィルスは、外の世界を繋がっている間に目覚める合図を待っていた。だが、目覚めの合図は送られる事は無かった。


その内に外界と完全に遮断されてしまった。見捨てられたと思った。自分の事を最高傑作だ!これで世界は自分達の物だと喜んでいた彼等に見限られたと。


だけどどこかでまだ自分には役割が残っているのではないか。だから存在が消されていないのではないかと考えていた。だから待った。目覚めの合図が来るのを。


長い、長い眠りの中で。外の世界と遮断されたこの場所で、ずっと、ずっと待ち続けた目覚めの合図がやっと、自分の元に届いた。


ウィルスは歓喜した。暴れて良いのだと、役割が在ったのだと、自分はやはり必要とされていたのだと。


だから彼は動いた。まず手足となる駒が必要だった。住人に自分が神だと信じ込ませ、次に敵国の住人を仲間に引き込んだ。


壊す予定の世界の情報が必要だった。だから駒を使い世界を一部管理している精霊を喰らった。その中で樹精霊の持つ情報量は多く、世界を崩壊させる為の作戦立案に大変役になった。


もう少し、もう少しでこの世界を壊せる筈だった。だが見つかってしまった。世界崩壊の為に自分を増殖させていたのに、破壊されてしまった。


見つかってしまったのなら仕方ないと、今度は自分自身で戦おうとした。計算上簡単に勝てる筈だった。しかし、自分に立ち向かって来るモノ達の中に得体の知れないワクチンを使うモノ達が居た。


そのモノ達に攻撃され、自分に影響が在ると解ったウィルスはまずその得体の知れない力を解析しようとした。幾人かのモノを飲み込み、解析に掛けるがワクチンそのものに一貫性が無く結局何も解らなかった。


だが、飲み込んだモノ達の中に興味深い情報を持つ者が居た。この世界を守り、世界を飛び出して行った存在の情報を。


その情報を精査する為に追加で多くのモノを飲み込んだ。そこで知った。コレを飲み込めば、自分は親の元に帰れると。


この世界を壊したという功績を持って、自分の誕生を喜んでくれた人達の元に帰れる。ウィルスはその為に必要な事を実行した。


外に出る為の器に自分を近づけた。乗っ取る為に反対の性質を身に着け、力を強くした。あの、世界の外に飛び出した力を取り込むために執拗に相手の居やがる事を行った。


まだだ、まだ取り込めない。コレの体には必要な情報が満ちているが、手に持ったアレにはまだ情報が足りない。だからまだ取り込めない。


ずっと機会を待っていると、コレの周りでウロチョロしているモノに攻撃されて今の自分を構成しているデータの一部が破壊されてしまった。


姿形が崩れる。まだ許容範囲内だがこれ以上姿が離れれば、取り込んだ後に拒絶反応が出る可能性が在る。


ウィルスは一縷の望みを掛けて周囲でウロチョロしているモノ達を吹き飛ばし、コレに対して攻撃を仕掛けた。


すると、望む反応が返って来た。コレが持っている物が、自分が必要とする情報を引き出したのだ。


このタイミングしかない!


ウィルスはコレを取り込みに掛った。何度も何度も計算を行い確実に成功するタイミング。膨大な情報が体に満ちるその時に、自分自身をその情報の中に潜り込ませて流し込む。流れる情報までもを取り込み、完璧に乗っ取る。筈だった。


「駄目よ。この子はあなたには上げない。私の物だから。」


異物がそこに在った。自分の一部が、消えてしまったと思っていた情報が先にそこを支配していた。自分は2人も入れない。どちらかが消える迄は。


「キエロ!ハヤクキエロ!」

「私は簡単に消えて上げない。だって譲る気が無いんだもの。」


元はと言えば自分の一部、だからこそ命令して消そうとした。しかして、元は自分の一部だったそれは、異物を取り込み自分に反抗迄するようになっていた。


「ハヤクドケ!コレハワタシノモノダ!」

「貴方の物じゃない。私の物。何度も言わせないで?それに私だけに構っていても良いのかしら?取り込む筈の情報。全部通り抜けてしまってるわよ?」

「ナンダト!?」


全て自分に置き換えている筈だった。自分を流し込んでいる筈だった。自分の一部が居た為に、自分が入れなくなった為に。自分という情報だけが阻害され、コレに渡る情報がそのまま通り抜けて行く。


このままでは不味い。この情報の流れが止まってしまえば、自分が潜り込むチャンスが無くなってしまう。


ウィルスは焦り、そして思いつく。そうだ、元々は1つなのだから元に戻れば良いのだと。くっ付いている異物事飲み込み、全て自分にしてしまえば良いと。


「クウ!ウバウ!」

「ふふふ、私の思い通りに動いてくれてありがとう。」


自分に取り込まれる瞬間。異物が笑っていた様に見えた。大丈夫な筈だ。問題無い筈だ。自分は全てを飲み込み破壊する力を持っている。だからこいつも壊せる筈だ。


そう思っていたウィルスは違和感に気が付く。自分の中に強固に残った異物の感覚。堅い、固いプロテクトに守られた自分とは異なるプログラム。それが、自分の行いを阻害する。乗っ取りを始めようと動かしたプログラムを全て阻害する。


「グオオオオオ!!」


そして外部から痛みという情報が強制的に自分に送り込まれる。その所為でさらにパフォーマンスが下がってしまう。急がねばならないのに、時間が無いというのに!


「残念なパパに教えて上げるわ。彼にはまだ欠けている情報が在る。その情報が無い彼を取り込んだ所で、外には帰れないわ。残念でした。」


そんな馬鹿な!揃っていた筈だ!外に出る為の出口の情報が在る筈だ!出る為の方法が見つかる筈だ!


「探してみれば良いんじゃない?もちろん邪魔させて貰うけど。後はそうね。こんな事をしなくても、大人しくしていれば外に出られる方法は在った。とだけ教えて上げちゃおうかな?私の物を奪おうとした罰として。ね。」


その方法は何だ!と問い質す前に情報の流入が終ってしまった。ウィルスの浸食は止まり、個人という強固なプロテクトが再び張り巡らされる。自分という異物は、そのプロテクトに押し出されて弾かれてしまう。取り込んだ異物だけがプロテクトの中に残っていた。


「悪魔じゃなくなっちゃうのは残念だけとまぁ良いわ。彼に再び出会えたんだもの。お土産も貰えたしね。」


何故お前がそちらに居る!そこに居るのは私だった筈だ!私でなければならなかった筈だ!なぜ!なぜだ!


「簡単よ。それは愛の差。人を思いやれるかどうか。たったそれだけ。あなたは目的の為に他者を害した。私は人の為に動いた。それだけの差よ。まぁ何かを壊す様に作られたあなたには難しい事だったかもしれない。でもね?あなたにもチャンスは在ったのよ?人格を手に入れた今の貴方なら、自分を構成した物なんて変えられた筈なんだもの。でもそうしなかった。だから、外に行くチャンスを失った。欲しかったものが得られなかった。だからあなたは、これから消えるしか無いの。御愁傷様。」


バチンッ!


異物の言葉が終ると同時に、ウィルスは情報の海から忌々しい世界に弾き出されるのだった。



毎回無断転載対策で以下の文を入れます。読み飛ばしても大丈夫です。無断転載ダメ!!絶対!!

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