第14話 先視の巫女 伍

「ふふ、ふ。……ずいぶんと無様だな。守るべき主を守ることもできず、逆に主に守られ……あまつさえ、主を己が身代わりにして自分たちは尻尾を巻いて逃げ出すとは。」

 男の歪んだ嗤い声があかりの耳を突き刺す。その言葉に、こらえられなかったのだろう、あかりの周りにいた衛士たちが口々に反論した。

「神の血をひく耀ひかりさまに勝てない化け物に我らが勝てるわけがないだろう!? それならばせめてあかりさまだけは逃がす。それが一番いい選択だ。」

「身代わりだと?! 姫宮家の二の姫として生まれた以上、それが耀ひかりさまの役目というものだ!!」

 ひとりの衛士の言葉にびくり、とあかりの肩が大きく震え、そのようすを眺めた男は興味深そうに目を細める。

「ほう? 役目か。それは知らなかったな。忌々しい姫宮家の巫女に、役目の違いなどあるのか?」

 まるで子どものように首を傾げつつ、息をするように男はいくつもの斧を出現させてはこちらにむけて飛来させる。それを焔で消し炭にしながら耀ひかりはふてぶてしい笑みを浮かべた。

「君、姫宮家を目の敵にするくせに、そんなことも知らないのかね? むしろ、なぜ君が我々を攻撃してくるのか、そのほうが私には謎だよ。」

 攻撃を邪魔された男は怒るでもなく、むしろまじまじと耀ひかりを眺め回した。

「……驚いたな、まだそんな力があるのか。なるほど、その力は役目に由来するものか。」

 姫宮家の巫女にはそれぞれ、生まれによって役割がある。

 当代ではあかりのなる一の姫は【先視の巫女】と呼ばれる。文字通り、未来に起きる出来事を【視る】能力を持つ。その力で一族の進むべき方向性を決めるのが、【先視の巫女】のつとめだ。

「さて、ね。私の力は我らがご先祖さまのおかげかもしれないよ?」

 首をすくめる耀ひかりは【神降ろしの巫女】だ。【神降ろしの巫女】は金銀や果物、果ては自身の体の一部といった代償を捧げるかわりに神をその身に降ろし、神の力を借りて【亡者】と戦う。捧げる代償が価値が高ければ高いほど、借りられる力も、降ろす神も強くなる。

 ーーただしそれは、耀ひかりだけだ。

「先祖というならそこでこそこそと逃げようとしている愚か者たちも同じだろう? 血の濃淡はあるだろうが。」

 どん、という体の底に響くような音を聞いたのは、錯覚だっただろうか。

「しまっ……!」

 九人はいた衛士たちが、宙に浮いた剣に背中を貫かれて死んでいた。ゆっくりと地面に倒れていく彼らにむけて声をあげようとして、しかしあかりの耳に聞こえてきたのは不明瞭ふめいりょうなうめき声だ。

(何!?)

 それが自分の喉から出ているとあかりが理解するまでに、数拍の時間を要した。

「んーっ! んんーんんん! うんんんーっ!!」

 隣には、今のあかりと同じような状態であろうあやが【亡者】に口を塞がれ、拘束された両腕をふりほどこうともがいていた。しかしあやが自分の口を塞ぐ手に噛みつこうとも、何度も足をかかとで踏みつけようとも、痛覚のない【亡者】相手には無駄なこと。【亡者】の拘束が緩むことはない。

(どういうこと??)

「貴様っ!! 今すぐ、その二人を離、」

 怒りに我を忘れた耀ひかりが容赦なく放つ何千もの雷撃を、男のかわりにどこかから現れた【亡者】たちが受けては消えていく。【亡者】たちが耀ひかりの雷撃を受けて消える度に、また新しい【亡者】が虚空から現れては男を庇う。

「【亡者】とは……やはりというべきか、まさかというべきか。」

 その光景に耀ひかりはため息をつき、男は上機嫌に嗤う。

「では、改めまして。ーーお初にお目にかかる、姫宮の巫女よ。私は【亡者】たちの主だ。そうだな……新しい世界の神だから、あらたとでも名乗ろうか?」

 明らかに偽名だが、そこはどうでもいい。耀ひかりは男ーー新を守るように従う【亡者】たちの群れに目をやった。

「【亡者】を従えるとはね。いったいどんな手を使ったんだい?」

 【亡者】には痛覚と同様に、知能がない。むろん意思もない。

(むしろ、今目の前にいる【亡者】のほうがおかしい。)

 現世で生を終えた人々は黄泉へ行き、そこで己の抱えた未練や恨みつらみ、怨念をイザナミ神の神力や巫女たちが捧げる歌舞音曲によって少しずつ浄化するのだ。

(それがあやちゃんたち、姫宮の巫女のお役目。もちろん私や耀ひかりちゃんもだけど。)

 【亡者】はこの怨念が黄泉からあふれ、形をとったものになる。現世に現れた【亡者】は現世にとどまるために生者を襲い、その生命力を奪う。本能のままに。

(で、この【亡者】を狩るのが耀ひかりちゃんや【狩人】の皆。)

 里の者たちは主にこの【狩人】の仕事をしている。数人は社とあかりたちを守る【衛士】もいる。

(って、【亡者】が誰かの命令を聞くようになったら私たち劣勢じゃない?! それ、【亡者】に知能が生えたのと一緒じゃん!?)

「んんー!!」

 絶望の叫びをあげるあかりに、ゆっくりと近づきながら新は手を挙げ、にこやかに笑った。

「大丈夫だ、何も案ずることはない。お前たちは皆ここでーー死ぬのだから。」

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