第20話 復讐の足音

 その後、ニコラは十六夜に怒られながらもギルドで働いていた。


 順調に一日数件は助け手をこなしているが、毎回、十六夜に怒られる。結果として冒険者を助けてるんだからいいじゃないですかっ。


 正直、なんでこんなに怒られているのかが分からなかった。カインは私のために怒ってるんだよと言っていたが理解できない。そもそもカインがイグニスの槍を追放されたことから私の不運は始まったのに。


 日も暮れて帰り道。ニコラは帰路につく。


 どこかで、酒でも飲んでストレス発散しますかっ。でも恨み持たれている奴と揉めるのも面倒ですねっ。


 ストレスがたまりますねっ。


 落ちていた瓶をニコラが蹴飛ばす。


 思ったより強く蹴ってしまった。前に立っていた人に当たりそうだ。


 「あっ危ないです。」


 フードをかぶった男は軽々と瓶をキャッチした。


 「久しぶりだな。ブラックキャットのニコラ。いや、今はギルド職員のニコラかっ。」


 フードをかぶった男の顔は見えない。こんな暗い道で話しかけられるのは気分が良いものではない。私を恨んでいる人は多くいる。まさか…復讐…いつでも剣を抜けるように手を双剣にかける。


 男はフードを脱ぎ顔を見せてきた。


 「オレだよニコラ。ルークだ。」


 ふぅ、と一息つく。どうやら襲われることはなさそうだ。


 「なんだルークさんですか。帝国のお尋ね者のルークさんが私に何のようですかっ。通報してもいいんですよ。」


 ルークがニコラを睨みつける。


 「おまえ今はギルドの犬なんだってな。それで楽しいのかよ。」


 ニコラはムッとした。


 「犬だなんて失礼なっ。たっ…楽しいわけがないじゃないですか。毎日怒られているのにっ。これも全部カインとあんたのせいですよっ。」


 くっくっくっ


 ルークが笑みを浮かべている。正直不気味だ。


 「なあ、カインやギルドメンバーに復讐したいと思わねえのか。」


 ルークの言葉に驚き、つばを飲み込む。

 

 「そんなのできたらやってますよ。できないからこうやって借金返すまではいい子にして、働いてるんじゃないですかっ。」


 もう良いですか。と言いニコラはその場を去ろうとする。


 「まあ待て。もしオレが復讐するチャンスを作れると言ったら…どうする? 」


 ニコラの心は揺れた。確かに毎日のように十六夜に怒られているが、ギルドで働く毎日に充実感を感じている自分もいた。でも十六夜とカインはムカつく。という相反する感情が今のニコラにはあった。


 「話だけ、聞かせてもらえますかっ。その内容次第ですっ。もしダメそうだったらあなたのことすぐに通報しますから。」


 「良いだろう。オレが取っているホテルで話をしよう。」


 ルークにホテルでなにをされるかわからないし。それにお尋ね者のルークと一緒に歩いているところを見られるのはまずい。


 「いえっ。裏稼業行きつけのバーで話でもしましょうかっ。ついてきてください。」


 あそこならマスターも古くからの知り合いだし、口は堅いし、揉め事になる可能性も低いだろう。


 「わかった。」


 さっそく、ニコラは歩き出した。どうもルークの距離は近い。


 振り返り、ルークに話しかける。


 「ちょっと近いですよっ。もう少し離れてください。こっちも一応ギルド職員ですから、一緒にいるところを見られたくないことくらいわからないですかっ! 」


 その刹那、ニコラの腹を思いっきりルークが殴る。


 なにっ。痛い。まさかなにか嵌められたの…。


 ニコラは糸の切れた人形のように崩れ落ちる。


 ルークがニコラに馬乗りになりニコラの顔を強く叩いた。


 「いつもおまえは偉そうだなっ。おまえもせっかくイグニスの槍に入れてやったのに生意気なこと言ってたの思い出した。」


 (しまった。復讐なんて嘘だったんだ。私…殺されるかも。)


 恐怖を感じたニコラは震える。この状態ではルークをどかすことなんてできない。


 「震えてんのかニコラ。おまえも可愛いところあるんだなっ。」


 ルークが笑っている。


 私はこっそりと、背中に仕込んでいる刀に手を伸ばす。


 「おっと。動くな。おまえは盗賊だからどこかしらに武器を隠してんだろ。」


 ルークがみぞおちに思いっきり拳を降ろす。


 「ううう…」


 ルークは殴るのを辞めない。


 やばい。苦しい。もう体が動きません。


 ルークがニコラの顔を掴み、耳元でささやく。


 「ニコラおまえ、病気の弟がいるんだってな。その弟のために治療費を稼いでるんだって。泣ける話じゃねえか。なあ。」


 ニコラは目を見開いた。


 ブラックキャットのメンバー含めて誰でにも弟のことは言ったことがない。それなのになんでこの男がそれを知っているんだ。病院に顔出す時に誰かにつけられないように歩いてってたし。当然警戒はしていた。


 「なっ。なんで知ってるんですかっ。」


 ルークが不気味に笑った。


 「そんなこと調べりゃすぐわかる。例え名前を変えて入院させててもなっ。おまえに二つ選択肢をやるよっ。」


 ニコラは心が折れた。反撃する気すらも失せてしまった。


 ルークがニコラの態度を見て、満足そうに笑った。


 ニコラを起こす。


 「あ…そ…それで選択肢ってなんですかっ。」


 「一つはカインへの復讐を手伝うこと。もう一つはオレの奴隷になることだ。」


 この人は悪魔だ。私も今まで悪いことをしてきたことは本当は分かっていた。それも全て弟のため。お金のためだった。だけど、この人は復讐に取り憑かれている。


 「…なるほど。カインとギルドの皆を裏切れば良いんですねっ。」


 「そうだ。どうせお前もギルドの面々を利用してやろうとしか考えていなかっただろ。良いチャンスじゃねえか。」


 ニコラは悩んだ 奴隷になったら一生ルークに尽くさなければならない。それは嫌だ。そうなると弟のためにお金を稼ぐこともできない。


 「わかりました。その代わりカインへの復讐に成功したら私たちとは一切関係を持たないでどっかにいってください。」


 ルークがニコラの胸ぐらを掴む。


 「あ? もう一度体に分からせねえといけねえか? お願いの仕方がわかってねえな。」


 「すっすみません。分かりました。手伝わせて下さい。よろしくお願いします。」


 「最初からそう言えば良いんだよっ。よしっ着いてこい。人目に付かねえところで旨いもの喰わせてやるよっ。そこで話しようやっ。」


 「…わかりました。」


 ルークはローブを被り直し、歩き出した。


 ニコラは揺れていた。このことをギルドに報告して弟だけでも保護してもらおうかっ。でもそうしたら弟が無事では済まない可能性も高い。


 「ニコラ、もし裏切ったら、その瞬間にお前の弟殺すように依頼してるから。そのつもりでいろよっ。」


 「わ…分かってますよっ。ルークさん。」


 ニコラは慌ててルークに着いていった。


 (カインさんごめんなさい。それでも私には弟のほうがあなたより大事なんですっ。)



 ルークは羽振りよくニコラにご馳走と高い酒を奢った。


 「ルークさん、こんなに高いお酒良いんですかっ。羽振り良すぎじゃないですかっ。」


 ニコラが尊敬の眼差しでオレを見ている。その目だ。その目。オレに向けられる目は尊敬がふさわしい。


 裏ギルドでニコラの情報を探ってみてよかった。こいつは弟を出せばオレの言うことを聞く。復讐が上手く終わった後も、オレのために働かせてやるよっ。


 「まあダンジョンで稼いだからな。それで、ニコラお前は今ギルドでどんな仕事してるんだっ。」


 「ルークさんは鉱山に行ってたので知らないかもしれませんがっ、助け手というものが今あって。冒険者を助けにダンジョンに行ってます。」


 「なるほど。それは利用できそうだなっ。仕組を説明してくれっ。」


 ニコラが助け手の説明を丁寧にしてくれる。なるほど。今は十六夜、ニコラ、カインの3人で順番に助けにいってんのか。まだニコラの信用も大きくないだろう。2人で行くことが多いらしい。


 どうやらオレに風が吹いてきたみたいだぞ…カインッッッ。


 …名案を思いついた。


 「よしっ計画はこうだ。難易度的に50Fくらいがいいだろう。まずは適当な冒険者を襲って救難信号を出す。そこで十六夜とおまえが来たら、おまえが不意打ちで十六夜を倒す。そうすればそれを助けるためにカインがのこのこと現れそうだなっ。」


 オレが明日にでも地獄に落としてやるぜっカインッ。おまえが負けた顔。目の前でギルド職員を殺される顔が見られるのが楽しみだっ。


 「そうですね。それであれば…うまくいきそうですねっ。」


 ニコラが悪い笑みを浮かべる。


 そうだその顔だ。ニコラ。おまえには良い子ちゃんはふさわしくない。お前もオレのペットにしてやるっ。


 ふふふっ。カイン待ってろよ。お前だけ幸せになれると思うな。


 「おう。オレは天才だからなっ。ニコラお前も悪くなったな。」


 「なに言ってるんですか。私はもともとこんな感じですよっ。それにしてもカインに勝てる算段はあるんですかっ。」


 「当たり前だっ。ただ苦戦する可能性も高い。カインはニコラを信じるだろう。お人好しだからなっ。オレが命令したら、おまえが刺せっ。そこでこの契約は終わりだっ。」


 ニコラが不安そうな顔をするが、弟をだしにすれば大人しく従うだろう。


 「何、心配するな。ダンジョンでは、不慮の事故はつきものだからなっ」


 「私も冒険者続けたいので、一緒にいたらギルマスたちに怪しまれるので、刺したらそこで帰りますねっ。」


 こいつは使えるな。鉱山を出てから調子がいい。このまま成り上がってやる。


 「わかった。明日に響いても困る。ここらへんで解散しよう。」


 ルークは酒を飲み干し、満面の笑みを浮かべたのであった。

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