第14話
鳥のさえずりでフェルは目を覚ました。
(あの後……そのまま寝たのか)
フェルはまだ薄暗い窓を眺めてため息を吐いた。いつの間にか靴は脱がされ、上掛けの中に納まっていた。マントはコート掛けに掛けられている。正義の剣は寝台近くの小さなテーブルの上に置いてあった。アマヤが世話を焼いてくれたらしい。
「確か。今日からだった……王の騎士の仕事……」
フェルは気怠い体に鞭打つ。昨夜のこともあってイザリオと顔を合わせるのが気まずかった。
(まだチャンスはある。王の騎士であるのならいち早く魔獣の情報を得られるはず)
フェルは窓の外、夜明けの空を見据える。
「お早うございます。陛下」
「……おお……。お早う」
フェルが背筋を伸ばして王の居室へ入室する。昨夜とは異なり侍女含め男性の使用人も数多くみられた。
アマヤと共に朝の支度を済ませたフェルは最敬礼をとる。別人のような態度にイザリオは思わず自らの目を擦った。青緑色の髪が綺麗に整えられ、フェルの顔立ちが引き締まって見える。
「今日は偉く大人しいんだな……」
「……今までのご無礼をどうかお許しください。何なりと王の騎士としての務めをご命じください」
「言ったな?」
気が付くとイザリオは膝を突くフェルの目の前にやって来ていた。フェルと同じ目線になるよう腰を落とすと整った笑顔を向ける。
「それでは色々命じるとしよう!」
周りに控えていた侍女が黄色い声を上げるような微笑みなのにフェルは悪寒を感じた。何でもすると言ってしまった以上、後戻りすることはできない。
(これが……王の騎士の仕事……なのか?)
フェルは執務室で頭を抱えていた。王の騎士というのは王の身辺警護役のことである。朝から晩までイザリオの側に控えていなければならない。騎士になったばかりのフェルは勉強をしながら王の側近くに控えていた。
机の上には分厚い本がいくつも並べられている。その中に一段と古い書物を見つけた。デステアルナの歴史をまとめた本だ。
だとすればはじまりは必ずあのことが書かれているはずだ。フェルは無心になってページを開くと、埃っぽい香りが辺りに広がった。
『ファディシュ神とモウズシュ神は大地を産む。様々な大地を産みだした後でパズルのように大地を組み合わせてできたのがデステアルナ国だ。それらの大地を自分の子供達に与え、治めさせた。その土地の者達は神の加護を得て、神に守られながら過ごした。
大地が栄え、人や動物が増えるということは死ぬ者が増えるということだ。死の国の収集がつかなくなったのでファディシュ神とモウズシュ神は新たな神を造った。それが後に『終末の刻』を引き起こすイノス神だった。
イノス神は己が死の国を任されることに不服だった。悪賢く、よく回る口で神々を争わせた。お互いを撃ち滅ぼしあった神々が大地から消えてなくなる。これが終末の刻である。
最後に全ての大地を我がものにせんと人間たちに魔獣を差し向ける。それを打ち払ったのがウゾルクのフツルイと初代デステアルナ国王ミナリオだった……』
初めの方はすらすらと読めていたが、どんどん集中力が落ちていく。フェルは本を机に置いて頬杖をつくまでになってしまう。
「ページを捲る手が止まっていますよ。王の騎士殿」
スクナセスが冷たい視線を送る。フェルは本を持ち直して見せた。
「……これは失礼しました。宰相様」
素直なフェルにスクナセスは顔を顰めながらもイザリオの隣に戻る。フェルは書物を読むふりをしながらイザリオの話に聞き耳を立てていた。
執務室を行き来するのは大臣や
「そこの書物を日付順に並べておいてくれ、その後はこちらの書面に目を通しておくようにそれから……」
フェルはイザリオに命じられるまま、執務室を右往左往する。
(こんなことよりも鍛錬していた方がずっと有意義だ。魔獣を倒すのに何の役にも立たない)
思うように行動することのできない自分に苛立ちが募る。こうしている間にも魔獣がどこかにいると思うと落ち着かない。
「退屈か?」
机に突っ伏したフェルの後頭部に何かが乗せられ、声が降ってくる。慌てて顔を上げれば優しい微笑みのイザリオが居た。フェルは思わず嫌悪の表情を浮かべる。
(……この笑顔が嫌なんだ。人のことを分かり切ったような。何も知らないくせに)
苛立ちを押し込め、フェルは取り繕った表情を浮かべた。
「いいえ。少し疲れただけです……。申し訳ありません」
「フェルは騎士になったばかりだからな。暫く鍛錬の時間を作ろうと思ってるんだ。昼間であれば俺の近辺はアイオス騎士団の者が控えているから問題ない」
フェルは思ってもみない提案に目を輝かせた。イザリオが嬉しそうに笑うので慌てて緩んだ表情を引っこめる。
「座っているより動いていた方が好きなんだろう?」
自分の思考を言い当てられたことに対する苛立ちが湧いた。フェルは視線を机の上の書物に移す。
「そんな……ことはありません」
「その前に。この書類を内容別に纏めてからな」
「……」
フェルは頭に乗せられた書類を手にすると苦い表情を浮かべる。
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