第13話

「……私では力不足だと?」


 フェルの声はいつの間にか低く、震えている。顔を俯かせているため表情が見えない。


「いや。実力は十分にあると思う。だから選んだんだしな。度量も並の男よりはある」

「だったらどうして!」

「自分の力を過信している者ほど危ない。己だけでなく周りも危険に晒す。きっと自分は死んだって構わない、なんて考えているんだろう?」


 そこまで言って、イザリオがフェルの様子を伺う。フェルは自分の考えが読まれていることに居心地の悪さを感じた。


「暫くは俺の雑務をこなしてもらう。お前が魔獣に関わることができるのはその後だ。いいな?」

「……」

「返事は?」


 イザリオが柔らかい口調でフェルに問う。穏やかなイザリオとは対照的にフェルは苛立ちを募らせていた。


「納得……できない。こんなの……」


 フェルはテーブルを両握りこぶしで叩いた。鉄がぶつかるような鈍い音がしてイザリオは眉を顰める。テーブルにあった飲み物がこぼれ、シミを作った。


「騎士であれば戦いに命を懸けて当然でしょう?私は8年、耐え忍んできたんだ!私は……魔獣が殺せるなら死んだって構わない。日常を奪われたことのないあんたには分からないだろうよ!」

「お前の言う騎士は騎士ではない。己の命を粗末に扱う、愚か者だ」

「……!」


 黄金色のイザリオの瞳がフェルを射抜く。その強い光、有無を言わせない声色でフェルは思わず言葉を飲み込んだ。

 

「……お前と同じ苦悩を味わうことはできない」


 怒りで興奮状態にあるフェルとは正反対にイザリオは終始冷静だった。


「だけど理解したいと思ってる」


 悲しいほどに優しい表情のイザリオを見てフェルは息を呑んだ。心が揺らいだのは一瞬だった。すぐに心を奥深くに仕舞う。


(騙されるな。こいつは私を都合よく動かしたいだけだ。私のことを理解したいわけじゃない)


 心を持ち直したフェルがイザリオを睨みつけた。イザリオはその視線を正面から受け止める。


「いいかフェル。魔獣が出没する理由を突き止めるのが第一の目的だ。それを忘れるな。お前の強い意志が必要となるのは魔獣が襲ってきた時だ。闇雲に殺せばいいという訳じゃない」

「……」

「今日の所は出直して来い。明日の朝から王の騎士の務めが始まる」


 顔を俯かせたままフェルは椅子から立ち上がると掠れた声で「失礼しました」と言うと部屋から出て行った。


「これは……先が思いやられるな」


 部屋に残されたイザリオはため息を吐いた。しかしその表情はどこか愉快そうでもある。一口酒を呷った後、フェルの座っていた方へ移動した。


「……へこんでる」


 テーブルクロスで見えないが触れると分かる。フェルが拳を叩いた場所が拳の形にへこんでいたのだ。テーブルは堅い木材で作られている。そう簡単に形を変えることはないはずだった。



「おかえりなさいませー。随分とお早かったんですね?」


 扉を開けると同時にアマヤののんびりとした声が耳に入ってくる。それすら無視してフェルは寝台に向かって一直線に突っ込んだ。


(くそっ。騙された……!王の騎士になればすぐに魔獣を殺せると思ったのに。これならウゾルク騎士団の中にいた方が良かったんじゃないか?)


 フェルは柔らかな毛布に顔を押し付けた。


(ヤハード先生も嘘を言った……!騎士になれば効率よく魔獣を殺せるって言ってたのに……!)


 抑えがたい苛立ちをどこにぶつければいいか分からない。


(何もかも信じられない。何もかも……。どうして皆、私の邪魔をするんだ)


「フェル様……」


 肩に手を乗せられると上体をずらして避ける。アマヤを睨みつけた。


「……私に構うな……」


 それだけ言うと再び寝台に顔をうずめる。


(信じられるのは……私だけだ。私は私の信じる行動を取るしかない)


 フェルは何かを思いついたのか。寝台から少し、顔を上げた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る