第11話
「ここが今後お前が控える『王の騎士』の部屋だ」
最後に案内された場所を前にフェルは立ち竦んでいた。
「……ここって王族の住まう区画……」
「ああそうだ。恐れ多くもお前はここで生活することになる」
ウゾルク騎士団の兵舎から建物一棟分離れたところに王族の生活する区画がある。天井も床も美しい装飾で彩られている。殺風景な兵舎とは大違いだ。
フェルが豪華絢爛さに瞬きを繰り返しているのをサルシェがため息を吐きながら窘める。
「じろじろ眺めるな。いいか、お隣はイザリオ様がお休みなられるお部屋だ。何かあったらお前が一番にお守りするんだぞ」
「隣が……あいつ……じゃなくてイザリオ王?」
フェルは思わず眉を顰めた。その表情を見逃さなかったサルシェが怒りの声を上げる。
「何だ?その態度は。しかも王のことをあいつと?ここに住まうことができるんだ。王に感謝し仕えるんだな!」
サルシェがフェルの背中を容赦なく叩くが、体幹のいいフェルはぴくりとも動かなかった。逆にサルシェの方が驚いた顔を浮かべる。まじまじと自分の手を見つめた。
「あ!もしかしてフェル様ですかー?」
王の騎士の部屋から顔を現したのは白いエプロンを付け、黒い質素なワンピースを身に付けた侍女だった。部屋の外の騒がしさに気が付いたらしい。
「お前の身の回りの世話をする侍女、アマヤだ」
「はじめまして。フェル様。何なりとお申し付けくださいな。すでに兵舎にあったお荷物は運んでおりますので、本日からこちらにお控えください」
そう言ってアマヤは優しく微笑む。フェルは探るような視線を送った。年齢は二十代前半ぐらいだろうか。赤みがかったブロンドの髪を団子状にまとめている。
(侍女付き?ここ数日、色々と可笑しくないか。私は魔獣を殺しに来たのに……)
「さあ。昨日叙任式を終えたばかりでお疲れでしょう。どうぞお部屋へ」
思考が追いついていないフェルを他所にアマヤは小さな肩を掴んで部屋へ誘導する。背後から痛い視線を感じフェルは嫌々サルシェに向き合った。
「……ここまで案内、ありがとうございました……」
「お前な……。その嫌そうな顔はやめろ!まずはしっかりとマナーを身に付けるんだな」
フェルは勢いよく扉を閉める。振り返って改めて部屋の豪華さに目を見張った。
「何だ……ここ」
王の執務室まで行かなくともそれに匹敵する広さの部屋である。華美な装飾はないものの床には絨毯がひかれ、寝台は広い。宿舎の物置を改築した部屋と比べ物にならない。
「凄いでしょう。感動しました?そうでしょうとも。兵舎なんて寝起きしにくいですものねー」
アマヤが楽しそうにフェルに声を掛ける。部屋に感動し、嬉しさでフェルが思考停止してしまったのかと思ったからだ。
「……兵舎の物置でもよかったのにと思って」
「ええー?」
アマヤはフェルの反応に驚きの声を上げた。
「寝泊まりするところなんてどうでもいい。ただ魔獣の痕跡さえ追えればそれで……」
フェルは窓に目を向ける。白いカーテンが風で小さく揺れていた。
室内が賑やかになる一方で扉の向こうにいるサルシェは震撼する。
「あいつ、本当に人間か……?」
フェルを叩いた手がじんわりと痛んできた。
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