サケの怪物
「くっ……」
川を目の前にして、めいは奥歯をぎりぎり噛みしめた。川の水深はそれなりにありそうだ。それに流れも速い。川を突っ切るのは無理だ。
立ち止まっている暇はない。めいは左に曲がり、川沿いを真っすぐ走った。木々の生い茂る中を走り続けるのは難しい。道が舗装されていないので、何度も足を取られそうになった。
立て続けに三発、銃声が聞こえた。それとほぼ当時に、めいの右肩に熱を感じた。いや、熱ではない。痛みだ。一発の銃弾が右肩をかすめたのである。
「ぜぇ……ぜぇ……」
息があがってきた。もう走り続けるのはきつい。けれども立ち止まれば距離を詰められる。
「俺ァこれでも山岳部にいたことがあってね、こういう道を走るのはお茶の子さいさいなんだよ!」
声はすぐ背後から聞こえた。もうかなり距離が詰まっている。これはかなりまずい状況だ。でも……
「ここじゃあ……死ねない!」
……だが、それもすぐに限界が来てしまった。めいは石につまづき、転んでしまった。起き上がろうとしたが、うまく力が入らない。
「バァカ、もうお前はおしめぇだよ。あばよ
地面に手を突いて起き上がろうとしためいの後頭部に、冷たいものが押しつけられた。銃口だ。
――ああ、もうだめなのか……
友を助けられず、志半ばで散ってゆく。何と無念なことか。自身の生存をほとんど諦めかけた。
突然のことだった。ざばあっ、と、川の水が大きく跳ね上げられたのだ。そこから信じられないほど大きなものが飛び出してきた。
「うおっ! 何だ!?」
青年はうわずった叫び声をあげた。飛び出してきたのは、大きな魚だった。サメではない。暗くて全貌はよく見えないが、見た感じサケやマスの仲間を物凄く巨大化させたような魚だ。サプライズ巨大魚が、川岸にいるめいと青年の方に向かってきた。
「ぐえべっ!」
青年は頭突きをされた形になり、大きく後方に吹き飛んだ。岸に乗り上げた巨大魚は、そのままするするっとヘビのようにうねって川に引っ込んでいった。
「今だっ!」
巨大魚が作ってくれた隙を、めいは見逃さなかった。体を跳ね上げ、そのまま振り向きざまに回し蹴りを青年の胴に打ち込んだ。蹴りを食らった青年は後ろに吹き飛んで木に背をぶつけたが、すぐに起き上がって逃げ出した。
――逃げられたか。
山岳部にいたと自分で言っていただけあって、こういう地面を歩くのに慣れているのだろう。何とも逃げ足の速い男だ。
「指紋とかついちゃったらまずいよね……」
めいはポケットから取り出したハンカチで銃を包み、そっと拾い上げてみた。リボルバーの中を見てみると、弾は入っていなかった。銃口を後頭部に突きつけてきたとき、すでに弾切れだったのだ。本人が残弾をきっちり把握していたかはわからないが、つまりあれはしょうもない脅しだったことになる。
めいはそっと銃を地面に置いた。さっき蹴り飛ばした青年に目をやると、ふらふら起き上がってその場を立ち去ろうとしていた。くだらない脅しに恐怖していた先ほどの自分を思い出すと、急に悔しさがむくむく湧いてきた。
取り敢えず、警察に通報した方がいいだろうか。そう思っためいはポケットからスマホを取り出そうとしたが、スマホはなかった。どこかに落としてしまったようだ。めいは這いつくばってスマホを探した。
「……あった! スマホ!」
スマホはさっきサケの怪物が出現した場所に落ちていた。めいはスマホを拾い上げて土を手で払った。
取り敢えず、命は助かった。だがいつ
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