第292話

「とりあえず、皆さんが無事で本当に良かったです。」


「ラグナ君が来てくれなかったら正直な所、本当に危なかったわねぇ……」


たまたまラグナが急いでシーカリオンに向かっていたから間に合っただけ。


ラグナはエミリーさん達と出会う前に起きていた異変について話をする事にした。


「そうだったの……そんな事が……」


エミリー達に出会う前に発見していた破壊された荷馬車と惨殺された遺体について話をすると、エチゴヤの輸送隊よりも先に先行して輸送していたのは他の商会から派遣された商隊で間違いないとの事だった。


「でも困ったわね……再びあのバケモノが来るかも知れないって考えると……」


道中のリスクが一気に跳ね上がってしまった。


「姐さん、どうしやす?」


エイミーさんと共に行動していた護衛が話し掛けてきた。


「このままだと、いつまた襲われるか判らないからねぇ……」


そう言って頭を悩ませていた。


確かに、あのバケモノが再び襲ってくる可能性を考えるとリスクが高い。


しかし、物資の輸送をしなければガッデスとアルテリオンが食糧難に陥るのは簡単に予想できる。


ここはリスクを取るべきか……


悩むエイミーにラグナは助け舟を出す事にした。


「あれでしたら僕がこの馬車の物資を輸送するか、先にシーカリオンに戻って事情を説明する事も出来ますよ?」


「……負担にならないかしら?」


少し考えた後、エイミーは申し訳なさそうな表情を浮かべる。


その言葉を聞いたラグナは笑顔で答える。



「別に問題無いですよ!エイミーさん達の命も大事ですから。」


物資なんてアイテムボックスに仕舞えば良いだけだから。


物資の輸送くらいならいくらでも頑張れるけど……


人の命だけはどうにもならない。


「うーん……でもそれをしてしまうと、ラグナ君の正体に気が付く者も出るわよ?既にあの化け物を追い払った時点で貴方に興味を持った者も多いだろうし……一応この輸送隊は全てエチゴヤ傘下の輸送隊とはいえ、隠し通せるかと言われたら自信ないわよ……」


まあ、今回は仕方ない。


エイミーさんが襲われていたから緊急事態だった訳だし。


「とりあえず、ここでちょっと待ってて貰えるかしら。」


あとでみんなにはあの証を見せて欲しいとラグナにお願いすると、エイミーは輸送隊の面々を集めて、1人馬車の上に登ると演説を始めるのだった。


「みんな、怪我は無いかしら?」


「「はいっ!!」


「それなら良かったわ。正直に言うわね。皆も見ていたと思うけど、私達を急に襲ってきたバケモノって私よりも全然強かったの。助けが来なければ、私達全員死んでいたわ。現に私達よりも先行して物資を輸送してた商隊があるでしょ?2商隊とも皆殺しにされていたらしいわ。彼が駆けつけてくれなければ私達も同じ目にあっていたと思うの。」


まさかの告白に唖然とする輸送隊。


エイミーの武力を信用していただけに驚きを隠せない。


そしてエイミーは続ける。


「彼はまさに私達の命の恩人なの。しかし彼は目立つことを良しとしない御方。エチゴヤの証を持つ者。その意味は判るかしら?」


ラグナはエイミーの指示通りに、ブリットから渡されていたエチゴヤの証を取り出すとみんなの方に向ける。


すると……


「えっ……」


何故か輸送隊の面々が一斉にラグナに向けて膝をつくのだった。


「皆、証は見たわね。つまりはそう言う事。他言は無用よ。わかってるわね?」


エイミーが圧を掛けながら輸送隊の面々にそう伝える。


「はっ!!」


「それじゃあ解散。ちょっとこれからの方針を決めるから、みんなは休んでていいわよ。」


困惑するラグナをよそにエイミーの演説は終了した。


「えっと……これは一体……」


「ふぅ……とりあえずはこれで一安心かねぇ……」


そう言って、馬車から降りてくるエイミーさん。


「あの……どういう事なんでしょうか?」


「実はね……」


そう言って、説明してくれた内容をまとめるとこうだ。


エチゴヤの証を持つ者。


つまりエチゴヤの一族またはそれに関係する立場の者しか持つことが出来ない特別な証。


雇われ店長であるエイミーすら持つことが出来ない代物だったらしい。


『ブリットさんはなんて代物をさらっと手渡してくれたんだ!!』


ラグナは心の中でそう叫ぶのだった。


エイミーさんは輸送隊の主だったメンバーを集めると、今後の予定の話し合いを始めた。


「……決まりね。」


1時間ほど話した後、ようやく方針が決まったようだ。



「私達はこのままアルテリオンとガッデスへ向かうわ。」


「えっ……でも……」


「大丈夫よ。みんな覚悟は出来てるもの。それに……やっぱり貴方だけに負担を掛けるわけにはいかないわ。」


「そうですか……本当に気をつけて下さいね?」


「それは、お互い様よ。それじゃあシーカリオンへの連絡はお願いね。」


「わかりました。ではまた。」


「ありがとうね、ラグナ君。」


「いえ、こちらこそ色々とお世話になりました。」


お互いに握手を交わした後、ラグナは再びシーカリオンへと向かうのだった。


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