第99話
会議を終えると王は自分の執務室へと向かう。
そして部屋に入るなり入り口を守る2人の衛兵に一言告げる。
「何があろうと儂が良いと言葉を発するまで何人たりとも部屋に入れるでないぞ。」
「りょ、了解しました。」
魔力を纏いながら歩いていく王の迫力に気圧されながらも命令に忠実に従う。
そして王は部屋に入るなり扉をロックする。
『えぇい!これを使用する時がくるなどと!』
王は執務室に座ると机の引き出しをとある順番に開け閉めしていく。
そして最後の引き出しを閉めると机の下、ちょうど足下付近にスイッチが出てきたのでスイッチを押しながら机に魔力を流す。
しばらくすると机が発光し色が変わる。
『おや?これが発動するとは……』
『儂じゃ。』
『これはこれは王ではありませんか。お久しぶりにございます。』
『わざとらしい。御託はよい。エチゴヤはこの件から退け。取り潰した奴らの財産から賠償金は払わせる。』
『この件?はて?どの件でしょうか?』
『トボケるでないわ!非難声明を取り下げろと言うておるのだ!』
『非難声明ですか?まぁ他の方も取り下げるなら構いませんが。この様なことはこれっきりにしてもらいたいですな。』
『お前に言われなくてもわかっておるわ!』
王は魔力を流すのを止めると通信は終了した。
この通信魔道具は初代勇者とエチゴヤが子孫のために残していったもの。
緊急時の連絡として両者で連絡が取れるようにと。
「昔から腹が立つ奴じゃ!忌々しい奴め!」
その頃こちらでは。
「全員立ち上がれ!ここから移動だ!」
別室で待機させられていた貴族達か兵士達によって移動させられる所だった。
「やっと解放ですか。全く伯爵家の私を舐めるのもいい加減にして欲しいですな。」
自分達が処刑されるなどと考えていない伯爵達はようやく解放されると思いこんでいた。
そして何も言わぬ兵士達にむけてひたすら罵詈雑言を言っていた。
しかし伯爵はすぐに異変に気がつく。
「こっちは出口ではないぞ!おい、この通路ではないだろう!」
伯爵は気がついてしまった。
この通路は王宮から牢へと続く通路。
そこに案内されるという意味を。
「違うだろう!やめろ、やめてくれ!」
立ち止まる伯爵の異変に気がつき他の貴族や愚息達も気がついてしまう。
「う、嘘だ!嫌だ!」
「何故だ!何でこうなるんだ!」
「たかが平民相手だったろうが!」
暴れる貴族達はすぐに取り押さえられた。
そして前から1人の男が現れた。
「全く、いい迷惑ですよ。こちらの身ににもなって欲しいですな。」
「宰相、これはどういうことですか!何かの手違いでは!」
「これはこれは伯爵。いや、違いましたな元伯爵に元男爵が2人、それに当事者の愚息達ではないですか。」
それを聞いた元貴族達に衝撃が走る。
「も、元だと……」
「そんな……」
呆然とする元貴族達に宰相は答える。
「神殿だけでなくエチゴヤまで巻き込むとは……無能が貴族と言うのもやはり問題ですね。」
「む、無能だと?エ、エチゴヤなど所詮平民ではないか!」
宰相はわざとらしい深いため息を吐く。
「はぁ……よくそれで伯爵家の当主となれたものだな。それにエチゴヤが平民?ただの平民な訳が無いだろう。それに過去、王族や貴族がエチゴヤに仕掛けてどうなったのか知らんのか?」
「そ、そんなことがあったなど私は知らんぞ!」
呆れた顔をして宰相は首を振る。
「はぁ。貴族だからと胡座をかき学ばなかった結果がこれですからね。ため息も出ますよ。」
「くっ……」
元貴族達は兵士達に拘束されたまま無理矢理城内の牢へとそれぞれ運ばれた。
それを見届けた宰相が離れようとした時に元伯爵が叫んだ。
「お前たち今に見てろ!閣下が、侯爵閣下が我々をお助けだしてくれる。そうなれば地獄を見せてやるからな!」
「閣下?侯爵閣下?あぁ、反逆者として軍が今動いているドゥメルク元侯爵のことですか?もうこの国にその様な名前の人物の貴族など存在しませんよ。残念ですねぇ。お家が取り潰しなんて……」
「そんな……」
希望を失いうなだれる元当主達。
「あぁ、そうでした。良かったですねぇ、あなた達は。お家が取り潰しにならなくて。確か男爵家が3家でしたかな?」
「「は?」」
元伯爵家であるファイヨル親子があまりにも驚き声が漏れる。
「聞こえませんでしたかな?あなたの長男が爵位を引き継ぐのですよ。ファイヨル男爵家としてね。」
「だ、男爵だと……そんな……」
驚きに固まってしまう。
「では、失礼します。」
宰相は牢から立ち去ると静寂な空間が広がって行くのだった。
「やはり無能ばかりの貴族では困りますね。この前も元辺境伯が問題を起こしたばかりですし。この辺で一度綺麗にすべきですかねぇ。」
そう呟きながら宰相は自分の執務室へと向かって行くのだった。
そして王都の外では軍人達が慌ただしく動いていた。
「急げ!食料の確認だ!」
「武器と防具の予備はどうだ?」
「補給はどれくらい必要だ!」
侯爵家取り潰しの為に集められる軍人の数はおよそ2万人。
時間をかければその10倍はかき集められるが、明日出陣と言われては2万人でも集まった方である。
侯爵家の兵力は多く見積もっても同数の2万人。
しかしすでに侯爵家は取り潰しが決定している。
侯爵家の軍隊として戦っても未来はない。
それに戦争前に投降すれば罪には問わないとスピーカーの魔道具で侯爵軍に問いかける予定だ。
果たしてまともに戦える兵士は何人いるのだろうか。
「集まりそうか?」
軍務大臣であるマルクは部下にそう問いかける。
「食料以外は予定数が集まりそうです。」
「食料は厳しいのか?」
「どうやらすでにエチゴヤが動いていたようで……無理に集めても予定数の8割ほどかと。価格も通常より値上がりしてまして。」
「そうか……」
マルクはすぐに気がつく。
『すでにエチゴヤは4家の領民を救うために動いていたか。利益などないだろうに。だが流石エチゴヤだな。』
マルクはエチゴヤの在り方を心から認めていた。
利益よりもまずは困っている領民に。
昔からエチゴヤは弱者救済の為に活動していた。
「食料については予定数の6割で王都で集めるのを終了する。全てを買い占めては困るのは住民だ。補給部隊は周囲の領地に散らばり目標数を分散して集めよ。無理に集めなくてもよい!侯爵領から逃げてくる商人達も居るだろう。逃げてくる商人からも買い集めればよい。絶対に巻き上げるようなことだけはするな!厳命である!」
無理に集めても困るのはその地の住民だ。反発されることだけは避けなければいけない。
マルクの指示に従い補給部隊は散らばって行く。
そして数時間後、各地へと向かわせたはずの補給部隊は次々と積み荷を載せて帰還する。
「全補給部隊帰還しました!」
早い部隊でも夜中。遅くとも作戦開始前に全補給部隊が集合出来ればよいと考えていたマルクはあまりにも早い帰還に驚きすぐに話を聞きに向かう。
「私達が補給の為にナルタへと向かっている途中で大量の食料を積んだ商隊と出会いまして……その商隊が運んでいる大量の食料の7割ほどを販売して貰えれば我が補給部隊の予定数が達成されるので他の補給部隊のことも考えて多めにと8割分を多少色を付けた金額で購入させて頂きました。」
偶然にしては出来過ぎている。
「その商会はどこだ……?」
「エチゴヤです。」
エチゴヤの名前が出ると驚く他の補給部隊。
「お前の所もか?うちもエチゴヤだ。」
「うちもだ!」
「お前の所もか?」
分散させて補給部隊を向かわせた結果、補給部隊が『たまたま』出会ったのは全てエチゴヤ商会だった。
「それで集まった食料はどの程度だ?」
集められた食料の目録と数量の書類を手渡されたので確認する。
「予定数の1.8倍か……仕方ない。確実に余る食料については王都へと流す。適正価格でな。利益を貪ろうとするなよ。」
そう伝えるとマルクは下がる。
『エチゴヤから我々を含めた王宮への警告か。エチゴヤが4家の領地への食料販売分の赤字は我々の軍費からの徴収と言うわけだ。』
これでエチゴヤは再び市民からの名声を集めるだろう。
この非常事態にも関わらず食料品は通常価格で販売してくれている。
赤字でも我々領民の為を思い身銭を切って下さっていると。
「流石、エチゴヤだ。ここまで計算しているとは恐れ入る。」
そう呟きながら明日の出陣に備えるためにマルクは下がっていくのだった。
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