第64話 小枝母襲来
水族館を回り終え、海の見えるカフェテリアで休んでいると、小枝の電話が鳴る。
「はい。あ、母さんですか? はい、はい」
電話の先は小枝母らしい。どうやら到着した様子……小枝が今、どのあたりにいるかを電話口で説明していく。
「母さん、ここに向かってるようです」
「そ、そっか」
いよいよ運命の時間か。気を引き締めねば……俺は飲みかけのカップジュースを飲み干し、気合を入れる。
「あ、母さ~ん。こっちです~」
しばらく経ち、むこうからツカツカと
だが、小枝母は歩みのスピードを緩めることなく、真っ先に俺の前へやってきた、と思いきや……。
「ぐばっ!」
「こんの不届きもの!」
言葉を発する前に振りかぶった拳がさく裂。あまりの鈍痛と衝撃に俺はテーブル席へと突っ込んでいく。だが、そんな様子を
「このっ、このっ! よくも私のひよりちゃんを!」
「ヒィィィ!」
「か、母さん! やめてください!」
ただ事ではない騒動に、周りの人が仲裁に入る事態となってしまった。
♢♢♢
「あだぁ~……グーで殴られた」
「グーで!?」
小枝が濡れたハンカチで、殴られた頬を冷やしてくれている。
「親にも殴られたことないのに……ひどいよ」
「ごめんなさい、普段はあんな母さんじゃないのですが」
二人して小枝母の方を見やる。駆けつけた水族館関係者に必死に頭を下げ、事情を説明をしている小枝母であった。その後、俺たちからも事情を説明し、警察を呼ぶ事態だけはどうにか回避できた。
「すいません、安藤君。少し取り乱してしまいました」
「い、いえ……」
小枝母がお詫びと言わんばかりに、缶ジュースを差し出してきた。缶で引き続き、頬を冷やす。
「でもですね、一人娘を持つ母親としては、どうしても抑えられなかったんです。なんというか、あなたから放たれる負のオーラに対する嫌悪感と言いますか」
小枝母、俺が昨日
「そ、そんなことよりも母さんもシャチさん見ませんか? すごいんですよ?」
「ひよりちゃん、今は学校を休んでいる身なんですよ。もう帰ります」
「そうですよね」
「安藤君、あなたもです。このまま放っておくわけにはいきませんから」
「あ、すいません。ご迷惑おかけします」
「あ、あの……母さん。例のお話は考えていただけましたか?」
「彼を我が家で面倒みるということですか?」
「えっ?」
その話については寝耳に水の俺であった。
「いや、そこまで迷惑をかけるわけには……」
「お願いします! かわいそうな人なんです! ひとりぼっちで……」
小枝……その一言が俺をよりかわいそうにしてないか?
「はぁ、まだ何も言ってませんよ。こちらの話も聞いてください」
二人とも黙って小枝母の言葉に耳を傾ける。
「安藤君、あなたはしばらく小枝家で面倒を見ることにします。アパートの引っ越しとか、住む場所とか、色々
「え!? で、ですが……」
「問答無用。前も言いましたが、あなたは子供なんです。意地を張らず、こんな時くらい大人を頼りなさい」
「よかったですね、安藤君♪」
「あ、ありがとうございます!」
俺は思わず
「頭を上げてください。帰りのフライトもありますし、もう行きますよ」
「は、はい!」
速足で歩いてく小枝母についていくように、俺と小枝も駆けだした。
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