第165話 慈雨と豊穣の神

 その場所に来た瞬間、猛烈な悪臭に猫の姿の元は悪魔バエルの分体……今は神霊バアルと化した黒猫は猛烈な悪臭に思わず顔を顰める。

 そこは、人間の排泄物を廃棄する廃棄場所だった。

 まだまだ下水が普及していないこの地域では、以前では川に直接捨てていたが、今はこうして場所を設置して一つに集められていた。


『来ると思っていたが、まさか本当に来るとは……。人間たちは本当に神使いが荒いにゃあ……。まあやるけど。』


 そう言いながらバアル神がにゃあ、と一声鳴いた瞬間、排泄物は瞬時に不快な匂いが消えて排泄物から一瞬のうちに肥料へと姿を変えていた。

 もちろん、当然の事ながら寄生虫なども存在しない匂いなども存在しない完全に綺麗な肥料である。

 排泄物を肥料にするのは、中世ヨーロッパでは使用されていなかったが、それは純粋に気温が低いため排泄物を発酵させるのが難しかったからである。

 まずは、この周辺のアーテル領やリュフトヒェン領でこれらの肥料を使用して様子見をするといったところであろう。


『ご苦労様。いつもお疲れ。アーテル領の鉱山の方は大丈夫?』


『問題ないにゃあ。きちんと鉱山から出てくる排水やら何やらは浄化してるにゃあ。

 あんまり範囲を広げすぎると火山周辺の有用な物質まで浄化してしまうから加減が難しいけど。』


 そういいつつも、神霊バアルと化した彼は鉱山夫から多大な信仰を受けているようである。鉱道に新鮮な空気を送り込む彼の存在はまさしく鉱山夫からすれば命綱以外の何物でもない。そんな存在に敬意を払わない方がどうにかしている。


『個人的にちょっと不満点は、浄化の神としての評判が上がりすぎて英雄神としての戦闘能力が全然ないことかにゃあ。我もカッコよく戦いたかったにゃ。

 あ~あ。英雄神としての権能されあればにゃあ。』


 そうは言っているが、天候神=暴風神はティフォーネを見ても荒っぽくて喧嘩っ早いのがお約束だ。神霊に返り咲いた後で、これで強大な戦闘能力までもってしまったら、自分の好き勝手に暴走するのは目に見えている。

 リュフトヒェンからすれば今のままでいてくれた方がありがたいのは確かだ。


『まあ、とはいうものの、小神の規模ではあるけれど、神に戻れた事に不服はない、というかありがたいにゃ。元悪魔である以上、契約は守らないのは我の誇りに反する。

 パンデモニウムの金塊とか送ろうと思ったが……。悪魔との繋がりの証拠があるとそっちも困るにゃ?』


 それはそうだ。ただでさえ教皇庁と対立しているのに、悪魔との繋がりが発覚したらそれこそ聖戦が発動されかねない。

 そうなる可能性はできるだけ少ない方がいい。


『だから、農耕神としての権能と水神としての権能を併用してみるにゃ。

 ちょっと待っててほしいにゃ。』


 彼のその言葉と共に、上空にたちまちみるみるうちに黒い雲がたちこめ、そこからバアルの微弱な神力を込められた雨が周囲一面に降り注ぐ。

 その雨を浴びた瞬間、採取したはずの霊草がたちまち再びにょきにょきと地面から生えてきて、周囲の畑の農作物も同様にみるみるうちに成長していく。

 これならば、今年は畑は豊作間違いなしだろう。

 利水・治水の神であり、慈雨の神であり、豊穣神である彼ならば、権能さえ取り戻せばこれくらいは容易いものである。


『とりあえずこんな所かにゃ?まあ、この程度で借りが返せるとは思ってないから、毎年やってやってもいいけど、きちんと畑に我を祭る祠か何か作ってほしいにゃ。そうすれば豊穣神としての権能も取り戻せるはずにゃ。』


『……おっ、豊穣をもたらしてくれるとか神かな?』


『神にゃ。我れっきとした神にゃ。そこのところ間違えないように。』

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