第141話 フレースヴェルグとの交渉

 そして、その後、村の外で神官戦士たちに命じて地面に巨大な魔法陣を描かせているセレスティーナたちが存在した。

 これは、フレースヴェルグとコンタクトを取るための魔法陣である。

 あれほどの強大な存在を使役・操作するなど、この程度の魔法陣と、凄腕の魔術師であるセレスティーナであろうと難しいだろうが、コンタクトを取るのならこれで問題はない。


「よし、では皆下がっていてください。

 ……空を駆けし者、かつて巨人でありし者、死体を飲み込む偉大なる鷲よ。

 あらゆる風を産み落とし、天の北の端に住む強大なる存在よ。

 わが呼びかけに答えよ。」


 セレスティーナが手にした竜骨杖を魔法陣へと向けると、魔法陣は光を放ち、そこから声が響き渡った。


《……何用だ。人と竜の合いの子ごときが、我に話しかけるなど無礼であるぞ。

 身の程を弁えるがいい。おまけに生贄もないなど、我を舐めているのか?》


 高慢極まりないその言葉。それはフレースヴェルグ本体の言葉なのだろう。

 だが、この程度の高慢さは格上の悪魔や上位存在には珍しくもない。

 問題は、どう向こうの機嫌をとって求める力を得るかである。

 それに、本当に不愉快に思っているのなら、そもそも通信に出ない、むしろ逆に使い魔か何かで襲われる危険性すらある。

 そこを何とかしてなだめすかし、自分の求める力を得るのが魔術師なのである。


「失礼しました。フレースヴェルグ様。しかし、貴方様に至急御伝えしなければならない事が。実は我々の世界に貴方と敵対するニーズホッグの分身が現れまして……。

 出来ましたら貴方のお力をお借りしたいと……。」


《よし、許可する。》


 はやっ、と思わずセレスティーナは心の中で突っ込んだ。

 最終的に許可されるとは思っていたが、まさかここまで即断即決だとは思わなかったのである。


《できれば我が直接ボコりたいが、さすがにそこまで行くには遠すぎるからな……。

 力を貸す代わりに、ソイツを徹底的にボコボコにしてやれ。それが我が力を貸す条件である。

 で、我の力は……ふむ、ではその世界樹の周辺空域にニーズホッグが上手く飛べなくなくような結界を張っておこう。いわゆるでばぶ?という奴だな。

 後は、奴が無様に倒されるのを映像として送ってくれれば、こちらとしては文句はない。それでは頼んだぞ。》



 それだけを言うと、魔法陣の光は消えて通信は途絶えた。

 セレスティーナも魔術師として長いため、上位存在とのコンタクトは何回もあるが、これほど話がスムーズに、しかもこちらの有利に進むなど滅多にない事である。

 つまり、それほど彼はニーズホッグの事が大嫌いであり、ニーズホッグを倒すためならその程度の手間暇など何ということはない、ということだ。

 実際、現実の北欧神話でも、ニーズホッグは結局ラグナロクでも倒されずに、いわば勝ち逃げの形になっている。

 分身とはいえ、それが倒されるということは、彼の溜飲を大いに下げることになるのだろう。




「はー。樽は空間を歪めてそこに入れられて輸送できるとはいえ……魔術を展開しながら森を歩くのはつらいですね。」


 選ばれたハイエルフやエルフたちは、リュフトヒェン領から世界樹のふともまで森中の木々の枝の間をジャンプしてまるで猿のような身軽さで疾駆していく。

 道がない状況では深い山や森の中を歩くのは、普通の人間では難しい。

 だが、エルフやハイエルフにとってはそここそが自分たちのホームグラウンドであり、裏庭を散歩する程度の感覚でしかない。

 おまけに、森の中にはハイエルフたちが仕掛けた様々な魔術的罠や物理的罠も存在し、そこは一種の結界になっている。


 こんな状況の森に侵攻しても、ベトコンに戦いを挑むアメリカ軍の歩兵たちのように殲滅させられてしまうのが落ちである。

 つまり、エルフやハイエルフたちは、天然の優秀なゲリラ兵士といえるのだ。

 リュフトヒェンが彼らと戦うのを嫌がった理由はここにある。


ニーズホッグ分体が上がってくるのを待ち構えるために、すでにリュフトヒェンとアーテルは世界樹の上空で旋回を行っている。

と、彼女たちはついに一旦廃棄したハイエルフの住居部へと辿り着く。


世界樹の麓に張り付くように存在しているハイエルフの居住地は、竜に上空から襲われないように世界樹や周囲の木々に完璧に溶け込むように偽装されており、さらに本来は異界の結界にも守護されているため、ここ数千年間、一度も竜に襲われる事はなく、平穏を保っていた。


その平穏を偶然にも破ったのが、あのニーズホッグ分体である。

他の世界から渡ってきた彼は、その疲労を癒すために世界樹の麓に突撃。

偶然にもそこにあったハイエルフの住居区を吹き飛ばしながら、穴を掘って世界樹の根へと噛り付いて滋養をすすっているのだ。


それを倒すために、ハイエルフたちはついに行動を開始し、ついに自分たちの元の拠点へと戻ってきたのだ。

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