第81話 他次元への封印

 三分の一、いや、それ以下になったエキドナの肉体は、残った肉体が凝縮・収束されて、竜核へと変化する。

 この竜核……つまりエキドナの心臓に当たる部分は、肉体がある時には肉体中に因子として分裂し、その不死性・再生能力の大きな力となっている。

 だが、肉体が大きく損傷した場合、その因子を凝縮させて竜核化させ、自らの自己保存を優先させるのだ。

 さらに、地上に落下したエキドナの残骸から、ボコボコと落とし子が溢れて竜核を守ろうとする。

 セレスティーナたちの魔術砲撃を受けてなお、落とし子たちは、巨大な肉塊から生み出されているのだ。


《ええい!ワイバーンたち!エキドナの落とし子たちを迎撃しろ!妾たちを守れ!》


 竜核は落とし子たちに守られながらも、ゆっくり下の森へと降りていく。

 森の中に紛れてしまえば、そのまま逃げだすか、それとも森の生物を手当たり次第に取り込んで再び巨大化するか、どちらにせよリュフトヒェンたちにとっては厄介な事になる。

 さらに、クラウ・ソラスの管制室からも凶報が舞い込んでくる。


《クラウ・ソラスから通達!我、再度の砲撃不可能!貴殿の奮戦を期待する!》


 ここでエキドナを逃してしまったら、もうエキドナを追い詰める手段がない。

 何としてもここで決着をつけなくてはいけない。


《やるしかない!竜核にブレスを放つ!》


 そう言いながら、飛行しながらもリュフトヒェンは口元に自分の魔力を充填する。

 その間襲い掛かってくる落とし子は、ワイバーンたちに迎撃してもらいながら、二体の竜はブレスを放つための魔力を蓄え、それを竜核へと解き放つ。


 ―――ドラゴンブレス。今の彼らにできる最強の攻撃だ。

 リュフトヒェンの150万kWを軽く凌駕する雷撃の吐息と、それに匹敵する自らの魔力を加速される魔力加速砲であるアーテルの漆黒の吐息は、大気を白と黒の二対の対極の光で切り裂きながら竜核へと迫る。

 だが。ブレスを放った瞬間、落とし子たちに異変が起きた。


《!?》


 無数の落とし子の群れは、竜核の前に壁のように立ち塞がり、ブレスから竜核を守ろうとする。

 それはまさしく、エキドナの防衛本能が成せる業だろう。

 弱体化している落とし子たちは、ブレスによって焼き尽くされ、消滅していくが、肉盾としての役割は十分に果たしている。


 リュフトヒェンとアーテルのブレスを食らって消滅するはずの竜核は、落とし子の肉盾防御によって半分程度しか削り落とされていない。

 それを見ながら、リュフトヒェンは再度叫ぶ。


《もう一度ブレスを放つしかない!やるぞ!》


《封印の事を考えると、魔力的にもこれが最後じゃぞ!じゃがやるしかないか……!》


 ドラゴンブレスは、竜の最大の攻撃であるために肉体への負担も大きいし、消費魔力も激しい。しかも魔力で仮想エンジンや障壁を作って超音速で空を飛んでいる分、魔力消費は激しいが、そんな事を言っていられる状況ではない。

 スライスバックと呼ばれる体をバンクさせながら急下降を行い、狙いを定めると、さらにブレスの第二射を行う。その再度のブレスには、さすがに落とし子の肉盾でも耐えきれず,竜核はほとんど消滅する……が完全に消し去ることはできず、手のひらサイズの肉片が残ってしまう。


《まだ肉片が残っているが……やるしかない!これ以上は妾たちの魔力が持たん!!

 行くぞ!合わせろ!封印術式起動!!》


《術式起動!!》


 その浮かんでいる肉片に向けて、二体の竜は照準を合わせて、お互いに魔術式を解き放つ。肉片を中心にして、彼らが作り出した巨大な魔法陣が空間に展開される。


 《封 印 ッ!!》


 その二重の魔方陣は、対象を地脈へと押し込めて封印する地脈系封印術式である。

 肉体をほぼ失い、霊体になったエキドナで、しかも以前と同じ大辺境ならばエキドナにとって封印されやすい場所なはずである。

 だが、空間……というか霊体を圧縮してそのまま地脈へと封印する二重魔法陣は、完全に圧縮できずにぴたり、とその動きを止める。

 それは、エキドナの霊体が封印に対して抵抗している事に他ならない。


《ぐぎぎぎ……!押しきれ!何としてもここで再封印するんじゃ!妾たちもう後がないぞ!?》


 リュフトヒェンも必死になって魔術式に魔力を注ぎ込むが、それでも押し込む事はできず、むしろ逆に押し返されている始末である。

 二体の竜とはいえ、封印術式が苦手なアーテルと、つい先ほど初めて封印術式を複製して使用しているリュフトヒェンでは、エキドナほどのエンシェント級を封印するのはやはり難しいと言わざるを得なかった。


《だから、妾は封印術式なんて苦手だというのに!?大体、苦手な竜と術式複製しただけの竜がエキドナなんて封印するのは無理があるんじゃ!!》


 そして、そんな二頭の竜と、空を覆う巨大な封印術式魔方陣を心配そうに見つめる女性と魔術師たちの一団が森の中には存在した。

 竜骨杖を手に、心配そうに紫の瞳と綺麗なロングヘアーをなびかせて空を見上げる竜血を分け与えられた竜の巫女ともいえる少女、セレスティーナ。

 こうなってしまっては最早彼女たちにできる事は存在しない。

 心配そうに見守る彼女たちの元に、一人の女性が瞬間転移を行って姿を現す。


 その女性に対して、皆ぎょっとした顔で驚きを持って見守る。

 瞬間転移など、そうそう使う事のできない大魔術であるはずだ。

 それを息をするように使いこなす巨大な翼に角を持った、銀髪の豊満なスタイルをして、飄々とした女性が普通の人間ではない事は魔術師である彼らには、本能的に感じ取られた。

 強烈な魔力を秘めた異質な女性は、魔術師たちやセレスティーナたちには構わずに空を見上げると、ぽつりと独り言を言う。


「ふむ……。流石に昔馴染みとは言え、エキドナをこれ以上放置するのも少しまずいですか……。お、ちょうどいいのがありますね。ちょっとお借りしますね。」


 そう言いながら、その謎の竜人の女性は、セレスティーナの手にした竜の骨を削り出して作った竜骨杖をひょいっと借り受ける。

 手にしていた竜骨杖を取られたセレスティーナは、困惑の声でその謎の女性へと問いかける。


「あの……。貴女は?」


「秘密です。謎の女性、Tとでもしておいて下さい。ぶい。」


 セレスティーナに対してVサインを見せたTと名乗る女性は、そのまま借り受けた竜骨杖を構えて槍投げの投擲態勢に入る。

 それと同時に、凄まじい魔力と高脳密度の魔術術式が竜骨杖へと付与されていく。

 その凄まじい魔術は、魔術師の中でも高位の階位である大達人(アデプタス・メジャー)の彼女ですら完全に解明する事は不可能なほどであった。

 その膨大な魔力は、竜の骨で作られた竜の骨杖でなければ瞬時に砕け散るであろう。そのTと名乗る謎の女性は、彼女にしては非常に珍しく少しだけ悲しげな瞳をする。


「情けをかけて地脈に封印したのが間違いでしたね……。最初からこうしておくべきでした。さようならです。エキドナ」


 そして、彼女はそのままギリギリと力を蓄えた後、槍投げの要領で竜骨杖をエキドナの霊体へと投擲する。

 凄まじい勢いで投擲された竜骨杖は、瞬時に音の壁を突き破り、マッハの速度で大気を引き裂きながらエキドナの霊体へと飛翔し、そのまま霊体へと突き刺さる。

 本来、霊体に物質的な物が当たるはずもないのだが、竜の骨という構造と膨大な魔力が込められた魔術式はそれを可能にしていた。


 竜骨杖はその内部に込められた膨大な魔術式が解き放たれ、その空間一面を覆いつくす立体積層型の魔法陣を展開する。

 それは、エキドナの霊体や肉片を絶対に逃がさないという強い意志の込められた魔術式だった。

 そして、それと同時にその中心部の空間が歪み、次元の壁が壊され、そこに何もかも飲み込む漆黒の”穴”が開いた。


《立体積層型の封印術式!!しかもありゃ地脈に封印する系統じゃない!

 時空の狭間、異次元に吹き飛ばして封印する方式か!何であんなモノが……!!

 巻き込まれるな!妾たちも他次元に吹き飛ばされるぞ!退避!!》


 そのアーテルの言葉に従い、リュフトヒェンも体をバンクさせて、この空間から急速離脱を行う。

 アーテルのいう通り、その空間の”穴”は凄まじい吸引力を見せて空間のあらゆる存在を吸い込んでいく。それは霊体のみならず、生身の落とし子やワイバーンたちも例外ではない。

 離脱が遅れた存在は、落とし子、ワイバーン例外なく、”穴”へと吸い込まれていく。それはまさしく、全てを吸い込むブラックホールを連想させた。


「これで何とかなるでしょう。それでは、ウチの息子をよろしく。」


 え?とセレスティーナがそちらの方を向いた瞬間、すでにTと名乗る謎の女性は姿を消していた。


 その間にも封印術式は起動を開始していた。

 ブラックホールを連想させる漆黒の球体である”門”は、物質だけでなく、エキドナの霊体も肉片も容赦なく吸い込んでいく。霊が見える人間には、穴から出てきた無数の黒い腕がエキドナの霊体を掴み、穴の内部へと引きずり込んでいるのが見えているだろう。

 それによって、エキドナの霊体も少しづつ穴へと引きずり込まれていく。

 霊体ものたうち回って逃れようとしているが、そもそも肉体がないこの状況では逃れられる道理もない。肉体が存在して飛行できるのなら逃れることもできるだろうが、この状態では自由に動くこともできないのである。


 積層型魔法陣が収縮され、エキドナの霊体もその集束に伴い、漆黒の他次元の”門”へと無理矢理押し込められていく。

 必死になって暴れまわる霊体を他所に、さらに魔法陣は収縮され、”門”は完全に閉じていき、混沌竜エキドナは霊体も肉片も残らずに完全にこの世界から消失し、他次元へと追放されていった。

 ……その魔術式の中心となった、セレスティーナの竜骨杖と共に。



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