第52話 大地母神の神殿と他の神殿の動き
シャルロッテの要請を無視した各神殿では激震が走っていた。
その中でも、大地母神の神殿ではさらに激しい大騒動になっていた。
元々、大地母神はその教義である豊饒性,生命力を司る事により怪我人救済、弱者救済を常としている。
そんな神殿が怪我人救済などを拒むなど、自らの教義を投げ捨てているとしか思えなかった。
「どういうことですか神殿長!シャルロッテ様の救援要請を無視するなんて!」
「仕方ないでしょう!さらに上からの通達です。神殿長とは言え、その上の決定には逆らえません。向こうにいった者たちは全て破門とします!これは神殿長命令です!」
神殿長といえど、いわば支部のトップにしかすぎない。
さらに上からの意向に背けば睨まれることは当然である。
大地母神の神殿も大騒ぎだが、それよりさらに大騒ぎしているのは至高神の神殿である。
元々、クラウ・ソラスは至高神が与えた神剣である、と彼らの伝承では伝えられている。それが神々の肉体を滅ぼした竜によって無効化されたのだ。
彼らの心情を考えると混乱するのも無理はない。
至高神の神官や神官長はこの帝都を脱出し、神聖帝国に合流する気らしいが。重傷者を放置して逃げるつもりか!と言い募る神官たちも存在して真っ二つの状況である。
それに対して、大地母神の神殿では弱者を怪我人を救うべき、という勢力が大多数を占めていた。それは、弱者救済に重きを置く彼らの教義に真っ向から背く行動だったからだ。そんな中で神殿長だけがそんなことを言っても他の皆が聞くはずもない。
もう気の早い神官たちは破門覚悟でシャルロッテたちの支援に回っている。
そして、他の神官たちも黙っているはずもなく、次々と神官長たちへと異議を唱える。
「やっていられるか!我ら大地母神の神殿は、食糧庫を全て開けて炊き出しを行う!怪我人も引き受ける!それでよろしいな!!」
「ち、ちょっと!勝手に……。」
「いやあ流石、大地母神の神殿長は違いますな!慈愛に満ちておられる!」
「左様!流石神殿長様!破門なども多少お疲れの気の迷いですな!
慈愛に満ちた神殿長様ならば撤回されるに違いない!
それが大地母神の御心ですからな!!実に慈悲深きお方だ!!」
結局、大多数の意見に押し切られてしまって、大地母神の神殿は破門撤回、神殿の解放、食料の炊き出しなどを行う事になってしまった。
押し切られたとはいえ、やはり神殿長も大地母神に仕える者としてこの現状には不満を覚えていたらしい。保身と信仰のはざまで迷った結果、こうなったのだろう。
「あぅう……。わ、私は押し切られて仕方なく開けたんですからね!
これは仕方なく!そう大地母神の信仰からすれば圧倒的セーフラインです!!さあ、バンバン炊き出しを行うわよ!!」
そんなこんなで大地母神の神殿の食糧庫が解放され、そこから取り出された食料によって被災した人々に対して無償の炊き出しが行われたが、そこには家を失った人々など長い列が並び、到底足りないことは明白だった。
足りなければ他のところから持ってくるしかない。だが、今の現状で他の神殿が協力してくれるはずもない。
試しに大地母神の神官が賢神や戦神の神殿に訪ねていってみたが、実にすげなく断られてしまった。
しかし……。
「それはそれとして……。どうやらこの混乱でうっかり我々の神殿の食糧庫の鍵を閉め忘れていたようですな。至高神の神殿は難しいかもしれませんが、他の戦神や幸運神の神殿も同様らしいですな。いやぁ不思議な事もあったものです。うっかり鍵を閉め忘れたところをどこかの誰かに取られても仕方ありませんな。この大混乱ですからな。いやぁ、仕方ない仕方ない。うっかりうっかり。」
他の賢神、戦神、幸運神の神殿なども同様の答えが返ってきた。
つまり、この大混乱で奪われた形にしてこっそりとそちらに食料を供給する、という事らしい。至高神の神殿はともかく、やはり他の神殿は思うところあったのか、こういう陰でこっそりと横流しを行って支援することにしたらしい。
「―――感謝する!!」
「感謝はいりませんよ。ついうっかりしただけですので。」
こうして、さらに大地母神の神殿を中心に食料の炊き出し、怪我人の収容や治療などが始まった。
一方、シャルロッテのテントにも大量の神官が集い、重傷者の治療を行っていた。
元々、治癒系は神官の神聖術の得意技といってもいい。
魔術師が治癒魔術を使うには、大量の魔力が必要であるが、神聖術は神々の加護によるものなので、治癒系統は遥かに効率がよく回復させる事ができる。
おまけに体内の生命力・魔力を回復させる生命活性化の神聖術によって、倒れていた魔術師たちの魔力を回復させていく。
さらに、リュフトヒェンの提案によって、テントや大地母神の神殿の避難所内はできるだけ清潔にし、彼が魔術で作り出した大量の清潔な水によって傷口を洗い流したり、強いアルコールの酒で傷口を洗い流したりして感染症を防いでいる。
傷口を清潔な水で洗い流すだけで、生存率は大きく異なってくるのだ。
ともあれ、そんな医者や神官や魔術師たちが懸命に治療を行っているなか、アーテルもあーめんどくさい、とぶちぶち愚痴りながらも治療魔術をかけ続ける。
そんな中、彼女に向けて幼い姉妹の二人がおずおずと話しかけてくる。
「あの……。貴女は竜様なんですか?本当に人間を食べたりするんですか?」
その幼い姉妹、恐らくは孤児の質問に、その場の皆が凍り付いた。
それは、あえて皆が恐れながらもスルーしていた質問だったのだ。
だが、アーテルはめんとうくさげに答えながらしっしっ、と手を振る。
「あーもう食うぞ。頭からバリバリ食うぞ。面倒くさいから妾の邪魔をするではないわ。」
しっしっ、と面倒くさげに手を振りながら、重傷者に治癒魔術をかけていく。
もっとも、これは口先だけで人間など食うより、その辺の猪や動物を食べた方が遥かに美味いし、後腐れも面倒もない。そのため人間など滅多に食うことなどない。
(少なくともこの二百年ぐらいは)
そんな彼女に対して、孤児の姉妹は俯いたまま彼女に向って言葉を放つ。
「だったら……。私たちを食べてくれませんか?生きているよりも、竜様に食べられた方がよほど楽です……。お願いします。」
俯いた彼女に向って、アーテルは手を振り上げようとして……人間相手だと力の加減が難しいな、と思って、彼女にデコビンを叩きつける。
それでも、彼女からすれば強烈だったらしく、ふにゃ!と言いつつ、彼女は吹き飛ばされる。そして、吹き飛ばされた姉に、アーテルは一喝する。
「戯け!生きる気力もなくした腑抜けを喜んで食らうほど耄碌しておらぬわ!!
第一そんな貧弱でガリガリの体を食べたところで美味くもなんともないわ!!
そうじゃな……。そんなに言うのなら、妾の腹を満たして唸らせる……そう、料理人にでもなってみるがいい。美味い物を妾に大量に捧げられるほどの腕前にでもなれば貴様を認めてやろうではないか。邪魔じゃからとっととそこの大地母神の神官にでも保護されるがいい。孤児の面倒ぐらい見てくれるじゃろ。」
それだけ言って彼女は再び治療へと戻っていった。
弱肉強食が竜のルールとはいえ、腑抜けた自己犠牲、楽になりたい逃避をする者たちを楽にしてやるほど、彼女は優しくはない。
それが、彼女の竜としての誇りなのだ。
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