第48話 生体兵器と帝都瓦解。

 帝都から少し離れた場所、一人の魔術師風の男が他の男に問いかけていた。


「……では陛下たちや重鎮の方は避難されたのだな?」


 帝都から真っ先に脱出した帝国派の国王、王族、重鎮貴族などは、すでに安全な第二帝都へと避難を行っている。

 いわゆる帝国過激派のほとんどもすでに帝都から脱出を行っている。

 まだ残っている過激派は、よほど間抜けな者たちであり、そんな奴らなど彼らにとってはどうでもいい存在だった。

 例え嬲り殺されても、眉一つ動かすまい。


「は、我ら帝国派の主要な貴族たちも避難できました。最早、帝都には我々にとって厄介者しか残っておりません。」


「よろしい。元々帝国は広すぎたのだ。それ故に亜人派や中立派などが跋扈する余地が広がってしまった。それらを切り捨て、純粋な新しい帝国を築かねばならぬ。」


 その貴族風の男に対して、魔術師風の男は一つ頷く。

 彼らからすれば、亜人派や中立派が大手を振ってのさばり、平気な顔で意見を言えるなどという状況には我慢ならない状況だった。

 ならば、彼らを全て切り捨てて、新しい帝国を作り上げればいい。

 シンプルではあるが、ある意味狂っている考えを、彼らは実際に行おうというのだ。


「左様。それ故にこのような自体になってしまった。我々が作り出す新しい帝国、“神聖帝国“ではそのような反乱分子は排除せねば。」


「最早帝都など不要。不死身の兵士として開発された実験兵器を解放して、試験運用の舞台へとしましょう。

 市民革命やら亜人解放やらはしゃいでいる愚か者を一網打尽にするいい機会だ。」


「左様。中立派やら亜人派やら市民革命やらとはしゃぎたてる愚か者どもを一掃し、試験兵器の実験も行える。実に一石二鳥ですな。

 まあ、事実制御できない失敗作ですが、ちょうどいいでしょう。

 全てを灰に戻してから神剣を確保し、再び帝都を作りあげればよい。では、封印を解放しましょうか。彼らに地獄を見せてやりましょうぞ。」


 ―――その彼らの呪文と共に、帝都各地では異変が起きていた。

「何か」が地下から地面や床を突き破って次々と帝都へと現れているのだ。

 その異形は、まさに怪物そのものだった。


 ……それは、人間の上半身の塊だった。

 数十体もの人間の上半身のみが中心部のスライムのような球体から生えているのだ。

 脚部は存在せず、体を支えているのも、下部にある上半身が腕を脚代わりとして移動している。そして、彼らは皆、完全に発狂、精神崩壊していた。


 その上半身の無数の顔は、虚ろな表情、あるいは狂人の笑い、あるいは涎をまき散らして意味不明な事を言いながら、その怪物は手当たり次第に住民、衛兵、貴族問わずに襲いかかかり、捕らえた人間を無数の手で引き裂き、自分に取り込んでいく。

 その惨状を見て、シャルロッテは叫んだ。


「何よあれ!混沌の怪物じゃない!」


 それは、帝国派が作りだした生体兵器「レギオン」と呼ばれていた。

 エキドナの落とし子から抽出した混沌の因子を魔術的に培養。

 あらゆる存在を取り込み、融合させる強い生命力のある培養混沌に、次々と兵士を放り込み「死なない兵士」を作り上げようとしていたのである。

 だが、訓練にコストのかかる兵士を使う前に、流人や身寄りのない者、孤児などを利用して作り上げたのが、このレギオンである。

 だが、問題があった。それは制御が全くできない狂戦士だったのである。

 敵味方なく襲いかかり、制御もできない怪物。

 そのため、生体兵器として不適格と判断されたのである。


 しかも、そのレギオンが帝都各地で十数体も地下から出現し、無差別に人々に襲い掛かりその無数の手で市民たちを引き裂き、口で食い散らかしているのだ。

 無差別に殺戮を繰り返すその怪物に、民衆たちは悲鳴を上げて逃げまとう。

 もはや市民革命も亜人解放も何もない。

 亜人も中立派も帝国派も、悲鳴を上げながらひたすら逃げまとう。

 その惨状を見て、シャルロッテは憤懣やるせない、と言わんばかりに絶叫する。


「あーっもう無茶苦茶じゃない!!せっかく出来るだけ流血を少なくしようとしているのに何考えてるの帝国過激派は!あんなのを帝都のど真ん中で暴れさせるとかアホなのバカなの!?それこそ辺境伯の軍の足止めに使えばいいじゃない!!」


 普通に考えたらいかに非人道的な兵器であろうと、兵器である以上戦場で運用すべきだ。こんな街中で放つなどそれこそテロリストである。だが、例外はある。

 それはこの帝都にいる住人が全て邪魔だという時だ。

 亜人派、中立派、帝国穏健派、市民革命、亜人解放、それらに関与する住民全て、過激派からすれば邪魔以外の何物でもない。

 ならば、それら全てを排除し、帝都を全て灰にして、クラウ・ソラスだけ確保して、選ばれし者だけで再び帝都の再建を行えばいい。


 一種の民族浄化と言ってもいい。いや、思想浄化というべきか。ともあれ、我々は切り捨てられて邪魔者とされ、排除される運命なのだ。

生体兵器の投入により、帝都には多大な被害が出ており、あちらこちらで火災も起きつつある。

 シャルロッテは、杖を地面に突き立てると結界を維持する要にしながら、亜人派の女性子供や中立派に対して叫ぶ。


「帝都を放棄するわ!結界の一部を開けるからそこから帝都の外へと逃げなさい!もう中立派も亜人派も帝国派も関係ない!逃げて生き残りなさい!早く!」


 そう叫びながら、シャルロッテは自分の作った結界の前面を一瞬だけ解き放ち、そこから飛び出してレギオンと対面する。

 逃げまとう人々の前に立ちふさがるようにレギオンと対面するシャルロッテ。

 彼女は、きっとレギオンを睨みつけながら、朗々と宣言を行う。


「帝国過激派の貴族たちは逃げたした。王族ですら皆逃げだした。最早この国は滅ぶだけだろう。だが、それでも私は弱き者を守護するために存在する!そのための貴族、そのためのノブレスオブリージュだ!!」


 シャルロッテはそう叫ぶと、自らの背後に数本の氷の槍を作り出し、それをレギオンに向けて射出する。

 回避など行う事もしないその氷の槍はレギオンに次々と突き刺さっていく。

 だが、培養混沌から膨大な生命力が付与されるレギオンが、その程度でやられるはずもない。数本の氷の槍を受けて平気で動き回るレギオンだが、その氷の槍の氷結は次第に広がっていき、体全体を覆いつくしていく。


 例え浄化の炎の攻撃であってもレギオンはしぶとく耐えて肉体を再生し続けるだろう。ならば、凍らせて氷の檻に閉じ込める事によって動きを封じこめる。

 それがシャルロッテの戦術である。そして、一体のレギオンは完全に氷に封じ込んだが、まだまだ帝都にはレギオンたちが十数体活躍している。

これを全て一人で潰すには、さすがに大変である。どうしたものか、と考えている彼女の上空を、無数の小型の竜が覆いつくす。


「ワイバーン!!」


 そう、それはアーテルが率いるワイバーンの群れである。

クラウ・ソラスによって次々と撃ち落されてはいるが、完全に全てを滅ぼせる訳ではない。ついに彼らは帝都上空まで到達したのである。一説ではワイバーンは肉を好むという。

 そしてここには弱い人肉が山のようにある。

 いくら彼女が優れた魔術師でも、たった一人で帝都全ての住民を守る事はできない!どうすればいい、とレギオンに加えて新たなる敵に歯噛みする。

 だが。


「キュオオン!!」


 だが、ワイバーンたちは、帝都の市民たちになど見向きもせずに次々とレギオンへと攻撃を仕掛けて行った。

 一体のレギオンに対して、十数匹もの集団攻撃を仕掛けるワイバーンたち。

 そこには、彼らに対する憎しみすら感じられた。

そういえば聞いたことがある。竜は世界を守護する世界の槍であり、世界の外から襲い掛かってくる混沌をひどく憎んでいる、と。

ワイバーンもその意識が受け継がれているのなら、培養混沌であるレギオンに対して集中攻撃をかけるのも理解できる。


ともあれ、ワイバーンたちがレギオンと戦ってくれるなら、やるべき事は一つである。


「撤退!総員撤退!アタシたちが足止めすれから、さっさと帝都から逃げ出しなさい!」

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