第44話 我らに竜の加護ぞあり!

 ―――そして、ついにその時がやってきた。

 大辺境へと大規模侵攻。そのための辺境伯軍の準備が整った、という報告を帝国本土へと伝えた結果、わざわざ帝都の他の貴族の所まで音を伝える事のできる魔導装置などという物を持ち込んできた。

 あいつらは、これを利用してこちらが宣戦布告をするとか考えていないのだろうか、とフルプレートアーマーにロングソードで完全武装して髪を編み上げたルクレツィアは呆れた顔になる。

 ……いや、想定はしているのだろう。

 それならそれで、こちらを叩き潰す事ができる大義名分ができると考えているのだ。

 帝都の帝国派の貴族どもは、そういった悪趣味な面がある。ならばそれに乗ってやろうではないか、とルクレツィアは鎧を鳴らしながら、式典会場へと足を運ぶ。

 

 その彼女の目の前、辺境伯の精鋭軍はおよそ七千ほどは、装備を整えてずらり、と綺麗に並んでいる。

 他のこちらに賛同する亜人派の領主たちの軍を全て集めれば一万ほどの軍になるはずである。

 名目上は独立しており、本来は辺境伯の命令を聞く謂れもない彼らではあるが、この戦いに敗れたら滅ぼされるのは共通認識として理解している。

 そもそも、怪物たちが沸いてくる大辺境に隣接する彼らの領地は辺境伯の軍事力によって幾度も救われており、恩義もあるため、亜人派の筆頭であるルクレツィアに逆らう理由などない。

 魔導装置だけでなく、ルクレツィアの声はセレスティーナが魔術によって拡大され、少なくともこの大都市の皆に響き渡るようにはなっている。

 そして、その魔導装置の前に立ったルクレツィアは、普段の間延びした口調とは全く異なる凛、とした声で堂々と宣言を行う。


「聞くがいい!辺境伯領地の皆、いや、帝国全土の皆よ!!

 私は全帝国民に告げる!!我がバルシュミーデ領、並びにそれに従う領土は、これより帝国から離脱し、独立を宣言、並びに帝国へと宣戦布告を行う!!」


 その彼女の爆弾発言に、帝国から魔導装置を配置するために派遣されてきた兵士はパニックに陥るが、辺境伯軍の兵士たちは小動ぎもせずに彼女の言葉に聞き入る。


「帝国はこれまで亜人に対して、差別と人体実験を行い、数々の非道を行ってきた!私は辺境伯領主の名をもってこの帝国本土の亜人差別を弾劾する!」


 ルクレツィアが次々と並べ立てる帝国の亜人に対する悪行や人体実験は、帝国軍の兵士たちの顔を真っ青にさせるのに十分だった。

 その悪行と差別を弾劾したルクレツィアは、さらに言葉を張り上げる。


「立ち上がれ亜人たちよ!帝国の弾圧に怯えず安らかに暮らせる国を、我々自身の手で作り出すのだ!―――戦え!!自分たちの国を!自分たちの安らかに暮らせる国を作り上げるために戦うのだ!!

 我々は決して降伏しない!空で、陸で、山で、森であらゆる所で戦い続ける!!

 何より、我らには竜の加護が存在する!!見よ!!」


 そのルクレツィアの言葉と共に、大辺境から轟音を共に飛来したリュフトヒェンとアーテルは、大都市の上空をフライパスしてその威容を見せつける。

 二頭だけではなく、アーテル配下の大量の空を埋め尽くさんばかりのワイバーンも彼らを取り囲むように飛んでいるその姿は、まさしく威容そのものだった。


「彼ら大辺境に存在していた竜たちも我々に味方してくれると宣言している!

 我々は竜を頂点とした亜人のための新国家を作り上げるのだ!!

 我らに竜の加護ぞあり!!戦え!!我らの国を作り出すために!!」


 ―――我らに竜の加護ぞあり!!

 ―――我らに竜の加護ぞあり!!

 その熱狂は辺境伯の軍だけでなく、バルシュミーデ領の全住民へと伝わっていった。

 そして、その熱狂は亜人たちの多い地域でまるで伝染病のように広まっていった。

 今まで散々馬鹿にされ、差別されていた彼らが一気に肯定され、「自分たちは正しい」と認められたのだ。

 この熱狂に勝てる人間は存在しない。


「き、貴様ァ……!!帝国を裏切るつもりか!この裏切り者が!ぐわぁ!!」


 魔導装置を用意した、いまだ戯言を吐き続ける親帝国派の兵士の首を振るった剣で切り落とし、ルクレツィアは自分の馬に跨り、血に濡れた剣を振り上げて吠える。


「全軍、進撃!!これより帝国領土へと侵攻を開始します~!―――進め!!」


 そのルクレツィアの言葉と共に、辺境伯軍は進撃を開始した。

 街中の大歓声と共に颯爽と進む辺境拍軍。あの演説に賛同を覚えない住人は存在しなかった。亜人が多いこの都市では、皆多かれ少なかれ帝国人に対して苦しめられていたのだ。ましてやあんな平気で非人道的手段をする奴らと仲良く暮らせるはずなどない。

 辺境伯軍は、一気に自らの領土から帝国本土へと侵攻を開始する。

 完全武装のルクレツィアは、馬を駆りながら付き従ってくる兵士たちに叫ぶ。


「聞いてください~!我が軍は士気高揚なれども、帝国本土に存在する大量の軍に対抗するためには戦力が足りません~!寡兵である我らが勝利するためには速度!速度!速度です!!一気に本土に電撃のように攻め込みます~!!

 我々の目の前に存在する者たちは全て敵です~!切って切って切り進みなさい!」


 あ、演説モードから元の彼女の口調に戻ったとセレスティーナは思う。

 演説モードは彼女の体力を多大に消費するから、あまり使いたくない、というのが本音であるらしい。

 とはいうものの、帝国本土で警備を行っていた兵士たちも、おっとり刀で辺境伯軍を止めに入るが、その程度で止められるはずもなく、鎧袖一触で粉砕される。


 だが、これから先は向こうも本格的な軍を展開しているはずだろう。

 それを察知しているセレスティーナは、乗っている馬をルクレツィアへと近づけていき、ルクレツィアに対して魔術通信用の通信石を手渡す。

 予め使い方などは説明してあるため、彼女ならば使いこなせるはずだ。


「それでは、この馬の方をよろしくお願いします。」


 それだけを言うと、そのまま飛行魔術を使い、セレスティーナは、馬の鞍の上から上空へと飛翔する。

 事実上、大達人アテプタス・メジャーである彼女は、この程度の飛行魔術など行うのは容易い。箒などと言った補助道具無しでも、単体で高速飛行が可能である。


 竜が戦闘機だとするのなら、飛行して高度から攻撃できる魔術師たちは飛行する砲兵、戦闘ヘリに近い。

 飛行できるのが偵察や爆撃などいかに有効なのかは、歴史が物語っている。

 もちろん、敵にも魔術爆撃を行う戦術魔女部隊などは存在するが、いかんぜん数が少ないのがネックである。


(しかし、よくよく考えると自分で飛ぶ必要はなかったですね……。アーテル様から配下のワイバーンとか借りてくればよかった……。)


 そう思いながら、高速で飛行している彼女の目に、敵軍が陣を敷いて待ち構えているのが目に入る。

 やはり、帝国軍も辺境伯軍が攻め込んでくる事は予期していたらしく、きちんと陣形を取ってこちらを待ち構えているのが空中から確認ができる。

 帝国軍は基本的な横列でこちらを待ち構えているが、兵の数はやはり向こうのほうが圧倒的有利。いかに精鋭である辺境伯軍でも、普通に戦えば数によって擦り減らされる可能性は十分にありうる。

 そして、それをカバーするのがセレスティーナたちである。


 セレスティーナは、敵軍の上空まで飛行すると、背後の数十もの魔法陣を展開。

 その魔法陣から数十もの魔術式で構築された魔術砲台を表し、地上に向かって魔術弾を連射する。

 何十もの魔術砲台から連射される魔力弾は、戦闘ヘリのミサイルランチャーもかくやである。

 竜などが襲い掛かってくるため、対空防御が発達しているこの世界の軍は、上空に魔術障壁を張ってそれを防御しようとするが、セレスティーナの魔力弾はそれを容易く貫通し、次々と敵陣を吹き飛ばしていく。


 敵軍も無数の矢や、直線状の魔術砲撃を上空に射出する事により、対空攻撃によってセレスティーナを叩き落そうとするが、その程度で撃ち落とされる彼女ではない。

 ひらり、と反転してそれらを回避し、矢などが届かないさらなる上空へと避難すると同時に、光球を射出する。


 この光球は、味方の魔術師たちに”この辺に撃ち込め”という分かりやすい合図である。それに応じて、魔術師たちは曲射の魔術式を利用し、その辺に魔術砲撃を打ち込んでいき、敵陣はさらなる大混乱に襲われる。


「突撃!ですわ~!!」


 その大混乱に陥った敵陣に、辺境伯軍が「↑」の形、つまり鋒矢(ほうし)の陣形で敵陣に突撃し、まるで紙を突き破るように混乱している敵陣を突っ切っていく。

 こうした電撃戦によって、兵員で劣るはずの辺境伯軍は次々と敵軍を打ち破っていった。






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