第42話 冥界の炎と熱心者《ジュレーター》

 魔力放出によるビームハルハードを手にしたセレスティーナは、そのまま敵の中へと突っ込んでいく。敵は恐らく十人程度。

 何とか魔力障壁で防ごうとするが、そんなもの彼女にとっては紙切れ以下。

 魔力障壁ごと、胴体を両断する。


『(うへぇ……。)』


 飛び散る血と内臓と間近で見る人の死。

 予想していたし、覚悟もしていたが、やはりすぐそばで人の死を見るというのは、元現代人である彼には精神的にきつい。

 ゴブリンなどを高高度から魔術で焼き払うのとは訳が違う。

 だが、戦争を起こすとなれば、自らの手で人の命を奪うこともありうる。

 無血で国を作れるほど甘くはないし、それらを全て他の人に押し付けることはできない。リュフトヒェンはスタンガン程度の雷撃魔術を放ちながら、その”覚悟”を決めなおした。


 もちろん、敵もただやられるわけではなく、手にした奇妙な杖――普通の杖の先端に人の頭ほどの金属筒がついている――を振りかざし、セレスティーナに対して火炎や氷の矢などの魔術を飛ばしてくる。

 セレスティーナは、魔力放出が行われている竜骨杖をバトンのようにくるくると華麗に回転させて、簡易的な盾として、魔術攻撃を防御する。


「はっきり言って素人以下ですね……。。4=7 哲人(フィロソファス)にも及ばない外陣の貴方たちが、内陣である私に刃向かうかどうなるか、その体に叩き込んであげます。」


「怯むな!!我らは魔術機関という新たな力を手にしたのだ!!何としてもこいつらを倒し、帝国の反乱分子も処断するのだ!!

 あいつを倒せば、我々熱心者(ジェレーター)も4=7 哲人(フィロソファス)に格上げしてもらえるはずだ!!」


 1=10 熱心者(ジェレーター)

 4=7 哲人(フィロソファス)

 どちらも魔術師としての位階であり、その中でも、熱心者(ジェレーター)は下から二番目というかなり低い階位の魔術師である。

 恐らくは、帝国派よりの高位の魔術師から高い位階を与えられるという甘言に騙されて彼女たちを狙ってきた鉄砲玉なのだろう。

 辺境伯ルクレツィアもセレスティーナも両方帝国派の魔術師からしてみたら邪魔ではあるが、一度陥れて死んだはずのセレスティーナがさらに力を増して帰ってきた、というのが魔術師たちに対して脅威に見えたのだろう。


「貴方達にいい事を教えてあげます。魔術師の階位とは、純粋にその魔術師としての実力によって与えられる物。政治的な物で与えられる階位など……意味がないと知りなさい!!」


 そう言いながら、セレスティーナがビームハルハードを振るうと、一人の熱心者の魔術師の腕が魔力の刃によって切り飛ばされる。

 その切り飛ばされた腕は、杖を持ったまま吹き飛ばされ、壁へと叩きつけられる。

 魔力の余波で表面が切り裂かれた杖の先端の金属筒から、流れ出す液体と同時に。奇妙なピンク色の物体が見えて、彼女の援護を行っていたリュフトヒェンは思わず声を上げる。


『うげっ!何これ!?人間の脳か!?』


 そう、その金属筒の中にあったのは小さい人間の脳だったのだ。

 大きさからすれば大人の物とは思えない。となればつまり……。そういう事だろう。


「恐らくは、生まれたばかりの子供の脳でしょう。生まれたばかりの子供たちの脳を摘出し、生命維持用の液体に浸して、生きる魔術詠唱・魔術増幅装置にする。そんな所でしょう。」


 その彼女の発言に、思わずリュフトヒェンは、うへぇ、という顔になる。

 わざわざ人の首を切り落として魔術装置にするのは手間暇がかかる、と判断した彼ら帝国派の魔術師たちが考え出したのが、このやり方である。

 亜人の生まれたばかりの子供の脳を取り出し、それを生命維持用の栄養液と共に金属筒に入れて、生きる魔術増幅装置に変える。

 竜人の首を切り落として、落とし子の制御装置に変えた彼らにとっては、この程度は日常茶飯事なのだろう。

 セレスティーナは、刃状の魔力放出を一旦取りやめ、くるりと竜骨杖の先を熱心者たちに向けると、凛とした表情で言葉を紡ぐ。


「いいですか?魔術師の先達としてもう一つ教えてあげます。生贄を使ってこの程度の魔術しか使えないのなら、貴方たちは魔術師として五流もいい所です!」


 セレスティーナが杖を上に掲げ、杖の石突きで地面を強く叩くと、熱心者ジュレーターたちの足元に魔方陣が展開され、そこから猛烈な爆炎が吹き上げて熱心者ジュレーターたちの肉体を焼き尽くす。

 これは炎を作り出したというよりは、冥界の罪人を焼き尽くす裁きの炎を一時的に召喚して相手を焼き尽くすという召喚魔術に近い。

 おまけに、魔方陣には結界効果があり、範囲外には被害を与えないという優れものである。


 罪人を裁く冥界の炎は熱心者を焼き尽くし、そのまま生きたまま焼かれながら、悲鳴を上げながら炎と共に生きたまま冥界へと送還される。

 罪人が生きたまま冥界に行ったらどうなるか……まあ、愉快な事にはなるまい。

 運よく死ねたとしても、魂ごと冥界に囚われたら、そのまま何らかの処罰が下るだろう。そして、炎に焼き尽くされた彼らが遺体も残らず消え去った後で、片腕を失って地面に倒れ伏している、最後の生き残りの熱心者ジュレーターに対して、セレスティーナは、ゆっくりと近づいていく。

まずは、彼の残った腕の掌に、杖に再び展開した魔力放出の穂先を突き立てて言葉を放つ。


「さてと、計算通り一人残っていてよかったですね。さて、これは私が作り上げた魔術生物ですが、これはどんな事になるか分かりますか?」


 そう言いながら、セレスティーナは、空間の歪みから試験管に封じられた異形の蟲を取り出して、男へと見せる。


「元々諜報機関のために作り出した蟲で、これを撃ち込むと自動的に脳へ寄生し、その人物の脳の一部を破壊して、こちらの答えた事を何でも答えてくれるようになります。まあ、一種の自白剤ですね。ただし、廃人になりますが、まあそれはどうでもいいでしょう。」


 そこまで言うと、セレスティーナは、男に対してにこり、と花のような笑顔で可憐にほほ笑む。


「これを試験運用できる機会に恵まれるとは思っていませんでした♪さあ、いい実験材料になってくださいね♪」


 その笑顔に男は思わず情けない叫び声を上げる。リュフトヒェンとのウィンドウショッピングを邪魔されたセレスティーナは、彼らに対して怒り心頭だったのだ。


(こわ……。この子怒らせないようにしよ……。)


 だが、ようやく駆けつけてきた警備隊や衛兵によってそれは未然に防がれたが、その時の彼女が大きく舌打ちしたことは言うまでもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る