第79話、そのころ

 ムーン公爵邸。フリードリヒの私室。

 フリードリヒ・ムーン公爵ことファフニールは、ワインを傾けながらのんびりしていた。

 すると、私室の窓が開き、青髪の美少女アンフィスバエナが入ってくる。


「人は窓から入らない。もっと礼儀を学んだらどうだい?」

「ごめん」


 アンフィスバエナは素直に謝る。

 そして、ペコっと頭を下げすぐに上げた。


「リンドブルム、ぜんぜん気付いてなかったね」

「そりゃあそうさ。私の正体を知るものは、この世界で君だけだ。まぁ、私が名乗り出なかったら、きみも気付かなかっただろうけど」

「うん。こうして目の前にいても、あなたがファフニールだって思えない。きっと、お父様も」

「かもね。で……行かないのかい?」

「もちろん行くよ。エキドナ姉様とテュポーン兄様、そして父上の力を全然引き出せないリュウキ。こんな面白そうな戦い、見なきゃ損だね」

「ふふ、私にも見せてくれよ?」

「うん。『眼』を共有しておく。ところでファフニール……どっちが勝つと思う?」

「……ふふ、聞きたいかい?」

「うん」


 ファフニールはワイングラスを傾け、ルビーの液体を揺らす。

 

「今のままでは、リュウキくんはエキドナを傷付けることも、テュポーンに触れることもできないだろうね。怒りで頭が回っていないのか……普段のリュウキくんなら、その程度のことに気付きそうなんだが」

「じゃあ、負け?」

「いや? 仮にもリュウキくんは我らが父の力を継承した人間だ。その力をどこまで引き出せるかが勝負のカギとなる」

「……じゃあ、勝ち?」

「さぁね。でも、確実に言えることは……人間のリュウキくんが、ドラゴンである父の力を、どうあがいても完全には引き出せないってところかな。今のリュウキくんは、50%の力を引き出しているが、それはあくまで人間が引き出せる限界の50%であり、本来の父の力に換算しても、1%以下だ」

「……それでスヴァローグを倒しちゃったんだよね」

「そう、それが父の恐ろしいところだ。誰よりも優しく慈愛に満ちていた父。かつて、リンドブルムを傷付けた龍の軍団を、たった一体で殲滅した地上最強のドラゴン。おかげで、ドラゴンは我ら八体……いや、スヴァローグは死んだから七体か。それしかいない」

「…………」

「正直、わからないね。リュウキくんが死んでも、あの双子は気にもしないだろう。父の力を吸収し、またギガントマキアを作り世界を相手に遊ぶだけ……さてさて、どうなることやら」

「ファフニール、あなたは手を貸さないの?」

「貸してるじゃないか。ワイバーンを手配したり、死んだ人間の始末、学園やギルドに報告……」

「それは、ムーン公爵としてのあなた。ドラゴンとしてのあなたは?」

「ふむ……確かに、それはないな」

「もっと楽しみたいなら、手を貸してみるのも一興かもよ?」

「……く、はっはっは!! まぁ確かに……それも悪くない、か」


 ファフニールは、自分の人差し指をスパッと切り落とした。

 それを引き出しから出した布で包み、アンフィスバエナへ投げる。


「使い方は任せる。それと……そこまで言うんだ。きみも何かしたらどうだ?」

「ふふ、そうかもね」


 アンフィスバエナは、窓から消えた。

 ファフニールは椅子に深く腰掛け呟いた。


「やれやれ。私としたことが乗せられてしまった。ふ……思った以上に、リュウキくんのことが気に入っているのかもしれないね」


 ◇◇◇◇◇◇


「ぅ……」


 アキューレが目を覚ますと、ふかふかなベッドの上だった。

 天蓋付き。さらに、シルクやレースがふんだんに使われたベッドシーツ。ベッド自体の装飾もかなり凝っている。貴族が使うようなベッドの上だ。

 そして、気付く。


「あれ、服……」


 服を着ていない。さらに、全身至るところ磨かれている。

 風呂に入れたのか、肌はつやつや。髪もサラサラ。自分でも驚くくらい『綺麗』なアキューレがいた。

 周りを見渡すと、何もない。何もない部屋のど真ん中に、ベッドがあるだけの部屋。

 

「おはよう、お嬢ちゃん」

「っ!!」


 ベッドも毛布が盛り上がり、一人の少女が現れた。

 一糸まとわぬ美しい少女だ。アキューレと同い年か、少し上くらいの少女。

 明るい水色のロングウェーブヘア、スレンダーな肢体がなまめかしい。

 

「私はエキドナ。よろしくね」

「……ここ、どこ?」

「私の部屋。ふふ……何をされるか、わかるわね?」

「……えっちなこと。でも、わたし女の子だよ? そういうのは、男の子と女の子がすること」

「そうかもねぇ? でも……私は人間じゃないもの。可愛い子は大好き。男も、女も、老人も、不細工でも、私が気に入れば、私はみんなを愛するわ」

「……っ」


 エキドナは、アキューレに覆いかぶさる。

 水色の髪は冷たく、眼はまるで蛇のように鋭く、まっすぐアキューレを見ている。


「まだ、食べないわ。ふふ……しゃぶりつくして、丸呑みしてあげる。エルフの味なんて数千年ぶり……しかも、あなたは極上」

「……変態」

「あはは!! ね、そう思うわよね……テュポーン」


 と───いつの間にか、部屋のドアにもたれかかる少年がいた。

 紫色のクセッ毛で、つまらなそうにエキドナを見ている。

 その顔は、エキドナと瓜二つだ。


「やれやれ……お前、マジでわけわからん。さっさと食っちまえばいいのに」

「バカね。私は美食家なの、美味しいものほど、長く味わいたいのよ」


 餌。

 アキューレは理解した。自分は『餌』なのだと。

 これから来るのは、『死』だ。

 この二人は、自分を殺す。

 

「……っ」

「あら? 恐怖してるの? 怖い? ふふ……その恐怖も、いいスパイスになる」

「悪趣味だな。ま、好きにしなよ。あと、楽しむのはほどほどにしとけよ」


 テュポーンはドアを開け、ニヤリと笑った。


「役者がそろった。ククク……始まるぜ?」


 次の瞬間、どこからか爆発音が聞こえてきた。

 そして、空いた窓から聞こえてきた。


「アキューレ!! 俺だ、リュウキだ!! いるなら返事してくれ!!」


 それは───アキューレにとって、希望の声だった。

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