第77話、乗り込め、敵地

 ムーン公爵家の庭に、大きなドラゴン……ではなく、ワイバーンがいた。

 褐色の表皮、大きな翼、ドラゴンというよりは翼の生えたトカゲのような姿だ。ワイバーンはムーン公爵に顔を近づけると、甘えるように鼻をピスピス鳴らした。


「目的地はクルシュ王国、ウロボロス山脈だ。任せるよ」

『キュルルル……』


 ワイバーンの傍には、大きな取っ手が付いた籠があった。

 これに乗り込み、空を飛んで行く。

 ムーン公爵は、ワイバーンの鼻先を撫でながら言う。


「クルシュ王国まで、半日も飛べば到着するだろう。私の方で学園には届けを出しておくから、安心して行きたまえ。それと、死なないように気を付けて」

 

 俺たちは頷く。そして、運搬用の籠に乗り込む。

 いざ、出発……しようとしたら、誰かが走ってきた。

 俺たちの前で止まり、片手を上げる。


「やっほ。わたしも行く」

「り……リンドブルム!? おま、なんで」

「公爵に呼ばれた。手を貸してやれってお願いされたの」


 ムーン公爵を見ると、リンドブルムに一礼する。


「お久しぶりです。枢機卿」

「うん」

「リュウキくんたちの危機に、力を貸していただき、感謝します」

「いい。リュウキが戦いに行くなら、手伝う」


 リンドブルムは、よじよじと籠に乗り込む。

 そういえば、ムーン公爵家は真龍聖教の信者だった。リンドブルムと面識あるし、ドラゴンだって知っているだろう。

 俺は確認する。


「……敵は、ドラゴンだ。しかも二体」

「エキドナお姉さまと、テュポーンお兄さま、だよね。わたしじゃ勝ち目はないけど……ギガントマキアの構成員くらいなら、全部殺してあげる」

「あ、ああ」

「待った。全部はダメ、あたしたちもリベンジするから」

「わかった。じゃあ、そこそこ殺す」

「あのシモンとかいう奴は、オレにやらせろよ」


 レノが拳を打ち付ける。

 どうやら、やり返したい奴がいるようだ。アピアもレイも同じみたいだ。

 ムーン公爵がワイバーンの頬を撫でると、ワイバーンは浮かび、両足で籠の取っ手を掴んだ。

 ゆっくりと上昇───ムーン公爵が言う。


「全員、気を付けて───……」


 最後に何かを言ったような気がしたが、ワイバーンが飛び立ったので聞こえなかった。

 ワイバーンは上昇し、そのままクルシュ王国に向けて飛ぶ。

 なかなかの速度だ。でも、たぶん俺のが速いな……と。


「……みんな、どうした?」


 レノ、レイ、サリオ、アピアが籠の中で身体を低くする。


「お、おま……こ、怖くねぇのかよ」

「え、何で?」

「そ、そら……飛んでるね」

「ちょ、ちょっと怖いです……」

「りゅ、リュウキ。落ちないようにね」


 そっか。みんな、空飛んだことないんだな。

 平気なのは、俺とリンドブルムだけか。

 ワイバーンはなかなか速い。あっという間にクロスガルドを抜け、雲の上を飛んでいた。

 現在時刻は夕方……オークションがお昼だったから、けっこう時間が経過してる。

 そういえば、少し腹が減った。


「みんな、今のうちにメシ食おうぜ。半日で到着なら、深夜には到着するだろ。今のうちに休んでおこう」

「む、難しいわね……こんな上空で落ち着いて休めると思う?」

「でも、休む。戦いになるだろうしな」


 幸い、籠の中はけっこう広い。

 俺たち全員が横になれるくらいだ。

 俺は座り、魔導カバンから水と食料を取り出す。ムーン公爵が準備してくれた食料はカバンの中にたくさん入ってるからな。


「リュウキ、ちょーだい」

「いいぞ、いっぱい食え食え」

「うん。もぐもぐ」


 リンドブルムはパンをほおばる。

 ギガントマキアの構成員が何人いるかわからないけど、リンドブルムの力が必要になるだろう。

 すると、レノがパンに手を伸ばす。


「よっしゃ、慣れた!! オレも食うぞ!!」

「ああ、いっぱい食え」

「あのクソ野郎……今度は負けねぇ」

「……敵か?」

「ああ。クソ強い野郎だった……もう、負けねぇけどな」


 そして、アピアもパンを手に取る。


「私も、次は絶対に負けません。必殺の弾丸も用意しました。もう二度と、外さない……!!」


 バクバクとパンを食べ、牛乳で流し込む。

 サリオは、ブツブツ言いながら何かを確認していた。


「速度強化、防御強化、攻撃強化、魔法防御強化、魔法攻撃強化……バフはいくつも使えるな。レベル1だから持続力が20秒ほど。魔力はあるし、つねにかけ続ければいい。よし……いける」


 サリオもやる気満々だ。

 俺も、完全にエンシェントドラゴンの力を引き出さないと。

 下手をしたら、一対二の戦闘だ。

 双子のドラゴン。そういえば、情報がないな。


「な、リンドブルム。エキドナと、テュポーン……どんなドラゴンだ?」

「二人は、自分では戦わない。昔から、他の生物を使っていろいろやらせては楽しんでた。昔、言ってた……自分たちは観客、脚本家だって。舞台に上がるのは、自分たち以外だって」

「なんだそれ……」

「でも、強い。わたしじゃ歯が立たない。スヴァローグお兄ちゃんも勝てない」

「…………」

「リュウキ、リュウキなら……勝てるかも」

「勝つ。絶対に……」


 正直、自信はない。

 でも……引けない戦いってのは、あるんだ。

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