20.苦労人の気質(3)
***
「もしもし。俺さ、どこまで走ればいいの? もう飽きて来たんだけど」
リッキーパーティのメインアタッカーこと、鬼人の白浪は軽やかに木々を縫いながら森林内を駆けていた。
《通信》先にいるのは言わずもがな、ずっと潜伏を続けているリッキーだ。
『ベリルが追ってきてる。まだ走らないとダメだな。向こうの3人がジモンを倒すまで』
「俺一人でベリルとか言ったっけ? あいつくらいやれそうだけど」
『リスクが高すぎる。まだグロリアがどこにいるのかも分からないのに、サシでやらせられないっての』
「そういえばいたね、そんな人。全然見掛けないけど」
『そこで右に曲がれ。正直、グロリアよりベリル討伐の方が苦戦しそうなんだよな。全員でチクチク突きたい相手だ』
「袋にしようって? まあいいけどさ……ジモン倒せるの? あの3人で」
『あ』
「なに?」
『……グロリアを見つけちまったな。どうするかな、これ……』
この言い方から察するに、リッキーが相手方のリーダーを発見したのは恐らく偶然だなとそう思った。
しかし、ここで一番困るのは白浪を追っているベリルと今見つけたグロリアを同時に相手しなければならない状況へ陥る事。流石に狙撃手を前にあんなにも強く洗練された前衛とやり合えば自殺行為である。
戦うのは好きだが勝ち目のない特攻は好ましくない。そんなのはただの馬鹿だ。
「どうするの、リッキー?」
『グロリアを仕留めておきたいな。ベリルは巻いたようだし、こっちから仕掛けるか』
「ああ。そういえば竜人、どこか行ったみたいだね。それじゃ、そのグロリアって人の所へ案内してよ。そもそもここ、どこ?」
『まずそのままの方向に真っ直ぐ進め』
「了解」
リッキーがナビする通りに進む。
何度も曲がり、進んでようやくナビが終了した。目に入った光景に何故こんなに遠回りさせられたのかを理解する。
――こいつがグロリアってヒューマンかな。
狙撃手だからか、木の上、太い枝に陣取って《サーチ》を見ているようだ。今まで何をしていたのだろうか彼女は。
その背後に出たので、奇襲し放題である。リッキーは戦闘の才能こそ平凡の一言だが、こういった細かい事をさせれば一級品だとそう思う。
サクッと仕留めて、ベリルでもジモンでも戦ってみたいものだが――
と、不意に件のグロリアがこちらを見た。目が合ったと思った瞬間には、彼女は木から降りて地上に立っており、長距離が戦場だったはずだと言うのに交戦する姿勢を見せている。
「へえ……。何だ、こいつもホンモノっぽいじゃん」
鬼人と1対1で向かい合っているというのに、この悠然とした佇まい。最早、種族差を超越した存在だと伺える。恐ろしいまでの冷静さは白浪の興味を惹くのに十分なインパクトがあった。
一切こちらから視線を外す事無く、小声で何か連絡を取り合ったグロリアはいつの間にかその手に刀を鞘ごと持っている。背後には魔弓を出しっ放しなので逃げれば追撃する腹積もりなのだろう。
観察していると《通信》の魔法により、リッキーの困惑気味の声音が耳朶を打った。
『お前それ、相手が強い時に言うやつだろ。大丈夫なんだろうな……!?』
「どーだろ。やれるといいな、くらい? 興奮してくるね」
『おい……! 勝てそうにないなら撤退しろって指示出すからな! ちゃんと従えよ、お前……』
「はいはい。聞いてたらね」
《通信》は繋いだままに、リッキーの小言を頭から締め出す。ああは言ったものの、多分急に撤退などと言われても聞いていないだろう。
「――あんたももっと楽しそうにしたら?」
試しにグロリアへとそう声を掛けてみたが、ヒューマンは淡々と片手を開ける為に刀をベルトに差しただけだった。無視である。
***
『――さっきベリル達が言っていた鬼人と出くわしたから戦う』
そんなグロリアからの連絡を聞いた瞬間、ジモンは小さく溜息を吐いた。追いかけて行ったベリルは何をしているのか。
そもそも、お育ちの良い彼は逃げる敵を追うのが恐らくあまり得意ではない。大概、逃げ出す前に仕留めるか、そもそも追うと言うより追い詰めて逆に相手に来てもらうようなある種の傲慢さを持っている。
逆にグロリアは追撃戦が得意なので、どんな人間にもよくよく観察すれば得手不得手があるのだなと現実逃避した。
――怪我してなかったら、俺が追ったんだが……。巻かれたものは仕方ないか。
森林を走り抜けるのは正直あまり得意ではないものの、ベリルが追うよりもマシだった気がしないでもない。本当に怪我さえしていなければ、鬼人の処理は請け負って問題なかった。
「余所見? まだ余裕があるんだね!」
高めの声と共に、猫獣人が襲い掛かって来たが、クローの一撃を大斧で弾く。獣人同士の戦いであればこのように打ち合いも可能なのだ。
獣人が軽やかに吹っ飛ばされた刹那には左側面から火球が襲い掛かって来る。流石にパターンが読めてきたので、これは身体を後ろに引いて回避。そうすると背後から片手剣を持ったヒューマンが突っ込んで来たので、それの頭を叩き割ろうと斧を振り下ろす――当然、不発。そしてまた今度は左やや後ろから火球。
これを延々と繰り返している。3対1とはこんなものだ。
しかも利き腕ではないとはいえ、最初に当たった火球のせいで斧を持ち上げるタイミングが少しずれるのも痛い。だからあんなに寄られていると言うのに、いまいちキレが悪くて回避されるという悪循環だ。
「――面倒臭いな……。が、そろそろこの遊びも切り上げないと、時間が掛かりすぎている」
連中の真骨頂は連携。どこか一つでも役を欠けさせればあっさり瓦解するだろう。一人を一点狙いするのが打開策として最も現実的だ。
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