閑話 帝国の首都での出来事 ブレッサーリア視点
私の名前はブレッサーリア。フォルエバーの族長であるアルカラームの孫だ。年齢は今年に十五歳になる。
族長である祖父は何を考えたのか、先日我が一族をして帝国に帰順させると決めた。千年も続いてきた我が一族の歴史を終わらせ、帝国の一部になるというのだ。
それを聞いて私は勿論反対した。しかしながらその意見は一族の間では既に少数派であった。
理由は帝国があまりに強大で豊かだったからだ。帝国は最初、我が一族の土地からはるか離れた所に誕生したらしい。それが次第に領域を拡大して遂には我々の土地の周りの一族をも取り込んでいった。例えばフォルエバーに隣接する帝国のカリエンテとかいう所もそうだ。
カリエンテは元々はフォルエバーと似たり寄ったりの痩せた土地で、耕作にはあまり向かず、そこに住んでいた元々の一族は我が一族と同じように放牧で生計を立てていた。当時はフォルエバーの方が宝石の採集が出来る分僅かに豊かだったと聞いた。
ところが、百年ほど前にカリエンテに住んでいた一族が帝国に降るとそれが逆転した。帝国には神の力を借りて土地を肥やすという魔法の技があり、カリエンテの土地はみるみる豊かになって行ったそうだ。土地は黒くなりそれまで無かった豊かな森が育ち、動物も集まって来た。土地が豊かになれば人も集まって来る。僅かな間にカリエンテは非常に豊かな土地になり、フォルエバーはそのカリエンテから足りない食料を購入する有様になったそうだ。
その時点でフォルエバーも帝国に帰順してはどうかと、カリエンテに元々住んでいた一族や、帝国の方からも誘いがあったらしい。しかしながら当時の族長は熟慮の末それを拒絶した。
何しろ帝国に加わったカリエンテの変化を見れば分かるが、帝国化すると土地の様子が激変する。耕地に向いた土地が増え、森が増えるという事は、放牧に向いた土地が減るという事だ。我が一族の生活は放牧が基本だ。冬の間に住む村はあるが、春から秋に掛けては放牧をして広い土地を羊や馬を追って移動しながら暮らす。我々は千年にも渡ってそういう生活をしてきたのだ。
しかし帝国化すればそういう生活は出来なくなる。村に定住して畑を造り、耕して暮らす事になるだろう。そうすれば千年の伝統を持つ我々の生活は消え、千年の間に培われた様々な知恵や文化は消えてしまうだろう。時の族長はそれを惜しんだのだ。
それと、帝国化すると帝国の言語を強制される、という話もネックになったらしい。フォルエバーには独自の言語があり、それは周辺の部族ともまた違った言葉だった。一族が天から授かったと言われ、我々はその言葉を非常に大事にしてきた。カリエンテに住んでいた一族も天から授かった言葉を持っていた筈なのだが、今では欠片も残っていないのだという。
幸いにも帝国は帰順を断っても武力で併合するような事は無かったので、それからは境界を接する事になった帝国と我が一族は上手くやっていた。食料品を輸入し、代わりに毛織物や河原で見つかる宝石を輸出する。フォルエバーの民の中からはそういう交易を専業にする者が現れ、遥かに遠い帝国の更に向こうの国まで交易に出掛ける者も現れた。
そういう交易に従事する一族の民から話を聞くところによると、やはり帝国は他の国を圧倒して豊かであるらしい。そして帝国の向こうの国は異民族を非常に蔑視するが、帝国では比較的その傾向が少ないのだとか。少ないだけで、帝都に行くと差別を受ける事もあるようではあった。
そうして平和に過ごしていた我が一族であったが、一転して今この時にフォルエバーが帝国に帰順する事に決めたのは、やむを得ない事情と一つの事件が理由だった。
事情とは、フォルエバーの人口が増え過ぎてしまった事だ。フォルエバーのように放牧を主とする生活を送る民族には適正な人口というものがある。あまり増え過ぎると家畜から得られる食べ物が足りなくなって一族全体が飢える。そのため、一族は人口の増え過ぎには注意を払ってきた。
ところが、ここ数年その人口が適性を上回ってしまった。理由は豊かな帝国から簡単に豊富な食料が輸入出来てしまうからだった。昔であれば食料が足りなくなれば飢えて民が死に、自然と適正な数に戻った。災害や病気で家畜が死ねば更に一族の数が激減する事もあった。ところが、一族が飢えそうになったら食料を輸入すれば良い、ということになったらどうか。飢えかけた民は死ななくなり、豊富な栄養を得たからか子供が死ぬ事も減った。その結果人口が大きく増加してしまったのだ。ここまで増えると放牧ではとても維持出来無いというくらいに。
放牧には土地の広さによって適正な家畜の数というものがあり、むやみに家畜を増やす事は出来ない。人口が増えてもそれを維持するために家畜を増やすわけにはいかないのだった。
増えた人口を維持するには帝国から食料を輸入し続けるしかない。しかしながらその食料とてタダでは無い。フォルエバーの主要輸出商品は羊やヤギの毛から作る毛織物と宝石だ。特に毛織物は帝国は勿論その向こうの国でも大人気なので非常に高く売れるそうだ。しかしながらその毛織物の原料は羊とヤギ。つまり放牧によって維持生産されている訳である。沢山儲けるためには沢山の羊やヤギが必要だが、放牧には制限があるので生産量を増やすことが出来ない。つまりどんなに頑張ってもフォルエバーが手に入れる事が出来る金には限界があるのだ。しかしながら人口はどんどん増える。このままでは輸入出来る食料では維持出来なくなる事は確実だった。破局が訪れれば一族全滅の危険性さえある。
族長である祖父はそれに悩んでいたのだった。そして一族の者は、帝国から輸入される食糧やそれ以外の物資に慣れ、特に若い一族の者は帝国に対する憧れを強めてもいた。帝国に帰順して帝国化し、厳しい放牧生活を止めようという意見はここ数年強かったのである。しかしながらやはり文化と言語の消滅は惜しい。一族の中でも対立があったその時に、重大な事件が起こったのである。
フォルエバーからは年に一度、帝都に向けて使節を派遣して、皇帝に贈り物を届けていた。ご機嫌伺いという奴だ。これとは別に近接したカリエンテの領主にも年に数回贈り物を届けている。帝国との貿易は今やフォルエバーの生命線だ。皇帝の機嫌もカリエンテの領主の機嫌も損ねる訳にはいかない。
そしてその使節が帰って来るなり、族長の前で興奮気味に叫んだのである。
「帝国の皇太子妃ラルフシーヌ様は、フォルエバーの言葉を話しなさる!」
驚いた我々に向かって使節として向かった者が言うには、我が一族の使節は帝都で皇太子妃であるラルフシーヌ様と面会したのだという。皇帝に会ったのでは無いのか?と思ったのだが、そういうものらしい。そしてその席でラルフシーヌ様は何と我が一族の言葉で語り掛けたのだという。
「何でもラルフシーヌ様はカリエンテの生まれで、そこで我が言葉を習得なすったのだとか。かなり流暢に話されましたよ」
どうやら故郷であるカリエンテの近況を知りたがったという事で、使節の者が話して聞かせると大変喜んだそうだ。
「ラルフシーヌ様は今までの皇族や帝国貴族とは違います!」
今まで皇族は我が一族の使節に対して形式的な対応以上の事はしなかったし、帝国貴族は上位になればなるほど異民族への蔑視が強かったのだそうだ。しかしながらラルフシーヌ様は使節の者を親身に接待してくれたのだとか。使節の者は感激に目を潤ませながら、ラルフシーヌ様がいらっしゃれば我が一族が帝国で粗略な扱いを受ける事は無いだろうと言った。確かにそれは朗報だった。
しかしながらそれを聞いた族長が帝国への帰順を決めたのには流石に驚き、私は反対した。しかしながら既にしてほとんどの一族の者が帝国への帰順を望んでいたのだ。数日激論が戦わされたが、結局一族の総意として、フォルエバーは帝国への帰順が決定したのである。
決定の数か月後、我々は帝国から招かれて帝都へと向かう事になった。族長と一族の者数名。それに私も加わる事になった。全員が騎乗しての旅だった。既にカリエンテの領主から通行許可が出ていたので、我々一行はスムーズに帝国国内を進む事が出来た。
帝国に入って驚いたのは森の多さだ。フォルエバーには森が無い。それがカリエンテに入った途端に深い森がそこここにある。そして人口が物凄く多い。カリエンテの中心都市の人間だけでフォルエバー全土の人間より多いのではないか?そしてそういう街が帝都までの道中にはいくつもあった。私は旅をしながら帝国というのがどれほど強大な存在なのかを嫌という程理解した。
そして十日後、私達は帝都に入城した。遠目に帝都の大城壁を目にして口あんぐり。城門を潜って空が見えなくなるような帝都の市街にまた口が開きっぱなしになってしまった。そして通りを埋め尽くす信じられないような数の人々。人々のざわめき、馬車の車輪が石畳を叩く音、それ以外の様々な音で私の耳はどうかなってしまいそうだった。一族の商人の先導が無かったら宿には絶対に辿り着けなかった事だろう。五階建ての建物など初めて目にしたし、その中に入って生まれて初めて階段を上り、生まれて初めてベッドで寝た。
数日後、私達一行十名は身を清め一族の正装を身に纏って帝宮に出発した。いよいよ皇帝に謁見し、フォルエバーの民と土地を帝国に差し出すのである。実際には手続きは始まっていて、帝国の役人が何人か既にフォルエバーの土地に来ていた。彼らはラルフシーヌ様に厳命されたという事で、非常に物腰が丁寧だったものだ。差し向けられた馬車に乗って帝都の街を走って門を潜り、庭園の中をずいぶん走り、更に門を潜らないと帝宮には辿り着かなかった。その門で身体検査を受けてから(これは私達だけでは無く、門を通る者全てが受けていたので差別ではないようだった)更に馬車でしばらく走ったのだ。なんという広さなのか。この宮殿の内部で百頭からの羊が放牧出来るだろう。真っ青な複雑な形の屋根が連なる大宮殿を見ながら私はもう呆れ果てていた。
宮殿の中に入り、途方も無く高い天井の通路を進む。屋内であるのに明るい。灯りを十も二十も灯した大きな照明が天井から幾つも下がっているからだろう。しかしどうもその灯りは火ではないようだ。そして屋内で窓が開いている様子も無いのに風が静かに吹いている。正装は暑いので助かったが不思議な事だった。
柱が立ち並ぶ大きな部屋でソファーに座らされ、しばらく待たされる。荘厳な空間で、私は勿論族長である祖父もそれ以外の者達も緊張の極致だった。誰も口を開かない。この時点で完全に雰囲気に呑まれていた。帝国の役人が来て手順の説明を受けたので必死に覚える。
やがて案内され、私の身長の三倍は高さのある扉の前に立つ。それが向こう側にゆっくりと開かれていった。
それは圧倒的な空間であった。目も眩むような高さで弧を描く天井には様々な絵が描かれており、複数ある窓から伸びた光は床に一直線に伸びる青い絨毯に集中している。左右には列柱が並び、壁にはやはり色々な人物が舞い踊るような絵が描かれていた。絨毯の先には私の身長よりも高い階段状の台があり、その上に二つの立派な椅子が置かれている。
絨毯の左右には数十人の豪奢な衣服に身を包んだ人間が立っていた。帝国貴族というやつだろう。我々はぎくしゃくとした歩調で進み、事前に教えられた通り台の前で跪いた。
「皇帝陛下、皇妃陛下、皇太子殿下、皇太子妃殿下、ご光来!」
左右の貴族達がザっと頭を下げる。我々も反射的に跪いたまま頭を下げた。何者かが入って来た気配がし、そこから「面を上げよ」という声がして、左右の貴族が頭を上げる気配がした。それで私達も頭を上げる。
台の上の椅子に二人の人物が座り、その少し後ろに男女が立っていた。座っているのが皇帝夫妻、立っているのが皇太子夫妻なのだろう。皇帝と思しき男はがっしりとした大男で、眼光も鋭く流石としか言いようがない威厳があった。対してその横の皇妃は柔和に微笑んでおり、慈愛に満ちていた。なるほど。これが帝国の頂点に位置する者の威厳と慈愛か。
その後ろに並んで立つ。皇太子夫妻。特に女性の方が問題の皇太子妃ラルフシーヌだろう。
ラルフシーヌ様はすらっとした少し背の高めの女性で、この時は水色のドレスに身を包んでいた。華麗な宝飾品を沢山付けていて一見して派手好みに見えた。銀色の長い髪を頭の上で結い、金色の目を楽しそうに輝かせて微笑んでいる。カリエンテで生まれ育ったそうだが、カリエンテで見る人々とは服装も姿勢も違い、一見しては分からなかった。
族長が少し前に出て、跪いたまま言葉を発っした。それを後ろに控えた帝国語に堪能な一族の商人が通訳をする。
「帝国の皇帝よ。我がフォルエバーの地と民をあなたに保護してもらいたい。帝国は豊かで強い。その力をもって我が一族の地と民を守って頂きたい」
帝国の皇帝は通訳の言葉を聞き終えると、大きく頷いた。
「フォルエバーの長よ。其方の願いはこの帝国皇帝が聞き届けた。天にまします偉大なる全能神の御名の元に、フォルエバーの地を帝国に加えよう。フォルエバーの地は全能神の加護が照らす豊穣の土地になるに違いない」
皇帝がそう言うと、私達の左右の貴族たちが一斉に拍手をした。「帝国に栄光あれ!」「皇帝陛下万歳!」「帝国の新しき地、フォルエバーに全能神のご加護あれ!」と口々に祝福の言葉を発する。台上ではラルフシーヌ様が嬉しそうに微笑みながら手を叩いていた。
その後、皇帝は族長を「フォルエバー領一代伯爵」に叙爵した。これは族長一代の間の身分だそうで、次の代に繋げたければ一族に帝国の大貴族から嫁を娶らなければならないということだった。これは既にフォルエバーに来た役人に教えられて知ってた。それが私が今回同行した理由だった。つまり族長の孫の私に帝国貴族から嫁を娶れというのである。
帰順の儀式が終わると、我々は巨大な広間に案内された。祝宴があるのだという。目がおかしくなりそうなキラキラした装飾がそこら中に施され、大量の花々が飾られ、いくつものテーブルには見た事も無いような料理が並び、幾種類もの酒が用意されていた。我々は貴族たちの拍手に迎えられて入場したのだが、その貴族たちの服装も光り輝いており、これでも精一杯の正装であるが、くすんで地味な我々は完全に浮いていた。
やがて皇帝一族が入場した。皇帝も皇妃も、皇太子夫妻もさっきとは服装が違う。ラルフシーヌ様は今度は桃色のドレスになっており、髪型さえ異なった。何と言
いう事か。帝国の皇族は人前に出る度に服を着替えるらしい。
この祝宴は立食会という形式で、立ったまま食事をしながら談笑を楽しむものらしい。フォルエバーでは食事は胡坐をかいて食べる。立ったまま食事をするというのがいまいち馴染まない。このような形式になったのは、我々が出来るだけ多くの貴族と交流する事が出来るようにという配慮だったそうだ。何しろ我が族長はもう帝国貴族なのだ。因みに、我が一族という言い方が示すように、フォルエバーではフォルエバーに住む者は全員血族と見做す。しかし、これからは族長の次代(つまり私だ)の家族子孫しか帝国貴族として認められないらしい。
我々は皇帝夫妻へ挨拶をした後は、次々と色んな貴族に挨拶をした。真っ先に挨拶をしたのはカリエンテの領主で、カリエンテ侯爵だった。背の高い口髭を生やした男で、温和そうな男だった。彼に案内されて我々は次々と帝国貴族の間を連れ回される。ろくに食事をする暇もありはしない。そもそもこんなに何人も紹介されてもとても覚え切れなかった。貴族たちの態度は表面上は礼儀正しかったが、中にはあからさまに侮蔑的な視線を送って来る者もいた。私は帝国貴族と上手くやって行けるのか、不安に駆られた。
皇太子夫妻への紹介は最後だった。族長以下我々が熱望していた皇太子妃との対面だが、皇太子夫妻は宴が始まってすぐに貴族たちに囲まれて近づけなかったのである。漸く人がはけたのを見計らってカリエンテ侯爵は我々を皇太子夫妻の所に連れて行った。
「殿下。妃殿下。フォルエバーからの皆さまです」
カリエンテ侯爵が我々を紹介すると、皇太子夫妻は揃ってニッコリと笑い、皇太子は胸に手を当てて頭を下げ、皇太子妃はスカートを優雅に広げた。
「これはフォルエバーの皆さま、遠路遥々ようこそいらっしゃった。偉大なる皇帝陛下と全能神のご加護により、皇太子に任じられているセルミアーネです」
皇太子は皇帝と同じくらいの大男で、艶のある薄茶色の髪と優し気な青い瞳が印象的だった。ただ、身のこなしには隙が無く、私達を見る視線には油断が無かった。
「同じく皇帝陛下より皇太子妃に任じられているラルフシーヌですわ。お会い出来て嬉しく思います」
ラルフシーヌ様はそう言って笑ったが、我々が失望した事に言葉は我々の言葉では無かった。我々の表情で落胆に気が付いたのだろう。ラルフシーヌ様はくすっと悪戯っぽく笑った。そして小声で言った。我々の言葉でだ。
「あまり大っぴらに外国語を喋ると怒られるのよ。面倒な事ね」
おおお、一転して我々の表情は輝いた。本当だ。帝国の皇太子妃が我々が天から授かった我々の言葉を話すというのは本当だったのだ。族長は思わずという感じで跪くと、ラルフシーヌ様に深く頭を下げた。
「あなた様のような方が次代の皇妃陛下であれば、我が一族の未来も安心でございます。どうか、どうか我が一族をお導き下さい!」
族長が涙ながらにラルフシーヌ様に懇願すると、ラルフシーヌ様は若干困ったような顔をしながらも、族長の頭に右手を置き、力強く頷いた。
「分かりました。帝国の次期皇妃として、フォルエバーの土地と民に粗略な扱いはしないと全能神に誓います」
それから皇太子夫妻は我々を促し、会場の隅に用意された席に座って歓談を始めた。ラルフシーヌ様が我々と皇太子の通訳をする形でだ。ラルフシーヌ様はカリエンテの様子を知りたがり、我々は喜んで教えた。私もだが今や我が一族の者はカリエンテに頻繁に出入りしていたのである。よくよく聞けば共通の知り合いがいる場合もあり、その人物の近況を伝えるとラルフシーヌ様は物凄く嬉しそうだった。
私は途中で席を立った。腹が減ったからだ。皇太子夫妻と話しながら食事は出来まい。まだまだ話が盛り上がっているテーブルからそっと離れ、食事が乗っているテーブルの所で料理を見繕う。宴が始まってもう随分経つのに料理の数は減っていない。見ていると減る度に直ぐに新しいものが追加されていた。
視線を感じる。当たり前だが一人だけ我が一族の正装をしている私は目立っており、大勢の貴族達からの注目を浴びていた。私は居心地が悪くなり、壁際に行ってそこで皿を持ったまま料理を食べ始めた。食べ難いが仕方が無い。すると、唐突に声が掛かった。女性の声だ。
「どうしてこんな所で食べているの?」
見ると年の頃十代前半という感じの少女が興味津々という感じで私の事をジロジロと見ていた。明るい黄色のドレスを着て、二つに赤茶の髪を結っている。大きな緑色の瞳がキョロキョロと動く。
「ここじゃ食べ難いでしょう?あっちに行きましょうよ。椅子も頼めば持って来てくれるのよ?」
私は無視した。しかし少女はお構いなしに話し掛け続ける。
「恥ずかしがらなくても良いのに。一緒に食べましょう?あっちには美味しいケーキもあるのよ?それともお肉が良い?」
あまりにうるさいので私は我慢が出来なくなった。遂に私は言った。
「うるさいな。ほっといてくれ」
少女は目を丸くした。そしてクスクスと可愛く笑った。
「なんだ。やっぱり言葉が分かるんじゃない」
・・・そう。私は帝国語を少し喋る事が出来る。子供の頃からカリエンテに出入りしていれば自然と覚えるものだ。物々交換で様々な品をカリエンテの民から購入する時に、言葉が出来ないと色々困るのだ。
しかし、我が一族は我々の言語に誇りを持っている。他の民の言語を喋る事は推奨されない。私は族長の孫で未来の族長候補だったから、帝国語が出来る事は秘密にしていたのだった。
「・・・なんだよ。やっぱりって」
「だって、さっきから私が声を掛けても困った様子がなかったもの。うるさいな、っていう顔だけで。意味が分からない言葉で話し掛けられたらまず困惑すると思うわ」
なるほど。確かにその通りだ。昔に初めてカリエンテに行った時、全然分からない言葉で話し掛けられて困惑した事を思い出す。
「確かにそうだな」
「ねえねえ、あなたフォルエバーの人でしょう?フォルエバーの人は一日中馬に乗っているって本当?」
少女は何故か目を輝かせながら言った。私は若干引き気味に答える。
「ま、まぁ、本当だ。時期にもよるが一日中羊やヤギを追っているからな」
「凄い!じゃあ、あなたも馬に乗るの上手なのね!」
「そりゃ、生まれた時から馬に乗っているからな」
少女は楽しそうに何度も頷くと夢見るような表情で言った。
「私も乗ってみたいのよね。馬!」
「お前がか?」
「そう!私の叔母様のラルフシーヌ様は、馬に乗るのがお上手なのよ!凄く格好良いの!」
何でも親に連れられてラルフシーヌ様の所に遊びに行った時に、馬場でラルフシーヌ様が乗馬を楽しむのを見たのだとか。
「私もやってみたいんだけど、お父様お母様の許可が出ないのよね」
「なんでだ?」
「危ないし、女がやる事じゃ無いって言うの。皇太子妃殿下がやっているのに!」
少女は悔しそうに吠えた。思わず笑ってしまう。
「フォルエバーでは女も馬に乗るなんて当たり前だぜ。何ならお前より小さな女の子も乗ってるよ」
少女は頬を膨らませて唸っていたが、不意に私にずいっと顔を近づけた。
「ねえ。私もフォルエバーに行けば馬に乗れるようになるかな」
良く見れば顔立ちの整った少女だった。それに何だか良い香りもする。私は不意を突かれてどぎまぎしてしてしまった。心臓の鼓動も早くなる。視線を逸らしたかったが、なぜか出来ない。緑の瞳に吸い込まれそうになりながら、私は上ずった声で答えた。
「で、出来るようになるだろうさ。なんなら、俺が教えてやるよ」
それを聞いて、少女はニィーっと笑った。
「本当ね?絶対よ?約束だからね!」
私と少女はそのまましばらく話をした。少女は何故かフォルエバーの事を知りたがり、私はまぁ、誇りある故郷の事だから喜んで話してやった。
しばらくすると貴族の夫妻が私達に近付いてきた。あれ?良く見れば男性の方はカリエンテ侯爵だった。すると、少女は顔を輝かせた。
「お父様、お母様!」
そして駆け寄って少女は夫人の方に抱き着いた。夫人は渋い顔だ。
「またあなたは!そんな無作法な!何回言ったら分かるのですか!」
びっくりする私を見てカリエンテ侯爵は苦笑する。
「その調子ではもしかしてちゃんと自己紹介もしておらぬだろう。これ、クインシーヌ。ブレッサーリア様にちゃんと自己紹介をしなさい」
カリエンテ侯爵に促され、少女は私の正面に立つと、にんまり笑いつつスカートを広げた。
「カリエンテ侯爵令嬢クインシーヌよ!よろしくね!」
カリエンテ侯爵には夫人との間に二男三女がいて、その末の娘がクインシーヌなのだそうだ。カリエンテ侯爵は頷くと、意味有り気に私と娘の事を交互に見た。
「うむ、気が合いそうで何よりです。宜しくお願いしますよ。ブレッサーリア様」
?何を宜しくだって?私の戸惑いはお構いなしにカリエンテ侯爵はそろそろお暇すると告げ、別れの挨拶の口上を述べた。そしてクインシーヌにも別れの挨拶を促した。
クインシーヌは満面の笑みを浮かべて私に向かって小さく手を振った。
「じゃあね。またね。未来の旦那様!」
は?愕然とする私を取り残して、カリエンテ侯爵一家は去って行った。
私ブレッサーリアとクインシーヌの縁談が成立したのはそれから十日後の事であった。
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