第12話 はじめての夜

「えっ……」


 召喚されるよりも前に既に魔王は討伐されていた。

 そんんあ話をルリジオンの口から聞いて俺は一瞬固まってしまう。


「どっかの国の『クェンジー』とかいう男が仲間数人を引き連れて魔王の住処に襲撃をかけて倒したって聞いたな」


 それももう一年ほど前の話だと言う。

 だったらどうして俺は今になって『勇者召喚』されたのだろうか。


「よく知らねぇが、異世界から召喚された人間ってのは普通はとてつもねぇ力を持ってんだろ?」

「たぶんそんな感じのことをストルトスって人は言ってた気がします。でも……」

「お前さんは何の力も無かった……と。つまりはこういうことじゃねぇかな」


 ルリジオンは一呼吸置いてから自分の推測を口にした。


「魔王を倒したクェンジーとかいうヤツも異世界から召喚された勇者だった。そしてその情報をバスラール王国の馬鹿どもは知った」

「俺より先にどこかの国が勇者召喚を行ったってことですか」

「そういうことだ。んで魔王なんていうバケモノを倒せるだけの力をもった『戦力』を自分の国にも欲しいと思ったんだろうな」


 北方の国と本格的な戦争が近いバスラール王国としては、その戦争を勝利するための切り札が欲しかった。

 だから勇者召喚によってその切り札を得ようとしたということか。


「でもまぁ結果的に失敗したってわけだ。それを知った時の彼奴らのアホ面は見てみたかったぜ」


 隣りの部屋で眠っているリリエールを気遣って大声を出すことは無かったが、ルリジオンのゆかいそうな笑い声が部屋に響く。

 どうやら彼もバスラール王国には何かしら恨みがあるようだ。

 それがリリエールや彼の今の境遇と関係があるかどうかは断言できないが、無関係とも思えない。


「そうですか。俺にもし力があったら――」

「相手は魔王軍だって騙されて戦場に放り込まれていただろうな」


 いくら魔王の手先と言われても俺に人が殺せるとは思えない。

 だけど戦場の空気というのは平和な国でのほほんと暮らしていた人間でも変えてしまうとも聞く。

 自分の命が危険にさらされても反撃しないとは絶対に言い切れないだろう。

 そして一度でも一線を越えてしまえばどうなるか。


「無能で良かったなんて思う日が来るなんて思いませんでしたよ」


 すっかり冷め切ってしまったコーヒーもどきを一口飲んで脱力した様に呟く。

 心地よい苦みが口の中に広がって行くのを俺が感じていたその時だった。


「うおおっ!?」


 突然ルリジオンが狼狽した様な声を上げたのである。

 俺が一体何が起こったのかと慌てて目線をその方向へ向けると。


「なんだこの短剣っ」


 テーブルの上に置いたままだった短剣が徐々に姿を変え、元の小枝の姿へともどってしまったのである。

 まさか指示してないのに姿を戻すとは思わなかった。

 それどころか。


「あっ」


 突然小枝ミストルティンが宙に浮いたかと思うと猛烈なスピードで俺に向かって飛んできたのである。

 一メートルも離れていなかった俺はとっさに避けることも出来ず――


 すぽん。


 そのまま小枝ミストルティンは俺の胸ポケットに入るのを目で追うしか出来なかった。


「おい、リュウジ! これは一体どういうことなんだ! なんなんだよそれ!」


 隣りの部屋でリリエールが眠っていることすら忘れたのか、ルリジオンが大きな声でそう言いつつ俺の胸ポケットを指さす。

 言いたいことは凄くわかる。

 俺だって突然こんなことが目の前で起こったらパニックになるだろう。

 というか俺自身も結構パニクっている。


「あ……えっと……ちょっと深呼吸しても良いですか?」


 俺は自分自身を落ち着かせるためと、どう説明したら良いのかを考えるためにゆっくりと深呼吸をした。

 ミストルティンのことは、ルリジオンたちのことをもう少し知って信用できると確信するまでは話さないでいようと考えていた。

 だが今更それを隠しきれるとも思えない。


 それにどうやら彼らもバスラール王国には何かしら恨みを持っている同士のようだし。

 ここは素直に話して、むしろこれからの異世界生活を助けて貰った方が良いだろう。


 俺はそう決めると、胸ポケットからミストルティンを取り出し話し始めた。


「さっきの俺の話の中で一つだけ隠してたことがあるんです」

「それって、その枝のことかい?」

「はい。実は――」


 そして俺は異世界に召喚される前からここにたどり着くまでのことを話す。

 ミストルティンを押し売りされ、その力を知り、オークを倒し、行き倒れになりそうになってこの村にたどり着くまでの話を。


 そうして俺が幸せを掴む開拓村でのはじめての夜は過ぎていったのだった。

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