第23話 ルイさんの笑顔


「ああ、ごめんね。アンタも大変なのに。アタシらあの子のことばっかりで。……あの子とのつき合いの方が長いからついね」

「いえ。……どのくらい一緒にいるんですか?」

「あの子が召喚されたのは五年前なんだけど、アタシらはあの子が攻め込んできた時に会ってるから……そうだね、三年くらいだね」

「三年……」


 三年前に戦争があったの?

 私知らない……。

 三年前のこと思い出すと、なぜかうまく思い出せない。

 思い出そうとすると、勉強机に積まれた本の山ばかり思い出す。

 あ、ああ……勉強漬けになっていた頃かぁ!

 コバルト王国の王族と貴族の名簿と家系図、関係者の見取り図みたいなやつがずるずる思い出されてくる……!

 あ、いいですこういうの、今はもう役に立たないので!

 あとは刺繍の練習や宝石や絵画の真贋見極め試験がきつかったなぁ、くらいな!

 あの頃から簡単な料理もさせられるようになり、頭の上には常に丸い花瓶を載せて生活しなければならなくて本を読む時は特に張り詰めていたのを思い出す。

 あー、しんどいしんどい!


「私、戦争があったなんて知りませんでした……」

「そうなのかい? まあ、コバルト王国じゃあうちの国に攻め込んでくるのは日常茶飯事だろうからねぇ」


 最悪すぎる日常茶飯事だなぁ。


「ルイが来てからは、それもなくなったな」

「そうだね、こんなに平和な日々が長く続くのは初めてだよ」

「な、なんかすみません」

「アンタが謝ることないさ。まあ、とにかくだ、そういう意味でも、夫婦になるのはいいことだと思うんだよ。どうだい?」

「ル、ルイさんがご迷惑でないなら?」


 私の一存では決められないだろう、そんな大事なことは。

 なので、ケチャップを作ってもう一度オムライス二人分お弁当に詰める。

 アーキさんとマチトさんに改めて厨房を使わせてもらったお礼を言い、湖畔の家に向かう。

 それにしても、なかなか大胆な作戦だな。

 夫婦のふり、かぁ。


「こんにちは〜」

「キー!」


 コルトは扉を叩くなり、背負ったリオの後ろに隠れる。

 よっぽど昨日威圧をかけられたのが怖かったのねぇ。


「はい。どちら様ですか」

「ルイさん、ティータです。お弁当をお持ちしました」

「あ、ああ、また……すみません、わざわざ。も、もう、アーキさん、別に自炊くらいできるのに」

「…………」


 そうは見えないんだよなぁ。

 昨日ある程度片づけた台所が、使用済みの食器でごちゃごちゃ……。


「あ、えーと……今日は私が作ってきました。オムライスなんですけど、食べられますか?」

「え! オムライス!?」


 ぱあ、と満面の笑み。

 ルイさんのこんな笑顔、初めて見た。

 いや、浅い仲なので初めてもなにもないのだけれど。

 こんなに年下に見えるような笑顔、できる人なんだ。


「オムライス大好き!」


 小学生みたい。

 でもそんなに喜ばれると、もう嬉しくなってしまう。

 家の中に招かれて、バスケットの中からお皿を取り出す。

 オムライスを見た途端、ますます瞳が輝いた。

 可愛い……。

 一応肉体年齢は年上なのに、こんなに幼く見えるなんて。

 本当に好きなんだなぁ。


「わあ、嬉しい! こっちの世界、ケチャップがないみたいだったから諦めてたんだー!」

「あ、ああ、そういえば……」

「どうやって作ったの!?」

「ケチャップですか? 手作りました。あっちの世界の一般的なケチャップとは違うので、お口に合えばいいんですが……」

「えー! すごい! ティータさんすごい! ケチャップ作れるの!?」

「つ、作り方さえ知っていれば誰でも作れますよ」


 テンションが、高い。

 本当に好物を前にした子どもそのもの。

 でも、この人がこの世界に来たのは十三歳の時。

 まだ子どもだ。

 そんな子どもに戦争という名の虐殺侵略を強要し、正義は我にありとかやってた母国を思うと頭を抱えたくなる。

 勇者としては強くなったのだろうし、体は大人になったのだろうけど……きっと、この人はどこか子どものままでいたかったところがあるのだろう。

 それが食べ物——好物なら、とても可哀想で可愛らしい。


「食べてもいい!?」

「どうぞ」


 味見はしたけど、自信はないな。

 彼のハードルが駄々上がりしてる。

 重ねて「手作りのケチャップなので期待しないでください、期待しないでください!?」と釘は刺したが効果はなさそう。

 仕方ない、彼にしてみれば五年ぶりのオムライス。

 こちらの世界にあるトマトピューレではケチャップのオムライスの味は再現できない。

 朝自分で作ってみて実感したのだから間違いない。

 スプーンがケチャップと卵、チキンライスを程よい量で割って載せる。

 ルイさんがそれを口に運び、入れた。

 未だかつて料理を食べてもらうのに、これほど緊張したことがあっただろうか?

 いや、ない。

 お店の一画を借りたいという話や、偽装結婚の話もすべて頭からすっ飛んで咀嚼するルイさんを見つめた。


「美味しい……」

「よ、よかった」


 しみじみ、呟くように。

 けれど、美味しい、と言ってくれた割にそこからスプーンが進まない。

 ルイさんの動きがなくなった手元が心配になって、顔の方へと視線を上げると昨日見たのとはまた違う——慈愛に満ちたような幸せそうな笑みを浮かべていた。


 こっちの方がいい。


 直感的にそう思った。

 多分これが彼の本来の姿。

 彼はこの方がいいと思う。

 思わず私まで顔が笑ってしまった。

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