第130話

 俺は魔獣を殺した。



 理由は作れば沢山あるのだろう。



 でも俺はただ苛ついて殺した。



 心の底から湧き上がった怒りをただぶつけた。



「アクト……会いにいってやらないのか?」



 ルシフェルもどこか寂しそうに横に立つ。



「俺が……どうにかできるのだろうか」

「分からないぞ。でも、一人にさせるべきじゃないと我は思う」

「ユーリがこれまでの人生を生きてきたのは、多分アーサーのお陰なんだと思う」



 ずっと気になっていた。



 ユーリはペンドラゴ家を追い出されようとしても、それでもあの家が好きだと言い続けた理由は、やっぱりアーサーがいたからなのだろう。



 アーサーの愛したペンドラゴ家を愛した。



 友人や好きな人の癖や趣味が似るように、ユーリにとっては父親の存在がそれだけ大きかったのだろう。



「その心を埋めることが、俺に出来るとは思えない」



 取り返しのつかない結果に終わった。



 今まで何度も失敗してきた。



 でもその度に、何度も何度も乗り越えてきた。



 だが、もう手遅れだ。



 どう足掻いても、死んだ人間が生き返ることはない。



「どうすれば……よかったんだろうな」

「アクト……」



 自然と涙が溢れた。



 自分で自分が嫌になる。



 俺よりもユーリの方が辛いはずなのに、俺は何もしてやれない。



 守れた命のはずなのに、何もできない。



 無力感がどうしようもない程渦巻く。



「例えばだけどさ、ルシフェル」



 そして俺は



「アーサーを生き返らせてと頼んだら、生き」

「アクト!!!!」

「な、なに泣いてんだよルシフェル」

「アクトがふざけたことを言おうとするからだぞ!!」



 ポロポロと涙を流す。



「俺程度の命一つで人が、アーサーが、ユーリが救えるんだ。ならさ」

「自分の命をその程度と言うな!!」



 ルシフェルが俺の服を引っ張る。



「もうアクト一人の命じゃないくらい、気付いているくせに!!」

「ルシフェル……」

「我も救えよぉ、我を……一人にしないでくれ……」

「……」



 ルシフェル……



「バカかよ。救われてるのは俺の方だってのに」



 この小さな少女に俺は何度救われたことか。



 きっとルシフェルの力無しでは、俺は何度も死んでるし多くの大切なものを失っていた。



 そしてここまで来れたのもきっと



「悪かった」



 俺は頭を下げる。



「悪かった!!」



 土下座する。



「悪かった!!!!」

「それは最早謝ってないぞ!!」



 おでこを地面につけ逆立ちのようなポーズを取る。



「約束を違えるところだった」

「約束?」

「最初に言っただろ。お前を救ってやるって」

「言っていた気がするぞ」



 忘れんなよ。



「悪い。もう一度だけ、謝らせてくれ」

「地面に埋られても何言ってるか分からないぞ」



 ルシフェルの返事は聞こえないが、どうやら許してくれたようだ。



「さて、じゃあどうしようか」

「ノープランだぞ」



 俺の気持ちの晴れや曇り具合なんて結局どうでもいい。



 今はユーリのメンタルケアが最優先だ。



「あ、そういえば」



 適任というか、俺なんかよりも最も役割に合ってるやつがいるではないか。



「そうだ、あいつどこに」

「ここよ」



 声のする方に



「今、どこから」

「なんだか霧が濃いぞ」



 どこか見覚えのある光景。



「何者だ」

「なんだか悪役みたいな台詞ね、アクト君」

「その声は!!」

「それも何だか聞いたことあるわ」



 霧の中から一人の女性が現れる。



「何だか久しぶりに会った気がするな」

「私もよ」



 正確には霧が女性の形を彩ったものだ。



「人間じゃないのか?」

「ええ。お隣さんには最初から気付かれていたようだけど」

「……」

「なんで言わなかったんだルシフェル」

「我だって言いたかったぞ。でも……」

「でも、なんだ?」



 何か口封じでもされたのか?



「間違ってたら恥ずかしいぞ!!」

「それで、何故アーサーを助けなかった。お前の旦那だろ」



 俺の質問にしばらくの沈黙が入る。



「助けたかった。私だって助けたかったの」



 どこか嗚咽を含んだ答えが返ってくる。



「アクト。こいつもう殆ど力がないぞ」

「何?」

「こうして実態が保てない程なのが証拠だ」



 これは演出じゃなくてこういった形でしかいられなかったのか。



「私は少し人間に憧れ過ぎてしまったわ。命、自然、文化、そして愛をこの目で見たかった」



 ルシフェルのように契約したわけでもなく、自力で人間の世界に来たわけか。



 そりゃ今までこうしていただけでも十分凄いな。



「正直どうでもいい。お前が人間に憧れてようが、神を捨てようが、後悔していることも全部どうでもいい」

「少しは仲良くなれたと思ったのだけど、辛辣ね」

「ユーリに声を掛けてやれ。旦那を救えなかったんだからそれくらいの役目は果たせよ」

「そうね。そうしたい。とても」



 何言ってんだ。



 そもそも俺のところに来るくらいならさっさとユーリの元に行けよ。



「神を捨てる時、この膨大な力をどこに置こうか迷ったわ」

「だから時間が」

「ごめんなさい。少しだけ聞いて。そして伝えてほしいの。本当はあの人と一緒に伝えるべきことだったのだけど」



 ルシフェルが袖を引っ張る。



 聞いてやってくれと頼んでいる様子だ。



「迷った私は、ただあてもなく地上を歩いていた。するとあの人に出会ったの」



 あの人というのはやはり



「そこで私は恋に落ちた。神でいた時には味わえないものを彼が沢山私にくれた。とても、とても幸せだった。でも、長くは続かないの」



 その証拠とばかりにティアの体は崩れる。



「神と人間は一緒に居られない。だけど彼と一緒に入れば、私の存在は自然と周りに知られて行ってしまう」



 だから託したという。



「神の力に願ったわ。おかしな話よね。神様が神頼みなんて」

「どうだかな。この邪神は毎日のようにガチャを引く時に神頼みしてるぜ」

「な!!」

「ふふ、仲良しなのね。神と人間でも、こうして分かり合えるのは素敵よね」

「それに関しては同意だな」



 俺はルシフェルの頭を軽く撫でる。



 ごろにゃーと謎の猫撫で声を出すルシフェル。



「私達の間では子供は出来ない。いくら力を捨てようと神であることには変わりないのだから。だから私達は願った」



『優しい子に、強い子に、私達の代わりに沢山のものを見て、聞いて、体験して欲しい。そしてどうか、どうか見つけて欲しい』



 本当の愛を



「……」

「ええ、お察しの通りユーリは人間じゃないわ。人間の体ではあるけど、中身はむしろ神に近い」

「そりゃおかしいだろ。それならルシフェルやエリカが気付かない筈がない」

「あまり舐めないで欲しいわね。私と彼の愛の結晶よ?この世のどんなもの、それこそ神にだって見分けがつかないわ」



 あまりにも衝撃的な展開に俺は半分置いてけぼりな気分だった。



 いや別にこの話を聞いても俺は何も変わらない。



 愛した女性をこのような些細な問題で接し方が変わるはずもない。



 だが



「何故ユーリに話さない」

「ユーリは言わば私の半身。力の弱った私は近付けば、おそらく私は吸収されてしまう」

「だからペンドラゴから……いや、ユーリから距離を取って暮らしていたのか」

「ええ。これは我儘なの。せめてユーリが誰かを愛する時までは一緒に居たいと。そして最近になって力が急激に衰えた頃にあなたが現れた」

「……」

「あの人から聞いた時は驚いたわ。最初はお前に娘をやれるかぁー、みたいなのもしようと思ってたわ」

「古いんだよ」

「しょうがないでしょ。しばらく森の中で生活していたのだから」



 もう体の殆どが残っていない。



 もうすぐ消える。



「安心して。そう簡単に死なないわ。でももう一度人間界に来ようと思っても、あと数千年はかかるわ」

「まさしく一生の別れだな」

「そうね。でも、心残りはないわ。あなたがユーリの大切な人になれた。この事実だけで、私はもう十分」

「父親を失った矢先に母親も消えるなんて、最悪な最後を俺に伝えろと?」

「いいえ最悪ではないわ。だってアクト君がまだ生きてるじゃない」

「いや……俺は……」

「いい。ユーリを泣かせたらただじゃ済まないから。神様総動員してボコボコにしちゃうから」

「神様こっわ!!」

「でも大丈夫よ。あなたは強い子。そして私達の子供も強い子なの。だから安心して行けるの」



 もう口だけしか残っていない。



「あと最後に、ユーリに伝えておいて」



 お父さんとお母さんは幸せでした



「……」



 霧が晴れる。



 どこか心地よい空気が無くなった。



 いや、違う



「胸の中に残ってる」



 そうだ。



 死んでもまだ残ってる。



 意志がまだ残っているではないか。



「行こう、ルシフェル」

「うむ」



 俺は真っ直ぐと彼女の元に歩き出した。

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