第85話

「戻った」

「お帰りなさいませ」



 久方ぶりに家に帰る。



 邪神教として活動時間こそそこまで長くないものの、それなりに濃い内容だったため懐かしさを感じる。



「……」



 だが帰ってそうそう



「なぁ」

「は、はい」



 俺から話しかけられ、ビクビクとする使用人。



「リアはまだか」

「リ、リア様ですか?」

「そう言ってるだろ」

「す、すみません!!リア様はあの日以降戻られておりません」

「……」



 長過ぎる。



「一度本館に行くか」



 リアが本館に行くのはゲームでも何回か見たことがある。



 だが戻ってくるのは一週間程度。



 職場体験以降、俺は一度もリアの姿を見ていない。



「心配だ」



 あのゴミクズ野郎に何かされていないだろうか。



「いざとなれば」



 俺は拳に力を込める。



「行くか」



 ◇◆◇◆



 グレイス家当主、名をザンサ。



 性格は完全なる効率主義、いわゆるサイコパスだ。



 目的のためなら手段を選ばず、人を道具としてしか見てないクズだ。



 と言っても多少の感情も持ち合わせてはいるが、倫理観が狂ってるため、それすらも否定されるべき男。



「会いたくねぇ」



 足取りが重い。



 いつか決着をつけるつもりではあるが、それでも嫌なものは嫌だ。



 俺が嫌いなキャラランキングを上げれば、一位にアクト、二番目にザンサがくるくらいには嫌いだ。



「忘れもしない」



 リアルートの出来事を思い出す。



「胸糞悪ぃ」



 あれだけは回避しなければ。



「着いたか」



 大きな館。



 俺たちの住んでいる場所も豪邸と呼ぶに相応しい程立派だが、ここはその比ではない。



 だが広い割に



「何もないな」

「お久しぶりです、アクト様」



 本館の前に立つ一人の女性。



「ウラか」

「はい」



 頭を下げる女性。



 この人はウラ。



 綺麗な黒髪が特徴的な人だ。



 グレイス家という腐った家で、唯一俺が信頼できる人と言っても過言じゃない。



「本日はどのようなご用件で」

「……」



 どう答えるべきか



 ここは無難に



「お父様に会いたくなっただけだ」



 アクトらしい回答をする。



「そうですか」



 その答えにウラはどこか悲しげに返答した。



「……門を開けろ」

「かしこまりました」



 重い扉が開く。



 ここから先は奴の腹の中。



 一瞬でも臆せば



「食われる」



 俺は一歩を踏み出す



「アクト様」



 前に呼び止められる。



「なんだ」

「……申し訳ございません」



 ウラは何かを言いたげだった。



 ここで俺は何を言えばいいかわからなかった。



 だけど自然と



「任せろ」



 そう口にした。



 そして今度こそ踏み出す一歩は、先程よりも力強いものであった。



 ◇◆◇◆



 玄関を開けて真っ先に



「おお!!アクト坊っちゃま。最近は顔を出されない様子だったため、この爺や心配で心配で仕方なかったですぞ」

「そうか」



 こいつは長いことグレイス家に勤める使用人。



 当然の如く糞虫の息の根がかかったやつだ。



「お父様はどこにおられる」

「旦那様はただいまお出かけ中でございます。数時間後にご帰宅されるかと」

「そうか」



 都合がいい。



 リアを探していることが露見してしまえば何をされるか分かったものじゃないからな。



 この猶予でどうにかリアを見つけないと。



「どこに行かれるのですか?」



 俺が歩き出そうとすると、止められる。



「俺様がどこに行こうと勝手だろ?」

「その通りでございます。ですが、いつ何時坊っちゃまに危険が迫るか分かりません。どうか爺やもご一緒に」



 ハッキリ言えばいいだろうに



 監視するからなと。



 ま、言えないか。



 そりゃ、俺に見せられないような機密文書たっぷりの家を散策されたら怖くて仕方ないだろうな。



「いいだろう」

「ありがとうございます」



 ある程度支障は出るが、まぁいい。



 今の俺ならこいつ一人の意識を飛ばすくらい余裕だろう。



「久しぶりの本館で道を忘れたな。おい、どこか面白い場所はないのか」



 ブラフをかける。



「では、あちらの部屋に大量のゲームを」

「そうか」



 そっちに行かせたいのか。



「ならば俺様は逆に行く。俺様は指図されるのが嫌いだからな」

「ほほ、さすがアクト坊っちゃま」



 至って冷静だな。



 となると



「……」



 地面を軽く踏む。



 返しが鈍い。



(地下か)



 裏の裏とはよく言うが、前でも後ろでもなく下とは相変わらず発想がねちっこい。



「そういえば今日は人が少ないな」

「皆は少し用事がありまして、旦那様のご帰宅前には戻るかと」

「全く、俺様が帰るってのに出迎えがなってねーな」

「申し訳ございません。以後、皆に言い聞かせておきます」



 急に来たのは俺だってのに、アクトという人間をとことん分かってるな。



 だからこそ



「……」

「どうされましたか?」



 俺が疑われるのも速いんだろうな。



「いや、ただ不快な感じがしてな。この俺様に敵対するバカがいるのか?」

「まさか、アクト様はグレイス家の御子息。皆が平伏し、皆が讃えるべき存在です」

「そうだよな、なら」



 俺は一瞥する。



「そこにいるのは何だ?」

「……アクト坊っちゃま」



 静かに



「気のせい……でございます」

「俺様の意見を否定したのか?」

「アクト坊っちゃまの意見は絶対。爺やはただ、足りない頭で間違えた答えを出しただけでございます」

「そうだよな」

「はい。ご自身の目でいくらでもご確認下さい」



 相変わらず黒過ぎる腹だな。



「ふん、まぁいい」



 お陰で監視が複数いることは分かった。



「おい、トイレはどこだ」

「こちらにございます」



 VIP用トイレに案内される。



 ここも大丈夫だな。



「どうぞ」

「ああ」



 扉を開け、閉める



 瞬間



「ルシフェル」

「あいあいさ」



 ドアに闇魔法



「な!!」



 ドアから音。



「下だ!!」

「ほいさ」



 ルシフェルが下に闇魔法ぶっ放す。



 人一人分の穴が開く。



「さて、鬼が出るか、邪が出るか」



 それとも



「可愛い女の子かな?」



 俺は穴に向かって飛び降りる。



 ◇◆◇◆



 かなり長く暗闇を進み、着地の瞬間に魔法で一瞬フワリと浮く。



 闇魔法は回復以外の要素が便利だな。



「我くらいだぞ、こんなに上手く扱えるのは」

「そりゃそうだよな」



 闇魔法は調べようと思っても調べられないんだから。



 それにしてもあの家どうやって建ってるんだ?



 相当下の方スカスカじゃね?



 周りは暗闇



「こう言う時に火魔法とか欲しいよな」



 携帯で明かりをつける。



「不気味だぞ」

「そうだな」



 地面は軽く水に浸かり、周りはコンクリートで固められている。



 空気を流すための換気扇の音と、水の滴る音だけが木霊していた。



 俺が歩くたびに、水が跳ねる。



 防水の靴でも持ってこればよかったな。



 壁に囲まれた道を進み続けると、音の反響が大きくなってくる。



「向こうで行き止まりか?」



 何もないオチとか一番勘弁だぞ?



「アクト」

「ああ」



 そんな話は無く、急に嫌な気配が体を突き刺す。



 今までにない恐怖が体を襲う。



「ルシフェル、俺は一歩踏み出すだけで冷や汗が止まらんよ」

「手でも握ろうか?」



 軽口を叩きながら歩みを止めない。



 どれだけの恐怖があろうと、彼女達を失う恐怖に比べたらちっぽけでしかないからだ。



 バシャン



「あいつらご到着か」



 遠くの方から着水音がした。



 しかも何度か音が鳴ることから、かなりの戦力が見込まれるな。



「後ろも死地、前も死地、絶体絶命だな」



 そして



「これは……」



 辿り着いた先には古びた扉。



 明らかに取ってはいけなさそうな札が大量に貼られている。



「正体は大掛かりなびっくり箱か」



 ここで躊躇う時間はない。



 俺は一枚の札を剥がす。



「ハハ」



 乾いた笑いが溢れる。



 あまりの力の奔流に、自身が一瞬死んだのではないかと錯覚してしまった。



「ルシフェル、これ俺死ぬかな?」

「確実に死ぬと思うぞ」

「そうか」



 ラッキー



「ここで死んだら俺の死体は回収できないな」



 そして俺は



「さぁ、邪神でも何でも出てこいよ」



 全ての札を一気に剥がす。



 そして



 そして



「ん?」



 何も起きない。



「いや」



 扉がゆっくりと開く。



 中から何かが出てくる。



 それは



「リア!!」



 受け止める。



「おい!!リア!!大丈夫か!!」



 傷は見当たらない。



「呼吸も……してる」



 よかった、生きてる。



「リア、大丈夫か?」



 ゆっくりと、呑み込まれてしまいそうな程真っ黒な瞳が開く。



「意識があるようだな、どうしたここにいたんだ?いや、それより一度外にーー」

「あなた」



 リアは不思議そうに



「誰ですか?」



 救済√2.5



 リアグレイス



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