第21話 陰陽師1日体験日記⑥
華音姉さんの式神が犬神を斬り、黒い靄のようなものが消えていく。
僕少し離れた場所では散り散りになっていく瘴気の固まりを見つめながら、ホッと胸を撫で下ろした。
「どうやら、僕の出番はなかったみたいだね。華音姉さんだけで十分だったみたいだ…………ん、何だアレは」
犬神が消え……ポトリと何かが地面に落ちてきた。
近づいて確認してみると、そこには小さな白い塊が転がっている。
『キュウン……』
「犬神って……まさかコイツが正体だったのか?」
鎧武者の一撃を浴びた犬神であったが……そこに転がっていたのは小さな犬の幽霊である。
丸っこくて小さな毛玉の塊。犬種は……まさかのチワワだった。
「ええっと、華音姉さん……これって大昔の呪いを掘り起こしたのが原因なんだよね?」
「はい、そのはずですよー。少なくとも平安時代以前の呪いのはずなんですけど」
「……平安時代の日本にもチワワっていたんだね。知らなかったよ」
いや、そんなわけあるか。
まさか犬神の正体がチワワだったなんて意味が分からない。
というか、あの犬神を作った呪術師はよくもこの可愛い子犬を呪いに変えることができたものだ。
つぶらな瞳で見つめてくる愛くるしい犬に悪さをするだなんて、許しがたい大罪である。
『キュウン……』
チワワは小さく鳴いて、光の粒になって空に吸い込まれていった。
どうやら……成仏したようである。あの哀れなチワワが天国に行けることを祈るばかりだった。
「それにしても……華音姉さんは中学生の頃から、こんな危険な仕事をしているんだね。改めて頭が下がるよ」
僕は心からの尊敬を込めて嘆息した。
華音姉さんはこうして陰陽師として人々を救い、妹達を養ってきたのだ。
中学生の少女がそんな負担を背負ってきただなんて……よくぞ耐えてこられたものである。
「もちろん、挫けそうになったことはありますよ。だけど……私の家は代々の陰陽師の家系。私が折れたら妹が代わりに背負うことになるかもしれないと思ったから、頑張ってこられたんです」
華音姉さんは穏やかな口調で言い、着物についた砂ぼこりを手で払う。
「家族というのは時に重しのようにのしかかってくるものですけど……なくなってしまったら寂しくて胸が張り裂けそうになるものですよね。重りを背負っているから倒れないように踏ん張れるんですよ」
「ああ……わかるよ。やっぱり家族は大事だよね」
華音姉さんの言葉に、僕はしみじみ頷いた。
僕も日下部家のみんなと再会するため、異世界で勇者として戦い抜くことができたのだ。
人生は重い荷物を背負って山登りをするようなものである。荷物を下ろしてしまったら楽なのかもしれないが……下ろしたくても下ろせない荷が家族というものなのだ。
「さあ、もう夕方です。かえって晩御飯の支度をしましょうか。今晩のおかずは弟くんの好きな物を作りましょう」
「あ、本当に? だったらハンバーグが食べたいな」
「ハンバーグですか……いいですね。玲さんもハンバーグが大好きでしたけど、よくお肉をこねているお姉ちゃんに悪戯をしてきたものです。『こうやって捏ねたら美味しくできるよ』とか言いながら、私のハンバーグを後ろからコネコネしてきたものです。やっぱり、兄弟は好みが似るんですねー」
「……壮絶に食欲がなくなったんだけど? その話、今しなくちゃいけなかったのかな?」
帰ったら仏壇にある兄の遺影を蹴飛ばしてやろうと心に決めて……僕らは工事現場から退却する。
僕らが出ていくのと入れ替わりに退魔師の組織の人が入ってきたので、後処理を任せてタクシーで帰宅した。
こうして、陰陽術の修行から始まった一日退魔師体験は幕を下ろす。
その後も華音姉さんの付き合いでたびたび事件に巻き込まれることになるのだが……それはまた別の機会に話すとしよう。
――――――――――――――――――――
ここまで読んでいただきありがとうございます。
よろしければフォロー登録、☆☆☆から評価をお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます