第37話 四女はエッチな悪魔ちゃん①


 日下部家の四姉妹には両親がいない。

 7年前にハイキング中の事故によって両親を亡くしており、その後は親戚の手を駆りながらも姉妹で助け合うように生活している。

 血縁者がほぼ皆無である僕ほどではないものの、日下部家の四姉妹はなかなかに大変な家庭環境だった。


 そんな日下部家は時として、小学校や中学校などの学校行事に振り回されることがしばしばある。

 すでに成人している華音姉さんと飛鳥姉は別として、三女の風夏は中学生、四女の美月は小学生だ。体育祭や文化祭などのイベントを見に行ったり、PTAや保護者相談会などにも参加しなければいけない場面がある。


 その日、その事件のきっかけもまた、そんな学校イベントがきっかけだった。



     △          △          △



「授業参観会? 僕が?」


 いつものように日下部家にお邪魔した僕は、夕飯後に華音姉さんからそんな話を切り出された。


「そうなのよ。私が出るつもりだったのだけど急用が入っちゃったの。飛鳥も今は留守にしているでしょう? 親戚は遠方だからなかなか頼めないし、弟くんだったら美月も喜ぶと思うのよね」


 テーブルの向かいに座った華音姉さんは、申し訳なさそうな顔でそう言った。


「飛鳥姉は水泳部の合宿だったっけ? 華音姉さんが用事って珍しいね?」


 飛鳥は大学で水泳部に入っており、オリンピック候補生に選ばれるほどの優秀な選手である。

 今も大きな大会を目指した合宿に出ており、帰りは来週になると聞いていた。

 対して、華音姉さんは専業主婦。表向きは・・・・パートなどの仕事もしておらず、平日も時間がとれるはずなのだが。


「ちょっと裏の仕事のほうで出席しなくてはいけない集まりがりまして……授業参観の日はどうしても外せないんですよ」


「裏の仕事ってまさか……」


 華音姉さんは表向きはただの専業主婦だが、裏では陰陽師として悪霊や妖魔と戦っているそうだ。

 その家業について詳しいことは知らないが……僕の死んだ兄貴も関わっていたらしい。


「ああ、心配しなくても危ないことはしませんよ? 陰陽師とか退魔師を統括している組織のようなものがあって、その会合があるだけです。職業組合みたいなものですね」


「へえ……わりと興味深い話ですね」


「今度の会合は名古屋で開かれるので、お土産も買ってくるから楽しみにしてくださいねー」


 華音姉さんがいつものように、ホワホワとした顔で言ってくる。

 名古屋のお土産だったら手羽先とか食べてみたい……じゃなくて、授業参観って高校生の僕が参加してもいいのだろうか?


「もちろん、平日の昼間だから高校の授業もあると思うんだけど……できればでいいのよ。必要だったら、早退させてもらえるように高校にお願いもしますし」


「うーん……それならいいのかな? 僕も授業なんかよりも、美月ちゃんの授業参観に行きたいし」


 八雲家もまた両親がおらず、授業参観などには誰も来られないときが多かった。

 クラスメイトみんなに親が来ているというのに、自分だけいないという寂しさ。切なさは今でも覚えている。

 出来ることなら、美月ちゃんにはそんな思いをさせたくはない。


「先生からダメって言われたら、当日は仮病を使ってでも行きますよ。美月ちゃんに寂しい思いをさせたりはしません!」


「よかった、弟くんがそう言ってくれるなら安心ですね! 本当に頼りになります、ご褒美にハグしてあげます!」


「それは……また今度ということでっ」


 テーブルの向こうで両手を広げている華音姉さんに、僕は思わず身体をのけぞらせた。


 少し前から華音姉さんのスキンシップが激しくなっている気がする。嬉しくないといえば嘘になるが……やはり、恥ずかしさや照れくささの方が勝ってしまう。


「むう……お姉ちゃんのおっぱいに飛び込んできてくれても良かったんですよ? こういう時、玲さんだったら「ママのおっぱいでちゅー」って喜んで飛び込んできてくれるのに!」


「……すっごいテンション下がった。兄貴、クールな顔して何やってんの?」


 僕はガックリと肩を落としながら、テーブルに置かれた授業参観会の案内を手に取った。

 日程は明後日。場所はかつて僕も通っていた地元の小学校である。

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