第35話 次女はキュートな魔法少女⑩


 屋上を蹴り、巨大カマキリに向けて飛びかかる。

 振るわれた鉤爪をアイテムボックスから取り出した剣で弾き飛ばし、返す刀で相手の腕を斬りつけた。


『RYEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEY!!』


 巨大カマキリが叫ぶ。その身体から緑色のガスが放たれ、空気中に拡散する。


「チッ……コイツも毒ガス持ちか!」


 チラリと屋上の隅にいる飛鳥姉を確認した。

 大丈夫だ。風向きからして、あそこまではガスが届かない。


「とは言ったものの……これ以上、毒ガスを出させるわけにはいかないな」


 風向きのおかげで飛鳥姉までは届いていないが……大量にガスを放出させてしまえば、そうはいくまい。

 変身が解けた飛鳥姉は無防備な状態。毒ガスの影響を直に受けてしまうことだろう。


「さっさと倒したいところだけど……聖剣はもう使えないしな」


 僕にとっての切り札である『正義の聖剣』であったが、先ほどの触手モンスターに使用してしまったため、もう出すことはできなかった。

 目の前にいる巨大カマキリは世界の敵、人類の敵には違いない。しかし、聖剣は『特定の相手に対して特攻となる剣』を生み出す能力である。触手モンスターに対して生み出した聖剣では巨大カマキリに通用しない。クールタイムが経過しない限り、新しい聖剣を生み出すことはできなかった。


 他の加護についてだが……華音姉さんを救った『慈愛の弓矢』は飛鳥姉の身体には目立った傷がないため使えない。

 同じように他の加護も発動条件を満たしておらず、使える状況ではなかった。


「どうやら……さっきのザコ敵に翻弄されて、余計な力を使ってしまったのは僕も同じらしい。さて、どうしたものかな」


『RYEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEY!!』


「ッ……! スキル発動――『武闘術』!」


 思案する僕に、巨大カマキリが鉤爪で連続攻撃を叩き込んできた。

 何度となく振るわれる鉤爪を足さばきで躱していき、避けきれなかったものは剣で受け流す。


 上手い具合に戦うことはできているが……このままだと、こちらが不利である。

 勇者として魔王を倒し、1つの世界を破滅から救った僕だったが……実のところ、女神の加護が通用しない相手には対抗手段が少ない。

 戦闘スキルをいくつか修得しているため、それなりのモンスターには負けはしないだろうが。


「とはいえ……このクラスの相手と戦うとなると、ちょっと覚悟を決めなくちゃいけないな。ここからは命懸けの戦いになりそうだ」


『RYEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEY!!』


「出し惜しみはしていられない。切り札を使わせてもらう! スキル発動――『滅殺術』!」


 発動させたのは僕が修得している戦闘スキルの中でも、特に強力なもの。

 威力が高い代わりに、自分自身をも傷つけなければいけない自爆技である。

 右手の拳に灼熱が宿る。まるで血液が沸騰しているように身体が熱くなっていき、それを代償にして力がみなぎっていく。


「滅殺鉄拳!」


『RYEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEY!!』


 振り抜かれた拳。放たれる灼熱。

 身体が燃えるような熱が通り抜けていき、放たれた真っ赤な拳が巨大カマキリの右肩部分を吹き飛ばした。


『GYAEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEYッッッ!?』


 巨大カマキリが絶叫する。

 その右肩はまるで熱した剣で貫かれたように焼き切れており、ジュージューと肉の焼ける香ばしい匂いが香ってきた。

 右腕を肩から失ってしまった巨大カマキリであったが……まだ生きている。むしろ、ダメージを受けたことでかえって敵意が増したらしく、残った左腕を我武者羅にふり回して攻撃してくる。


「外したか……!」


 胸の中心を狙ったのだが……『滅殺術』は命中率も低いのだ。

 可能であれば一撃で仕留めたかったが、失敗してしまったようである。


『RYEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEY!!』


「クッ……万事休すってやつか、これはピーンチ……!」


 相手の右肩を吹き飛ばしたものの、自爆技を使ったことでこちらもダメージを受けている。左腕全体に黒い焦げ痕のような火傷がこびりついており、激しい痛みで今にも気を失ってしまいそうだ。

 不幸中の幸いなのは、巨大カマキリの右肩の傷口からは毒ガスが出ていないこと。おそらく、この毒は血液などの体液に含まれているのだろう。傷口を焼いたことによって毒ガスの発生が防がれたのだ。


『RYEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEY!!』


「ッ……!」


 巨大カマキリが左手の鉤爪で攻撃してきた。こっちも右腕だけで相手の攻撃を捌いて、どうにか堪える。

 ここで僕は2択の選択肢に迫られた。『滅殺術』のスキルをもう1度発動させるか、どうかである。

『滅殺術』を相手の頭部または胸にでもヒットさせることができれば、きっと巨大カマキリを倒すことができるだろう。

 だが……そのためにはもう1本の腕を犠牲にしなくてはいけない。


「僕は左利きだし……右手で当てられるかな?」


 ただでさえ『滅殺術』は命中率が低い技なのだ。利き腕でない右手で繰り出せば、さらに命中率は半減するはず。

 外してしまったらもう後がない。両腕を失い、何もできずに目の前の敵になぶり殺しにされてしまう。


『RYEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEY!!』


「とはいえ……迷っている暇はないか! どうにかして相手の隙を作って……!」


「マジカル・サンダー!」


 白い雷が巨大カマキリに降りそそぐ。雷撃を浴びた巨大カマキリが動きを止める。


「飛鳥姉っ!?」


「ウチの弟をイジメたら承知しないんだから! 可愛い子分をイジメる悪い子は……超・爆・殺♪」


 少し離れた場所で気絶していた飛鳥姉だったが、いつの間にか意識を取り戻していた。

 再び魔法少女の姿となった飛鳥姉……エクレア・バードは黄色いドレスがボロボロになって下着まで見えてしまっている。

 肩を上下させて息をして、片膝をついて……そんな満身創痍になりながらも魔法を使って僕のことを助けようとしていた。


「……根性見せてくれるじゃん。僕もやる気がみなぎってきたよ」


 巨大カマキリは緑色のバリアーを展開させて雷を防いでいるが……攻撃の手が止んでおり、動きも停止している。

 どうやら、雷を防御するバリアーを展開しているうちは身動きが取れなくなるようだ。


「飛鳥姉の覚悟を無駄にはしない! ここで超·爆・殺だ♪」


 ひび割れた屋上の床を蹴り、巨大カマキリとの距離を一気に詰めた。

 スキルを使用。『滅殺術』を発動させたことによって右腕に灼熱が宿っていく。

 限界まで距離を詰めて緑色のバリアーに触れるが、右手がバリアーをすり抜けて巨大カマキリの胸部に触れることができた。

 好都合なことに、このバリアーは雷撃以外は無効化できないようである。


「直接、触ってスキルを使えば外しようがないよね! 滅殺鉄拳!」


『GYAEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEYッッッ!?』


 巨大カマキリの胸部に直接触れ、『滅殺術』による攻撃を叩き込む。

 灼熱の炎が右腕を焼く感触と共に、渾身の一撃が3メートルの巨体を持った怪物の中心を貫く。


「EGOI’BI?……」


 胸の中央に大きな穴が穿たれ……巨大カマキリがゆっくりと倒れていく。

 屋上に横たわった巨体は砂のように崩れ、風に溶けるようにして消えていった。


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