【10-24】

「おや。つまりそれはぁ、ぼくと仲良くしていただけるということでしょうかぁ?」

「別に積極的に仲良くする気はねーけどさー、ただ、邪魔したり殴ったりすんのはやめよーかなってだけー」

「それで十分に嬉しいですよぉ。ありがとうございますぅ」


 本気で嬉しそうに微笑むウサギ天使を一瞥したノヴァユエは、ツンとそっぽを向いてしまう。それでもオピテルさんは気分を害した様子も無く、ニコニコと笑っていた。

そのやり取りを見守っていたセレーナさんは喜び混じりの苦笑を浮かべ、カミュは申し訳なさそうに眉尻を下げる。


「すみません、オピテル殿。これでもノヴァユエにしてはだいぶ譲歩している態度ですので、大目に見ていただければと……」

「ああ、そんなそんなぁ。ぼくは、本当に、十分に嬉しいですよぉ。今まで普通に交流することなんて考えもしなかった異種族同士でしょうに、前向きに考えていただけて光栄ですぅ。……ね、セレーナさん?」

「はっ、はひぃぃぃ!」


 想い人から急に話を振られたセレーナさんは肩をピクリと跳ねさせて硬直してから頷き、次に少しションボリとした顔でウサギ天使を見上げた。


「あ、あのぅ、オピテル様ぁぁぁ、……そのぅぅぅ、先日、アタクシ、何も言わずに逃げてしまって申し訳ございませんでしたぁぁぁ……! オピテル様がせっかく素敵な言葉をくださったのに、アタクシごときが無視をして走り去ったかのような罪深い感じの悪さを出してしまいましてぇぇぇ! ずっと後悔しておりましたぁぁぁ!」


 涙目で何度もペコペコと頭を下げるセレーナさんと、それを真似して僕の肩の上でカクカクとお辞儀するクックとポッポ。それを交互に見てほっこりと笑みを深めたオピテルさんは、鷹揚に首を振った。


「いいえ、いいえぇ。いいんですよぉ。、ぼくも、急に求婚したりしてビックリさせてしまいましたしぃ、お互い様ですねぇ。今こうして向き合ってお話していただけて、とっても嬉しいですよぉ」

「アタクシも嬉しいですぅぅぅ! だって、アタクシ、オピテル様と同じ気持ちを抱いていますものぉぉぉ。……と、いうことは、そのぉぉぉ、アタクシのお腹の中には、子どもがいるのですよねぇぇぇ?」


 ──えっ?

 不意打ちで本題に切り掛かられてしまい、ただ聞いていただけなのに、僕は思わず生唾を嚥下して背筋を伸ばしてしまった。カミュとノヴァユエも緊張した面持ちになっている。ジルはよく分からない無表情だ。そして、ある意味わかりづらいオピテルさんは、ニコニコ顔のまま首を傾げた。


「えぇ? 子どもは出来ていませんよぉ?」


 おっとりとした声音で衝撃的な一言が発された後、しばし沈黙が流れる。それを最初に打ち破ったのは、膝から崩れ落ち両手で顔を覆ったセレーナさんだった。


「そっ……そんなぁぁぁ! そ、それじゃあ、アタクシは、オピテル様と同じ気持ちではないということなのですかぁぁぁ!?」

「ええっ? ど、どうしてそんな考えになっているのですかセレーナさん? あああ、泣かないでくださいぃぃぃ」

「や、やっぱり、清らかで美しい聖なる者の御方と、落ちこぼれ最下位底辺悪魔のアタクシなんかが、同じ気持ちを重ねて一緒に生きていくことなんて出来ないのですぅぅぅ……!」

「いえいえ、違いますよぉ。ただ、セレーナさんとしてはまだ子どもを授かる心境ではないのだと思いますぅ」

「そ、そんなことないのにぃぃぃ……!」


 小さい子が泣くみたいにわーん!と大泣きしているセレーナさん、それを必死で宥めようとして失敗気味のオピテルさん、珍しく狼狽えてどうしたものかと考えている様子のカミュ、苛立ちと困惑でぐちゃぐちゃになってそうなノヴァユエ。そして、ただ棒立ちになってオロオロしている僕。

なかなかカオスな状況だ。ど、どうしたらいいんだろう!?


「お前たち、少し静かにしろ。うるさくて頭痛がしてきた」


 物静かで冷静な声──ジルによる一言が発されると、セレーナさんはピタッと泣き止み、オピテルさんも口を閉ざす。残る二人の悪魔と僕も、揃って魔王を見つめた。

 皆の視線を集めたジルは、深い溜息を吐き出した後、静かに言葉を紡ぐ。


「一度落ち着き、冷静になったほうがいい。そのためにも、ミカの茶菓子を楽しむ時間を設けよう。カミュ、皆を食堂へ案内しろ。ミカの手伝いは俺がする」

「……はい、承知いたしました」


 本来、僕の手伝いのほうこそカミュがやるものだ。だからこそ違和感をおぼえたんだろうけど、美しい悪魔は反論せずに承諾し、皆を連れて調理場を出て行った。

 カミュがおとなしく従ったのと同様に、僕もジルの意図を汲み取っていた。だから、皆の姿が完全に見えなくなってから、ひとつ浅めの深呼吸をして、優しい魔王と向き合う。


「……ジル、何の話?」

「作業を進めながら、適当に聞き流してくれて構わない。元々、伝えるべきか否か悩んでいた程度のことだ。──今朝、俺は、暴走しかけた。もしかしたら、お前はもう既に死んでいたかもしれない」

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