【10-9】
◆◆◆
オピテルさんが去った後は普通の一日が過ぎ、翌日の今日も昼ごはんまで穏やかに時間が過ぎていった。本格的に寒くなる前にと、秋は魔王へ勝負を挑みに来る人が増える傾向にあるみたいだけど、今日は挑戦者が訪れる気配は無いようだ。
昼食後、ジルとカミュは魔王としての仕事をこなす為に部屋で集中し始めたようなので、僕は調理場でのんびりと後片付けをしている。
片付けが終わったら、書庫で読書でもしようかな。食欲の秋と読書の秋を満喫する日々は、とても幸せだ。ジルやカミュが丁寧に教えてくれるおかげで、この世界の文章も、簡単なものなら読み解けるようになってきた。子ども向けの絵本や童話であれば、彼らの手を借りなくても読めたりする。ささやかなことかもしれないけれど、この世界に来てからの成長のように感じられて、なんだか嬉しい。
「クックとポッポも、一緒に書庫に行ってくれる? お昼寝してていいからさ」
「クゥ……」
「ポー……」
──あれ? なんか、愛鳥たちの様子が変だ。こういう提案をすると、いつも喜んでクポクポ騒ぐのに。今は妙におとなしい。
心配になって、手元の洗い物から鳥たちに視線を移すと、近くの棚の上でくつろいでいたはずの彼らは、窓の外の様子をしきりに気にしているようだった。
「クック、ポッポ、どうしたの? 誰か来た?」
そう問い掛けると、彼らは互いに顔を見合せて首を傾げている。判断に迷う来訪者なのだろうか。もしも敵対関係になりそうな相手が来たり、危険が迫るような状況が予想されそうであれば、クックとポッポは僕を守りながら警戒し始めるはずだ。
魔鳥たちが戸惑っているということは、明確な敵が訪れたというわけではないのだろう。それに、今はカミュが体調を崩したりもしていないから、何か不審なものが近付けば真っ先に反応してくれるはず。
──でも、僕も一応は警戒しておいたほうがいいかな。イラさんのときのように、精霊の加護を受けた人が侵入してきた場合、魔王と悪魔でさえ後手に回ってしまいかねない。
僕は洗い物を一時中断して手を拭き、首から下げているジルの守護鈴に指を置いた。何が起きても、瞬間的にこれを鳴らせば、ジルが駆け付けてくれる。
ドキドキしながら、クックとポッポが凝視している窓を僕も注意深く見つめた。すると、さほど待たずに、大きな羽音が聞こえてくる。……オピテルさん? ううん、違う。この音は、カミュのものによく似ている。……ということは?
来訪者の予想が定まったところで、まさに思い描いていた通りの顔がヒョコッと現れて窓越しにこちらを眺めてくる。僕と目が合った緑色の悪魔──ノヴァユエは、ニパッと人懐こく笑った。そして、窓をコツコツとノックしてくる。
「ミカじゃーん! 久しぶりっ★ 元気だった!? ボクは超元気ー! ね、ね、ここ開けてっ☆ 会いたかったよッ★」
眼鏡をかけていることもあって黙っていればそれなりに知的な風貌であるのに、口を開けばそんなイメージが一瞬でも霧散してしまうのがノヴァユエの個性であり良いところだと、僕は思っている。
「クック、ポッポ、彼はノヴァユエだよね? 窓を開けても大丈夫?」
「クッ!」
「ポッ!」
万が一、ノヴァユエに擬態した誰かだったら困ると思って魔鳥たちに尋ねてみると、二羽そろってドヤ顔でカクカクと頷いてくれた。うん、この子たちが自信満々ってことは大丈夫だよね。
そもそも、ノヴァユエもしくは擬態した悪い奴なら、わざわざ僕に窓を開けさせたりせず、自ら勝手に突入してくるはずだ。玄関から普通に入ってくればいいのにとも思うけれども、自由気ままなノヴァユエにしては礼儀正しく窓をノックしてくれたんだろうし、まぁいっか。
「こんにちは、ノヴァユエ。久しぶりに会えて嬉しいよ。──ん?」
窓の鍵を外して開けながらノヴァユエを見ると、彼の蝙蝠羽の後ろに、紫色の髪が見え隠れしている。そのひとにも黒い蝙蝠羽が生えているから、魔の者なんだろう。
「ノヴァユエ、お友達を連れてきたの?」
「えっ? いやー、友達ってゆーか、仲間ってゆーかぁ? ……ほらっ! セレーナ! 挨拶してッ!」
えっ? セレーナ? ──って、もしかして、オピテルさんが探していたセレーナさん?
僕が密かにビックリしている間に、ノヴァユエはさっさと調理場の中へ入ってきて、セレーナさんの細い腕をグイグイと引っ張っている。華奢な身体はクラシカルな黒いメイドドレスに包まれ、紫髪は前下がりボブのような感じに整えられている彼女は、緑の悪魔に引きずられるまま中へと入ってきた。──と思いきや、僕と視線が交わった瞬間、何故か唐突に土下座をする。
「えっ!? えっ、あの、な、何を、」
「申し訳ございませんんんん! アタクシのようなゴミ虫めが、アナタ様のように愛らしい存在の視界に入るなどおおお! 罪深い! 罪深いいいい! 全くもって申し訳ございませんんんん!」
「な、何を言ってるの……!?」
突然すさまじい勢いで謝罪をされて困惑している僕の背後で、バサリと大きな羽音が響いた。
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