疑神安危に携わる

俺達には元々溝が存在する。確執と呼ぶ程でもない細やかな、この世界の何処にでも存在する距離。それは互いが互いにとって『他人』であるという認識。パブリックスペースとはまた少し違う。俺達は自分以外の人間が『他人』だと本能的に理解している。血縁関係があろうとなかろうと、個々人という区分において一人一人は独立した存在であり、それが『他人』の証左である。


 大神君がどんなチョイスで俺達以外のメンバーを選んだのかは分からない(俺達を入れる枠があった時点でかなり融通が利くらしい)が、その基準を知るのはゲンガーのみ。知人を巻き込んで参加した人を除けば、俺達は紛れもなく他人。同じ学校に通っているだけの知らない人だ。それ故に特別な事情がなければ話し合う事もなく、協力する道理もない。他人であるとは基本的に攻撃的な言葉なのだ。


 この肝試しの始まりはその他人たちを纏める者が居た。大神邦人が居たから他人同士は『肝試し仲間』として融和していた。だから仮に朱莉が本当に消えていたとしても、主導権が彼にある限りこんな事にはならなかった筈だ。


 特に、不和を導きたい俺に主導権が渡らなければ。


「取り敢えず、自己紹介でもどうだろう。成り行きで場を仕切ってるのは俺だけど、名前が無いと呼び辛い。まさか一人ぼっちでこんな肝試しに参加したって人は居ないよな」


 沈黙。そうだろう。肝試しと言うからには友人にせよ恋人にせよ誰かと一緒に居たい筈だ。でなければ試した肝を誰に自慢するのか。



「ぼ、僕は相田寿あいだひさしです。本物です」



「相田、てめえ!」


「僕は偽物なんかじゃないし! お、お前達こそ偽物なんじゃないのか。クソ野郎!」


 彼が相田君か。


 成程、気弱そうな顔をしている。髪の毛も目元までかかっていて見るからに邪魔そうだし、座っている時も猫背が酷く常に俯いているので陰気でなよなよした印象がある。しかし今は随分と強気だ。俺に同意を求めるかのように先程から度々視線を貰っている。虎の威を借るではないが、被迫害者がいざ逆転のチャンスを手に入れると途端に迫害者に代わるようなものか。


 気持ちは分かるが、この時点で偽物かどうかは色々と判断しかねる。しかしこの密室は口先で信頼と事実が揺らぐ言ったものがちのクローズドサークル。相田君の敵意を向ける先には、自動的に多くの視線が注がれる事となった。


「な、何だよ。私が偽物だってのか……? 違うだろ! 偽物はこいつ、生贄もこいつ! 決定! はい決定!!」


「取り敢えず、名前を聞いてもいいか?」


「パンツ覗き見るような変態に教える名前とかねえからッ!」


 千歳の腰を掴んで発言を牽制。「あいたっ」と小さく漏らしてから俺の方を可愛く睨みつけてきた。理由を問い質さんばかりの視線を徹底無視で両断。彼女には好きに言わせておけばいい。その内分かると思うが、俺が主導権を握った今、この集団に融和など起こさせない。徹底的に不和を招き、不信を煽り、まるで全てが裏目に出たかのように事を運ぶ。


 口先で己の真実すら歪むこの場所で、場を仕切る俺に歯向かうのは自殺行為に等しい。ますます他人からの敵意が強くなり、女子は一転、弱弱しく反論を続けた。


「な、何でよ……こ、こいつを信用するの? 大体おかしいじゃない。お化けなんて居る訳……そ、そうよ! 全部茶番! 消えたのも足音も全部……全部仕込みだってばぁ……」


 おお、大正解。


 しかしこの場で俺に不信を表明する行為は、即ちこの場全員への敵対表明に繋がる。肝試しの為に集まった十二人―――失礼。十一人は、生き残りたいが為に俺の言葉を信じて、同意したからこの場に集っている。俺に対する疑念はイコール『こいつらを信じるお前達は馬鹿なので死ぬしかない』と言っているに等しい。


 同意だけは彼女もしていたのだが、そういう一貫性の無さも信頼を失う原因だ。


「あ、すみません。こいつの名前は萩澤慧はぎさわけいです」


「教えないでよ!」


「因みに俺は鷹夏明亜たかなつあくあです。明るいに亜人でアクアです。キラキラネームでしょ? 偽物が居たとしても、こんな名前になりたくないんじゃないんですか?」


「まあ、難読漢字じゃないだけましだと思うよ」


「あっはは。まあそうですね。それと慧。お前自分の立場がどんどん悪くなってる事にいい加減気付け。そろそろ俺も庇えないぞ」


「う…………分かった…………分かったよ」


 取り敢えず、この二人は一緒に居させない方が効率よく和を乱せそうだ。


 場が一旦落ち着いた所で改めて三木橋将斗と來原鋼二くるはらこうじ、沈黙を続けていた速水両太の紹介を受けて全員の名前を把握した。


 一先ずメンバーを振り返ろう。



 俺、火翠千歳、夜山羊菊理、霊坂澪奈、明木朱莉、大神邦人、來原鋼二、相田寿、萩澤慧、鷹夏明亜、三木橋将斗、速水両太。



 朱莉とレイナが事実上の離脱状態で、残り九人。その内大神邦人がゲンガー確定で千歳と菊理は人確定……という程の根拠はないが、全くの他人よりは信頼している。残り六人。潜伏ゲンガーが居るならこの中の誰かという事になる。



 ―――ここからどうするかな。



 怪異役は朱莉で、潜伏ゲンガーの判別の為にも暫くはそれに終始してもらいたい。『子』を捕まえるのが勝利条件と捏造した以上、ここで籠城している訳にもいかないが、上手いこと外へ出られる理屈が見つからない。やはりにわか知識には限界があったか。


 あまり露骨な真似をすると今度は俺が偽物確定という事でリンチに掛けられる。明亜君には要注意だ。


「ん?」


「どうかしました。匠悟さん」


「いや、レイナを寝かせてあった奥の部屋から妙な気配を感じた」


 和室同氏は襖で仕切られており、密室を作る際に俺が閉ざした。この奥では錯乱状態+失禁状態にあったレイナしか居ない筈なのだが―――


「そういえば、静かですよね。あんな錯乱してたのに」


 千歳の何気ない一言が、メンバー全体に緊張感を奔らせる。ただ一人場に呑まれていなかったのは菊理だった。


「あーもう、じれったいなあ! 開けて確認すればいいじゃんか。匠ちゃんもなに慎重になってるのさ!」


「いや、一応命が掛かってるし」


「でやあああ!」




 乱暴極まる菊理のハイキックにより襖が破壊された。




 この暗闇で万が一はないがスカートでハイキックは目のやり場に困るのでやめてほしい。それはそうと全員の視線に流されてもう一つの密室であった和室に目を向けると、そこには誰の姿も無く、薄汚く古ぼけた和室が沈黙を守っていた。


「……レイナ!」


 声を荒げて踏み込むと、畳の湿り気に気が付いた。失禁痕だ。それは偽物の可能性の否定であり、ついさっきまでここで倒れていたという状態の証明。



 未確定者から見て、残り十人。



「ちょっとおかしくない! やっぱり偽物じゃない! 密室にしてる限り入ってこないって―――」


「…………俺とした事が失念していたよ」


「匠ちゃん? それって一体何なのさ」


「俺は、外に居ないなら紛れてて、紛れてないなら隠れてる。そう思ってたけど……違った。山羊さんよ、入れない筈の場所に干渉したいならどうすればいいと思う?」


「え……うーん。あたしなら……その場所に入れる人を頼るとかかなあ」


 メンバーの誰かが唾を呑み込む音が聞こえた。その言わんとしている事に気が付いたようだ。菊理はまんま正解している。








「『子』は外に居るが、俺達の中に『子』の内通者が居る」






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