お母さんがやってきた

「お母さん、もう来てる?」

「エマー!」

「ふぐぅっ!」


 お母さんがいる部屋に入るとお母さんは私を思いっきり抱きしめた。身長差的に私はお母さんの胸に埋まることになる。お母さんは私を抱きしめて離さなかったから次第に苦しくなってきた私は、お母さんの背中をトントンと叩いたらお母さんがゆっくり私を解放してくれた。


「ぷはぁつ。はぁ、はぁ、じぬかと思った」

「あ~久しぶりだねえエマ~♡ 相変わらず可愛いなっ」


 そう言って私の頭をゆっくりと撫でる。少し離れたくらいではロリコンは解消されることも無く、むしろ悪化しているようだった。


「それにしても、本当に大丈夫なの?」


 お母さんは昔家族に追放されて以来王都から離れた場所で生活していて、一度も実家のある王都には戻ってきていないと言っていた。いくらロリコンで私の事が好きだと言っても王都に来るのは大丈夫なのだろうか。確か前にこの話を聞いた時は今でも両親に見つかるのはまずいかもしれないと言っていたはずだ。実家は政務官をしていて随分と厳しい家だったから今でも危ないことに巻き込まれる可能性があると言っていた。

 そんな危ない場所に来るのは私も心配になる。私のために自分の身を危険にさらして欲しく無かった。

 お母さんは私の頭を撫でながら言う。


「エマ。アタシはね、家族をやり直したいんだ」

「やり直す?」

「アタシは実の両親とちゃんとした家族になれなかった。そのことに今でも後悔しているんだ。本来ならアタシは両親の跡を継いで政務官になるはずだったんだ。それを私が錬金術に魅入られてしまったせいで政務官になるための勉強を疎かにしてしまった。アタシが追放されたのはアタシ自身のせいでもあるんだ」

「それでも、子のやりたいことを応援するのが親の役目じゃないの? お母さんは悪くないよ」


 私の母だって私の意志を大事にしてくれた。私を一人の人として尊重してくれ、ちゃんと私の意見を聞いて真摯に対応してくれていた。それに比べたらお母さんの両親は随分ひどいことをしていると思う。少しはお母さんの話を聞いて、そのうえで話し合いをすることは出来なかったのだろうか。


「アタシの家の仕事は政務官で、この国を維持するためには必要な仕事なんだよ。だから誰かが後を継ぐ必要があって、それはアタシの役目だったんだ。幸い弟がいたから何とかなったらしいが、いなかったらこの国にとって大きな問題が起こっていたかもしれない。その責任を放棄したのはアタシなんだよ」

「分からない、分からないよ。もし弟さんがいなかったとしても別の人を政務官にすることはできないの?」


 日本では世襲制の仕事なんてあまり聞くことは無かったから馴染みのない習慣だった。別に他の人を政務官にしても悪いことは無いと思う。逆に独裁政治とか防げていいことの方が多いのではないのだろうか。外から探せるのであればさらに優秀な人を見つけられるはずだ、その方がこの国にとってもメリットが多いと思う。


「昔は世襲制ではなく優秀なものが選ばれていたと歴史書には書いてあったな」

「じゃあ何で今は世襲制なの?」

「あるときにな、政務官の地位を巡って争いが起き、人の命が奪われたそうだ。また別の時には政務官になるものを金で雇い国を自分のものにしようと企んだものがいた。そういうことを繰り返しておくうちに政務官を世襲制にすることで争いの種を無くし、政務官になるものを手元に置いておくことで怪しいものの接触を防ぐことになったんだよ」


 私は言われて気付いた。日本でも似たようなことはあったが命が奪われるようなことはほとんど聞いたことが無い。でもこの世界ではそれが普通に行われている。そのことを考えることを忘れていた。もうこの世界には慣れたと思ったけれど私の人との関わりはアレクシアの村の人たち以外にはまだない。だからあまり日本との差を見ていなかった。


「まぁそういう理由でアタシは失敗したんだ。本当の家族になれたはずなのにそれを自分で壊してしまった。本来あるはずだった幸せを自分で手放してしまったんだ」

「お母さん……」


 何と声をかければいいか分からない。今までは単にお母さんを不幸話としか思っていなかった。単に悲しい話で、お母さんにとっては忘れたい話だったと思ていた。


「だから、もう一度やり直したいんだ。エマとは実の親子ではない。血がつながっていないしな、それに生まれた世界すら違う。でもエマはアタシの事をお母さんだと言ってくれた。だからもう一度だけ頑張ってみたいんだ。今度こそ間違えないように」


 でも、そんなことは無かった。お母さんにとってあの話は後悔の話だった。決して忘れてはいけない戒めで、教訓。家族に家を追い出されるなんて苦しい経験をしたのにまだ家族を諦めていなかった。


「ちゃんと、エマと家族になりたいんだ」


「分かったよお母さん。それでも危ないことはしないでよ? 心配なのは変わらないんだから」


 私は何を返せばいいか分からなかったからちょっと照れ隠しのような返事になってしまった。それでもお母さんの話は嬉しかった。私の家族ももういなくなってぽっかりと空いていた穴に少しずつお母さんが埋めてくれる。それをとても幸せなことだと感じられることが嬉しかった。

 こうしてお母さんも定期的に学園に来るようになった。




 私達がそんな話をしている部屋の隅では。


「どうせ私はただのメイド。家族と数えられることはありませんからね」


 グレースが少し拗ねていた。

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幼女に転生したらロリコンの義母ができました 瀬戸 出雲 @nyan0

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