足が重い。あの部屋に行かなければならないけれど苦手な人がいるから正直行きたくない。その横でアレクシアはむしろあの部屋に行くのを楽しみにしている。足が重い私を引っ張りすぐにでもあの部屋に行きたそうだ。


「ほら、早く行こうよ!」

「でも。あの人がいるじゃん」

「何言ってるの? いい先輩だよ?」


 アレクシアはあの先輩の恐ろしさが分かっていない。あの人は私にとって敵だ。あの人の目の前では一瞬も気を抜けないから嫌なのだ。


「付いちゃった。入りたくないんだけど」


 私はこの部屋に近付くにつれて、段々とテンションが下がっていく。今私の目の前には成績最上位しか入れない部屋のドアがある。


「失礼しま~す」

「アレクシア、待ってよ!」


 中に入るのを躊躇する私と違ってアレクシアはドアを開けてどんどんと入っていく。私は置いて行かれるのが嫌なので仕方なくアレクシアの後ろをついていく。私はあの人がいないことを願って部屋の中を見回す。中には誰もいないようだった。


「あれれ~? 怯えたように見回してるけど、何に怯えてるのかな?」

「ヒッ」


 急に背後から声をかけられた。驚いて後ろを見るとそこには黒目黒髪の日本にいたらよく見かけそうなこう言っては失礼かもしれないけれど、普通という言葉が似合う少女がいた。


「驚かさないでくださいよ、レイコ先輩」


 この人は私達の一個上のレイコ先輩だ。先輩の容姿は私には見慣れたものだけどこの世界では珍しい。好奇心旺盛なアレクシアはこの先輩を気に入っている。でも私にはその事実が心配だ。


「ごめんね~さっきも言ったけど怯えてるみたいだったから、どうしたのかなと思ってさ」


 レイコ先輩は私が先輩を警戒していることに感づいていると思う。そのうえでこうしてからかってくるから本当に油断できない。


「二人がここに来たのは会議のためだよね。まだ時間があるから私が作ったお菓子食べない?」

「お菓子! 食べたい!」


 アレクシアは先輩が出した手作りお菓子に飛びついた。レイコ先輩はアレクシアのためにお皿にお菓子を並べ、ジュースまで用意しだしている。それだけではない。


「ほら、こっちも食べて、あ~ん。

 あらあら、食べかすがついちゃってる。こっち向いて……はい。とれた」


 こんな感じでアレクシアにとことん世話を焼きだす。こうなったら私の事は完全に放置だ。アレクシアもお菓子に夢中で私のことはもう意識から外れている。

 ここに来るたびにこうなる。だから私はここが嫌なのだ。いつも一緒にいるアレクシアがレイコ先輩にとられたみたいな気持ちになる。


 私は二人を放置して自分で紅茶を用意してソファに座る。シュラが私の傍に来て慰めるように顔をなめてくれる。私はそんなシュラにありがとうという気持ちを込めて背中をなでる。シュラは気持ちよさそうに目を細める。シュラのおかげで寂しさが少し紛れた。

 私はシュラを撫でながらもう一度アレクシアの方を見る。アレクシアはレイコ先輩のお菓子を私が作った料理を食べる時と同じくらいの笑顔で食べている。それが本当に悔しい。私の料理が先輩に負けたような気にさえなってくる。


「失礼します。あなた達、そろそろ会議が始まるからそれを片付けなさい。席も自分のところに戻って」


 先生が部屋に入ってきてそう言った。やっとレイコ先輩はアレクシアから離れて自分の席に着いた。今からするのは成績上位者たちの会議で学校の運営にも関わる大事な話し合いがあるからレイコ先輩のこの時間だけは大人しくなる。私はソファから立ち上がり私の本来の席であるアレクシアの横に座った。




 会議が終わり、私はすぐにアレクシアの手を引っ張って部屋を出た。ここでのんびりしているとまたレイコ先輩につかまる。そんなことはさせたくなかった。


「エマ、そんなに急いでどうしたの?」


 アレクシアは不思議そうな顔をして私に聞いてくる。でも私はそんな簡単に理由を言えない。嫉妬しているのを言うのは私がレイコ先輩に負けたみたいで嫌だったから。でも今日は別の言い訳がある。


「お母さんがこっちに来るから、早く会いたかったの」

「そうなんだ! じゃあ急がないとね」


 偶然だったけど丁度良かった理由をつけて私は自分の部屋に戻った。

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