第81話 『空より降る大王』
声を合わせて聞き直す、イドラとソニアの地平世界組。対し、現実世界組——チーム『片月』の三者は、「そこからか」と苦い顔をした。
「アンゴルモアにこの世の物質による武器は通用しない。だから君たちの世界……地底世界の特殊な武具を、観測をして、できる限りで複製するんだ。それがアンゴルモアに対抗するための僕たちの武器、
トウヤは眼鏡をかけ直し、自身が背負う黒い弓を示しながら言う。
これこそ空より来たる恐怖の大王によって、窮地に陥った人類に与えられた唯一の牙。
アンゴルモアは尋常の武器など意に介さない。人類が誇る、かつて大量の同族殺しに用いられた凶悪な兵器の数々は、その黒い怪物たちには一切通じなかった。剣も弾丸も爆弾もガスも、なにもかも。
唯一、異界の武具のみが通じた。
星の外にあるがゆえに、アンゴルモアは耐性を持ちえない。さながら子が親には逆らえないように、この世で生まれたあらゆる物質に対してアンゴルモアは耐性を持っていたが、無限の地平だけが広がる異世界の物質など無理解だ。
地平世界において、万人が、十歳になると天より賜る贈り物。
それは同時に、この世の人類にとっての救いの糸、窮地を助く
「観測? ですか? こっちの世界から、わたしたちの世界を見ることができるんですか?」
「ん……ええと、それは。実際に目で見るわけじゃないじゃないんだけど、その、数値を……」
「ふふ、無理して知ったかぶっちゃダメよ灯也」
「ぐっ。そ、そうだな……今回ばかりは君が正しい。悪いけれど、僕たちは戦闘班だから、正直その辺りは詳しくないんだ」
「そうなんですか?」
「そうそう、戦うしか能のない連中だからさ、あたしら。具体的にコピーギフトがどうやって製造されてるのかは、ほかの班に訊いてみなきゃわかんないや。まあ、訊いてもわたしはたぶんわかんないけど……」
方舟には様々な人員がいる。セリカたち、戦闘班チーム『片月』の三人にとって、どうやってコピーギフトが造られるのかは問題ではなかった。
前線で命を懸けて戦う彼女らにとって重要なのは、戦場での生き残り方。アンゴルモアの殺し方だ。そのために知るべきは複製された天恵の由来ではなく、それが持つ機能や性能、効果的な運用の仕方である。
コピーギフトがどうやって出来ているか知らなくとも死にはしないが、起動コードやスキルを知らなければ死ぬ。怪物の戦場は、人間同士のそれよりも慈悲がない。
「そういうこった。どうせ門外漢の俺たちに数値観測だの、方舟の歴史だのについて詳細な説明はできん。だから、向こうの連中に任せるんだよ」
「あ、なるほど。奏人が面倒だから説明を放棄したわけじゃなかったんだ」
「僕もてっきり」
「おいおいおい……」
カナヒトは大げさに首を振る。
しかし、さわりくらいは十分に教えてくれた。
いちばん大事な部分。人類が今まさに、アンゴルモアによって滅ぼされかけているという現状。
(ウラシマ先生は、この過酷な世界をなんとかしたかったんじゃないのか?)
ウラシマは、イドラにこの世界へ赴けと血文字で遺した。
なんのために?
この、絶滅に瀕した世界を。危機に直面した人類を救うためではないのか?
そう思うものの、しかしその方法がわからない。ウラシマの勘考を推測するには、やはりまだ情報が足りなかった。
そこからは、話よりも歩くことに集中する。
またアンゴルモアに襲われるようなことはなかった。が、途中で一度、妙なものは見た。
「——? イ、イドラさん……なんでしょう、あれ。空に黒いのが」
山の近くのスラムまで、あと少しというところ。不意に東の空を見つめながら、ソニアが言った。
「なんだと?」
真っ先に反応したのはイドラではなく、カナヒトだった。弾かれたようにソニアの視線を追う。次に、トウヤとセリカも慌てて同じ方角を見た。
そして、脱力したように息を吐く。
「なんだ、ニジフクかと思ったぜ」
「ニジフク?」
「アンゴルモアの一種よ。さっきのはハウンド。ニジフクは空を飛ぶ種類……だけど、あれは違うみたいね」
「そういやあ、ニジフクってなんであんな名前なんだろうな?」
「言われてみれば。リーダーでも知らないんですね」
「ああ、まったく。俺が生まれた時にゃあ人類はもう今の感じだったからなぁ……名前の由来なんてもう誰も知らねーのかもな」
緊張の解けた様子の『片月』の三人に、地平世界組は置いていかれる。
ソニアの視線の先、彼方の空では、曇天を裂くように黒いヒビのようなものが浮かんでいるように見えた。そこからぼとりぼとりと、黒い粒のようなものがニ、三と落とされる。
「ええッ、な、なにか出てきましたよ!? あの形……さっきのアンゴルモアってやつなんじゃ。そんな談笑してて大丈夫なんですかっ!?」
「目ぇいいなあ、嬢ちゃん。ソニアだったか、大した視力だな」
「え、あ、ありがとうございます……。って、そうじゃなくって!」
「アレは
「あいつらは、空から来るのか……」
「なんでも情報班のやつらは言うには、方舟の半径10キロでポータルは日に多くて三つほど観測されるらしい。あのままクソッタレどもが落下死でもしてくれりゃあ、話はラクなんだがな」
「ちょうどよく見つかるなんて、ツイてるわね」
「芹香君……間違いなくツイてない方の類だと思うよ、僕は」
ここからは粒のようにしか見えないそれが、地面に落ちて見えなくなる。
アンゴルモアはギフトでなければ殺せない。もちろん、着地の衝撃で潰れて死ぬわけもなかった。
イドラはその光景から連想するものがあった。
ギフトだ。天恵とも書く通り、ギフトは空から賜る。降ってくる。十歳になった時、天より。
(あれは……とんだギフトだな)
こちらの世界では、代わりに黒鉄の殺戮者たちが降ってきた。
「それにしてもえらく落ち着いてるな、敵が降ってきてるっていうのに」
「あんな空高くから来るんじゃあどうしようもないだろ? 手も届かねえ。できるのはせめて、祈るくらいだ。アンゴルモアの中でもひときわ厄介な種類……『クイーン』じゃありませんように、ってな」
ドメインに近づくのを処理すんのはあたしら戦闘班だからね、とセリカ。
カナヒトは頷き、「もっとも——」と皮肉げな笑みに口元を緩ませながら続ける。
「——祈りがクソの役にも立たねえことくらい、今の時代ガキでも知ってるだろうよ」
*
曇り空から、かすかに西日のオレンジ色が差し込んでくる。
ちょうど夕方になる頃、イドラとソニアを加えたチーム『片月』は小山のふもとまで戻ってきた。
そこには、簡素な造りの建物が並ぶスラム街が広がっていた。遠目で見た通りの、トタンや木材を合わせた住居。そんなものがところ狭しと軒を連ねていて、色々なものの混ざった、澱んだような特有の空気があった。
「ここがミンクツ。俺たちがさっきまでいた、ドメインの外がガーデン。そんで、向こうのなげー階段から山を登れば方舟だ。オーケー?」
「ああ。把握した」
「ええと、人の住んでるところがドメインで……ノアの方舟と、ミンクツに分かれてて……」
「まあ無理して覚えなくてもいい」
「えっ、いいんですか?」
「そういうのは後でいいさ。嬢ちゃんもイドラも、先のことも決まってないんだろ?」
「……それもそうだな」
カナヒトの言葉に、ミンクツのアスファルトの上を行き交う人々を眺めながらイドラは同意した。
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