第百六十話 香り知らぬ花
『雪華の少女』の『雪』:智太郎
▷▷ ❪❪隠匿❫❫
『濡羽色の花嫁』の『なな』:千里
『若葉色の花嫁』の『千里』:黒曜
隠匿外/演者
『紅の花嫁』:翠音
『黒豹の女』:綾人
『色獄の主』:炎陽
『紅の復讐者』:紅音
――*―*―*―〖 智太郎目線 〗―*―*―*――
『濡羽色の花嫁』の彼女から、受け取った“白い菊の練り切り”の甘さは……忘れかけていた郷愁を呼び起こす。
初めて“花の練り切り”をくれたのは、父である
俺を裏切ったのだとしても、亡き家族から役割を引き継ぐように……“花の練り切り”と共に俺へ愛情を与え続けてくれたのは千里だ。花の名前、色と光。暗い檻の中、無知だった俺に『外の世界』を見せてくれた。
今、原初の妖である炎陽の
“白い菊の練り切り”を渡してくれた彼女が、桜色の唇に浮かべた柔らかい微笑に、懐かしい愛情を感じる。
闇色の
「貴方の名を、教えて頂けませんか? 」
目の前の彼女を知りたくなり、俺は自然と問いかけていた。
「なな……名……? 」
「……『なな』さんですか? 」
何故か口ごもった彼女はすかさず頷く。飾りだと思っていた翼の耳がぴょこぴょこと動揺に羽ばたき、彼女は本当に妖なのだと確信する。
「そうっ、それです。貴方こそ、何と言う名前なのですか」
嘲る綾人に『智太郎姫』と馬鹿にされた記憶が蘇るが、まさかそのまま名乗る訳にはいくまい。
「私は……『雪』です」
似通っている前世の姿に
「名前まで……凄く似てるから……驚いてしまいました。貴方は私の大切な人と生き写しのようです」
「
何故か『なな』は、くすくすと笑う。指の背で唇に触れる上品な仕草に、小さな既視感を覚える。
「貴方の容姿がありふれていたら、世界の
そう言って『なな』が見つめたのは、『若葉色の花嫁』と『紅色の花嫁』を
かと言って無闇に軽率な行動をとれば、『宴』の
「『雪』は『若葉色の花嫁』と話したいのでしょう? なら……私と手を組みませんか」
闇色の
「妖の貴方が、新参の
「そうですね……。私の大切な人と生き写しの貴方に同情した、ということにしてください。美しい容姿の『雪』は幸運だったのです。繰り返される『隠世』の日々に飽いてしまった私に、貴方の願いの果てを見せてください」
「……良いでしょう。ならまずは、『若葉色の花嫁』が居る炎陽達の輪に近づかなくては」
早速立ち上がろうとする俺の腕を引いた『なな』は、再び座らせる。訝しみ彼女を振り返ると……『なな』は首を振る。
「今、彼らに近づいてはなりません。復讐の怨念が支配するあの場は不穏です。部外者である私達が輪に入るには、不自然過ぎる。空気も読めぬ異分子は、話もしてもらえず弾かれてしまうと思いませんか? 」
「なら……一体どうしたら」
「まずは御しやすい周りの輪から溶け込み、自然に炎陽様達へ近づきましょう。『若葉色の花嫁』も心を開いてくれるはずです。『雪』を連れて来た客人が居るあの輪ならば……馴染みやすいはず」
『なな』が示した輪は、青ノ鬼と綾
「炎陽様は『若葉色の花嫁』が、いたくお気に入りのようですね。一時とはいえ、青ノ鬼から
『なな』はどことなく同情するようにため息をつき、『若葉色の花嫁』を見つめた。花嫁達にとって、必ずしも寵愛は喜ばしい事では無いのか……?
「『なな』も他の花嫁達のように炎陽様の所に戻りたいはずですよね? 」
「そ、そうね……。炎陽様の機嫌が良ければ……」
闇色の
「
立ち上がった『なな』に手を引かれ、歩み始めた俺は我に返る。新たな輪の中へ導く『濡羽色の花嫁』である彼女の、闇色の
―― 杏眼が……千里に似ている。
その菱形の星の瞳孔は間違いなく妖の物。だが……目の端に僅かに金の色彩。人である千里の目は金色だった……。だから金木犀に例えられ、
偶然だ、と俺は焼け付くような好奇心を閉ざす。千里は妖となっても人の姿を保っている。だからこそ今、千里は『若葉色の花嫁』として炎陽の隣に居るのだ。
ならば目の前の『濡羽色の花嫁』は何者か。だが正体を追求してしまえば、微笑する彼女は
だから俺は……『宴』の参加者の中に、居るべきはずの
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