第百五十九話 貴方を教えて


『雪華の少女』:智太郎

 ▷▷ ❪❪隠匿❫❫

 『濡羽色ぬればいろの花嫁』:千里

 『若葉色の花嫁』の『千里』:黒曜


隠匿外/演者

『紅の花嫁』:翠音

片青眼かたせいがんの男装少女』:青ノ鬼

『黒豹の女』:綾人

色獄しきごくあるじ』:炎陽

『紅の復讐者』:紅音

 

―_-◆_+★_*+-【 千里 目線 】-+*_★+_◆-_― 


 炎陽と私達『三人の花嫁』に向き合い、張り詰めた沈黙の糸を断ち切ったのは『片青眼かたせいがんの男装少女』である青ノ鬼あおのかみだった。一礼した彼は悠々と微笑を浮かべる。


「お初にお目にかかります、炎陽様。この度は、躑躅つつじ咲き揃う喜ばしい春の日に『猫屋敷』へお招き頂き、ありがとうございます。お陰様で、『我があるじ』の元に帰る事が出来ました」


 私の重い鼓動が神経質にうち鳴らされる。『濡羽色の花嫁』である私が『千里』だと、青ノ鬼に明かされてしまえば何もかもお終いだ。『本当の私』を隠したまま、智太郎と話す事など出来ない……。


 青ノ鬼は自らの『あるじ』を確認する為に、黒と青の瞳を瞬いた。背筋が凍りついた私は隠匿の開示を覚悟したが……青ノ鬼はで、人の千里わたしに化けた『若葉色の花嫁』である黒曜に向き合う。青ノ鬼は……私の茶番に付き合ってくれるつもりらしい。私は胸を撫で下ろす。


「それは喜ばしい事だ。青ノ鬼との約束通り、美しい『女』の供物達だな」


「供物達も炎陽様に捧げられるのをにしておりました」

 

 根源の繋がりにより、智太郎の正体も性別も……(智太郎と私の関係について既知のような言動をとることを考えると、恐らくは、智太郎のの一部も) ……知り得ているはずの炎陽は私の隠匿の為に、智太郎と綾人に『女』をのか。随分と、酔狂なやり方だ。

 

 青ノ鬼に指し示された『供物』たる智太郎と綾人は、どこか引き攣った微笑で炎陽に一礼した。……喰われる事を喜ぶ者など無論いない。

 相変わらず、『花嫁』の私と黒曜を抱いたまま、炎陽はわざとらしく『困って』みせる。


「有難くじっくりとやりたい所だが……、あいにく今日は『花嫁達』と遊んでやりたい気分なんだ。気分がのったら喰ってやるから、それまで供物おまえ達も宴を楽しめ」


『若葉色の花嫁』の黒曜の頬に触れた炎陽に、『雪華の少女』の智太郎は静かに殺気立つ。『人の千里』から決して逸れない花緑青の瞳に、私が密かに胸を焦がした時。


 ――炎陽に付き添う彼女の抑圧を烈火に打ち鳴らすように、シャラリと紅の装飾が鳴った!

 

「供物がではありませんか! このような無礼なものを本当に客人として迎えても良いのですか、炎陽様!」


『紅の花嫁』である翠音は、青ノ鬼をめつける! しかし、翠音とは対極に冷静な青ノ鬼は堂々と言い切った。

 

「今の世は自己申告制です。妖と人の半端である我らは、『人』と名乗れば『人』でございますし、『妖』と名乗れば『妖』なのでございます。生来の性別すら凌駕する、多様性の新時代では些細な違いです」


 言い負かされて呆ける翠音を見て、炎陽は豪快に笑う!

 

「多様性か! 今の世は面白いな。確かに、古き者が時代を追う為には柔軟さが重要だ。旧時代では『妖』の血が一片でも混ざれば、『妖』だったが。味わいに深みを期待させる妖混じりのえさとは、また一興か。……そう拗ねるな、翠音。ほら、可愛がってやるから」


 甘く苦笑する炎陽は、翠音を手招いた。

 

「私の知らぬ所で、勝手に『女』達を呼ぶだなんて妬けます。……忌むべき反逆者まで」


 翠音は、憎悪を隠そうともしない紅音を睨みつけるも……とろりと慕情ぼじょうに溶かされて炎陽のかいなの中に抱かれた。炎陽は困惑する私に微笑する。


「お前も寂しいだろうが、翠音がこれだ。


 我に返った私は瞬く。彼は私に智太郎と会話するチャンスを与えてくれたのだ。私は炎陽を慕う『濡羽色の花嫁』を演じる為に、まつ毛を伏せて拗ねてみせる。


「翠音が飽いたら、またお呼びください。貴方のかいなの中を独占したいのは、私も同じなのですから」


 応えた私に、炎陽はニヤリと牙を見せた。炎陽のかいないだかれたままの『若葉色の花嫁』である黒曜に忠告の一瞥を受けて、私は小さく頷く。


 ――分かってる。『本当の私』は決して明かしてはいけないって。


 色打掛の裾を捌いて立ち上がった私を合図にしたように、青ノ鬼は炎陽に一礼をすると『供物達』を振り返り、綾人と伊月家兄弟に視線を送った。


「ならば、我らも再会を分かち合わせて頂きます。……来るのだ、『綾』。お前は、青ノ鬼わたしの相手をして差し上げろ」


「かしこまりました♡ ごせんぞ……ジャナクテ……青ノ鬼様! 」


 きゅるり♡と自身の指先をしっかり組んで頬に寄せた『黒豹の女』である綾人に、私は突っ伏したくなる! 明らかに演じる性格キャラ間違ってるでしょ!?私は笑いを必死に堪え、『濡羽色の花嫁』の仮面を冷静に保った。

 私は気ままな振りをして『雪華の少女』である智太郎の隣に座る。『呪い』に共鳴するように、勝手に暴れる心臓が五月蝿い……。


「隣、宜しいかしら? 」


「ええ……」


 不意を突かれたように花緑青の瞳を瞬いた智太郎は、惑うように『若葉色の花嫁』である黒曜を一瞥する。黒曜は『雪』の姿の智太郎に癒せない罪悪感を突き刺されたのか、苦く視線を逸らした。図らずも『人の千里わたし』が智太郎を拒絶したようで、上手くいるようだった。


「あの子と知り合いなのね 」


「ええ。彼女は、私の幼馴染みなのです。私は彼女に会い、ある事を確かめる為に隠世ここまで来たのですが……実際に会ってみると、どう問えば良いのか分からなくなってしまいました」


 ふわりとした白銀の髪を、既視感のある二つの雪華のバレッタで留めた智太郎は、『人の千里』に拒絶された動揺に秀眉を寄せ花緑青の瞳を儚く揺らす。美しい人形ビスクドールの様に、奇跡の様な完璧な造形を保つかんばせは本物の彼だ。

 

 蘇った『雪』と再会したようで己穂わたしは安堵に泣きたくなるのに、千里わたしは甘やかな切望が、息を吹き返したように内側を締め付けていくのを感じた。指先すらも、痺れたように自由にならない。


「彼女は貴方を恐れているみたいだけど。隠世ここまで追いかけてきてまで、貴方は彼女に何を問いたいの? 」


「彼女は私の母を殺めたのだと私に告げました。罪を隠匿し、味方であった私を十年間裏切り続けていたはずの彼女は……最後に私を『救って』いってしまいました。私は、彼女を犠牲にした救いなど、望んでいなかったのに……。私は彼女が告げなかった、母を殺めた本当の理由と彼女の想いを問いたいのです」

 

 偽りの仮面を被る故か。彼は滑らかに心情を吐露出来ているような気がした。赤の他人の方が、明かしやすい秘匿だってあるのだ。その素直さが罪深い私に罰を与え、やがて殺すのだろう。


「彼女は貴方に本当の真実を明かしたくないかもしれない。貴方から逃れる為に、隠世ここで隠れ続けるはずだったのだから。隠匿の開示が彼女を殺すとしても……貴方は彼女を問いただしたいの? 」


「……隠していては、何も分からない。本当は敵同士にならずに済んだのかもしれないのに。彼女は罰を受けるべきだ。それだけの罪を犯したのだから」

 

 刹那。花緑青の瞳に宿った瞋恚しんいの焔は、忌まわしい青鈍あおにび色で鮮やかな緋色が鋭く光る。


 彼の生ける激情に、肺が凍り付いた私は恐怖を上手く嚥下できなかった。雪華の睫毛の瞬きは、すぐに綺麗な輝きを取り戻したのに……チカチカと私の内に残光は付き纏う。


「……当然だよね、許す必要なんて無いよ。本当は、彼女も断罪を望んでいるはず。呪縛のしがらみさえ無ければ、貴方に開放されたいって……私なら思うから」


 私が呪ったようで、『二つの呪縛』 に呪われているのは私だ。智太郎を『生かし続けたい』と思う呪いも、黎映と黒曜……雪に『生きて欲しい』と望まれた呪いも……今や、私を捕らえる命綱に成り果てた。

 白すぎる真綿の呪縛が柔いのに苦しくて、私は願ってはいけないことを再会した魂に願おうとしていた。


 ――殺されてもいいから、『本当の私』を暴いて。決して許さなくていから。


「彼女に向かい合う事が出来た時に、罰の形は自分で決めます。これ以上失うものなんて、もう無いのだから」


「貴方は……強い。怖いくらいに」

 

 躊躇いに視線を彷徨わせた私は……膳の上の『人』の馳走の中、小皿に乗る小さな白い花を見つけた。

 それは……“白い菊の練り切り”。私は『人』として綺麗だった頃の郷愁に駆られた。これは智太郎の好きな甘味だと、私は知っている。


 桂花宮家の地下牢に小さく日の光が差し込み、咲雪がまだ生きていた頃の話。きっかけは、自分勝手な孤独を埋めるためだったけれど。智太郎と仲良くなりたくて、初めて私が彼にあげた物だ。


 私はあの頃のように、小皿に乗せた“白い菊の練り切り”を智太郎に差し出す。


「知ってる? 白い菊の花言葉は『真実』。妖である私はもう食べれないけれど……人である貴方なら、この甘さが分かるよね」


 もう一度初めからやり直せたら、私は今度こそ間違わないのに。


「どうか、貴方が『真実』を得られますように」


 珍しく茫洋とする智太郎は、“白い菊の練り切り”を受け取った。微笑した私は嘘をついたはずなのに、なぜか後ろめたく無い。叶う事を望んでしまったのだろうか。


「ありがとう……ございます」


 花緑青の瞳を揺るがした智太郎は、『若葉色の花嫁』では無く『濡羽色の花嫁』である私を真っ直ぐ見つめてくれた気がした。

 

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