第百五十七話 招き猫
不思議なことに、
「せっかく元気になったのに、私のせいで
「大したことではありません」
黎映は頭を横に振るも、その整った
「今は休んで。黎映が生きていないと、私も生きていられない」
黎映は救われたように、穢れなく微笑する。おかしいな、救われたのは私の方なのに。
「ならば、運命共同体ですね。休むのに肩を貸して頂けますか? 」
と、言うや否や。黎映は整った白皙の
羞恥に火をつけられた私は、逃げたくても指先を絡ませられていて逃げられない! 不可抗力とはいえ、先程まで彼の
「ち、近いよ! 実は調子にのってるでしょ!? 」
「気の所為では。肌寒いのが苦手な私に、元々距離感など無いのです」
絶対に嘘。黎映と再会した時と言い……無邪気を装った彼に隙を与えてはいけないのだと私は自覚した。無垢な愛玩を画策する黎映からの逃亡計画を組み立て始めた時。滑らかな重い声が、私の背筋を凍らせる。
「失せろ、野良猫。もう用は済んだはずだ」
「『拒絶』の
怖いほど一気に冷めきった黎映が見つめる先を、私は振り返る。この世ならざる美しき
「貴方の提案でも、千里を直接救ったのは私ですから。妖である貴方は千里を救えなかったのです。ゆめゆめお忘れなきよう」
「触れまわる
黒曜と黎映は『私に人の血を与え、生かし続ける』という目的が合致したはずなのに、いつの間にか異常に殺伐とした仲に
「何言ってるの、試したら駄目! 指先が切り落とされる前に、早く離して黎映!」
「残念ですが……千里に触れられなくなるのは嫌なので、今だけは離してさしあげます」
渋々と言った様子で黎映は私を解放する。彼を射殺すような黒曜に、手を引かれ立たせられた私は硬直する。私の想いの在り処など、とうに二人は知っているはずなのに……想う
「ごめん、黒曜。私の我儘で振り回しすぎたね」
漆黒の翼
「……もうあんな
「でも黒曜と黎映は私を救ってくれたよ。私は二人が居なければ、『
後ろに手を組んだ黎映は清らかな笑みを湛えて、ひょっこりと私の前に現れる。
「返すものなど必要ありません。貴方が生きていることに意味があるんです」
でもそれって……自分の意思が無い。生きているからには、考えないといけない気がする。生かしてもらえている私でも出来る何かがあればいいのに。
「ようやく人の生き血を口にしたか、濡羽姫」
その声に肌が逆だったのは私だけではあるまい。緊張が走った私達三人の前に現れたのも、新たな三人。翠音と誠を引き連れた炎陽だった。絢爛豪華な黒い軍服みたいな衣装に、緋色の羽織を引っ掛けている。第二の尾のように、白銀の後髪を翻す。
澄ました顔で無感情を装う翠音を見るに『慰め』は閉幕したようだが、秘匿を垣間見てしまった私はなんとなく気まずい。
「お陰様で。炎陽は随分張り切ってめかしこんでいるのね。新たな来客でもあるの? 」
炎陽から視線を逸らした私は、不服そうに顔を顰めた誠と目が合った。炎陽に無理矢理連れてこられたに違いない。彼まで集められるなんて、一体何事か。
「ああ、とびきり豪華な客人達だ。濡羽姫の配下の
私と黒曜と同時に、さっと顔を強ばらせたのは翠音だった。『反逆者』とは恐らく紅音の事だ。死すべき反逆者に案内を命じるだなんて、炎陽は一体何を考えているのか。
「黒曜以外に、私に配下の
「可哀想に。
「まさか……
肩を竦める炎陽が告げた事実に、私は臓腑が冷えていく。青ノ鬼が『
「私達が青ノ鬼達から身を隠していることなど知っているだろう! わざわざ招くとは、何のつもりだ! 」
炎陽と交渉し、猫屋敷の『滞在の許可』を得た黒曜は、
「お前達を隠してやるとは言っていない。俺は
私は冷え冷えと炎陽を睨む。彼は色だけで無く、波乱すらも好むのか。
「なら『
「待ってください、千里!
「黎映。
困惑する誠の手を取った黎映が慌てて、身を翻した私と黒曜の後を追おうとしたその時。炎陽は新たな一声を発する。
「まぁ、待て。翡翠の煙管もまだ貸してやるから、『宴』を楽しんで行けよ。濡羽姫は
私の足は自然と止まってしまう。願い続けて来た『会いたい』という想いは、今も変わらない。例え、智太郎が私を殺しに来るとしても。
「確かに『本音』は知りたい。私を憎悪しているに違いないだろうけれど……
「いい答えだな。ここは『隠世』。互いの正体を隠した『宴』ならば、その望みは叶うだろう。翠音、濡羽姫の『色直し』を手伝ってやれ」
炎陽は、私の答えを『
翠音は、呆然と立ち尽くす私の手を引いて囁く。
「……私達が交わした『指切り』を忘れないでくださいね」
髪が成す、互いの影の内。妖しく微笑した翠音が、私達が『友人』である事を思い出させる。私と翠音は、互いを助けねばならない。私達を殺しに来るであろう『客人達』から。……又は『珠翠の死』の秘匿を犯す者達から?
翠音に手を引かれるまま、歩む私は気がついてしまった。誰かに糸を引かれるような、この重い鼓動は……私が『穢れた愛』で呪う智太郎に繋がっている。
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