第百十二話 乱入者
【午後八時十分】
黒曜 青ノ鬼 綾人
癒刻時計塔前 雪原にて
《綾人視点》
俺に言伝を託した千里を振り返る事も出来ず、
自分でも、最低だと思う。美峰が知ったら、俺を間違いなく非難するはずだ。
自嘲に唇の端は
「親友って言ってくれたのに……俺は智太郎の親友の資格なんか無いな」
千里の覚悟を受け入れたから、なんて口実にしか過ぎない。俺は言伝の本当の意味も知らないくせに、これ以上美峰を半不死の妖である鴉と戦わせたくなくて、安易な道に逃げた。
しかし、純粋な妖では無い御先祖様が、半不死であり膨大な妖力を秘めるという鴉に、一体どれだけ拮抗していられる物なのか。遠距離透視で確認していても……結局目に見えぬ焦りは募るばかりだった。青ノ鬼が完全に敗北し、死した時……美峰もまた死ぬのだ。
雪道を疾走する視界は、杉林を抜け……
雪原にただ一人立つのは、漆黒の翼を広げる鴉。
その足元には……雪原に倒れる青ノ鬼!
冷えた恐怖が肺を捕縛する!
俺は薄弱な勇気を振り絞り、雪原を支配する凍えた大気に抗うように叫んだ!
「鴉、これ以上青ノ鬼に手を出すな! 千里からの言伝がある。『貴方の
そのまま俺が御先祖様を連れ去り疾走しようと、足元に纏わせた紺碧の妖力を高めようとした時……何故か、横たわる御先祖様が、ひょい、と頭を持ち上げて、俺を見る。
「おお! 吉報だな。僕も心身犠牲にした甲斐があったと言う物だ」
「心身犠牲にしたと言う割に、随分元気そうだな!? ……っずぉ!? 」
俺は御先祖様に思わずツッコんだ勢いのままに、疾走する足が
そのまま
瞬発的にひらりと立ち上がった御先祖様は、青い花吹雪で俺を包む。
そのまま何故か……御先祖様の
「ヨシヨシ。元気な
俺の頭を柔い掌が撫で、瞠目する。
包み込むのは華奢な身体から伝わる体温。艶やかな黒髪から、よく知る花の香料が鼻を掠め……これは美峰の身体だ、と認識すると同時に、殴られたような羞恥が熱と成して身体を駆け巡り、俺を叫ばせていた!
「ごご、御先祖様……! 離してくれ! 」
「ん? 何故か。綾人は嬉しいはずだろ」
「確かに嬉し……って、そう言う問題じゃない――!! 寧ろ、中身が違うのが問題だ!! 」
俺の必死の抵抗にも関わらず、青い妖力を纏った華奢な両腕からは逃れられない。
こんな所で妖力使わなくても……と複雑な羞恥で再び叫びかけるも、鴉の声が耳に届いたので、大人しく答える。
「千里は……他に何か言っていたか」
「他に言伝は無い。今は、智太郎を説得している」
御先祖様に抱かれ、鴉には俺の間抜けな後ろ姿を向けたままなので、表情を窺う事は出来ない。だがその声色からは、十分に動揺が伝わってきた。
御先祖様は僅かに身体を震わせて笑いながら、鴉に告げる。きっとお得意の嘲笑を、美峰の
「後は
「千里は、智太郎を死の
「そうかもしれないが、
鴉は御先祖様に答える事は出来なかった。憶測だが……
「千里が決断したのであれば、僕達はもう行く。……智太郎を殺すなよ」
「分かっている。元々、私には智太郎を殺める気なんて無い。過去の過ちをこれ以上繰り返してなるものか」
御先祖様はこれ以上鴉に助言する気は無いらしく、俺を抱えたまま疾走を開始した!
漆黒の翼を広げる鴉が遠ざかる。
巻き上がる
何故降ろしてくれないのかとか、そもそも何処へ向かうつもりなのかとか、疑問の渦に呑まれかけたが……一番に口を着いて出たのは、胸を燻る罪悪感の開示だった。
弱音を御先祖様に吐露するなんて、墓参りじゃあるまいし、と自分に呆れる。
「俺は美峰を助ける為に、意味を知らないまま千里の言伝を受けて、智太郎を裏切った。……だけど鴉は、御先祖様を殺す気なんて無かったんだろ」
「そうだな、鴉は僕の友人だ。それすら自覚して無かった事には呆れたが……元々鴉は優しすぎる奴だから、本気で僕を殺す事なんて出来ないって分かってた」
やはり、と俺は苦々しく唇を歪める。
「俺はとんだ道化だったって訳か」
「何を今更。綾人が千里の言伝を鴉に伝えた所で、智太郎が千里を説得出来ないならば意味なんて無い。彼女の意思を変えられないのであれば、智太郎の責任だ」
「……そんな風に割り切って考えることは、俺には出来ない」
吐き出した息は凍えた
後悔している今の俺でも、やはり千里と智太郎に対し、同じ選択をしたのだろうか。
「だから友人なんじゃないか? 鴉に、お節介を焼いた僕も人の事は言えないが」
「変なところ、受け継いじゃったんだな」
「情が厚いと言え! 」
高笑いする青ノ鬼の振動に揺さぶられ、俺は顔を顰める。
「……本当に情が厚いなら、子孫の首を締めて気絶させたりしない。ところで、一体何処に向かうつもり? 」
「僕の片眼を宿した男のところだよ。あいつには前から言ってやりたい事があったんだ」
「ふぅん、
青ノ鬼の右目を宿す黎映は、その真意が分からない。
右目の
だが、黎映の過去夢を視たという千里は、前ほど黎映を警戒しているようには見えなかった。
単純だが俺も、今日一日過ごした黎映の性格に裏があるとは思えない。
「寧ろ右目の
青ノ鬼の言葉に、重い影は吐いた息と共に払われる。
共に
後天的に半妖となった誠なら、人に戻す方法がもしかしたらあるのかもしれない。千里や鴉の元に、黎映が居なかったと言う事は……今頃、誠と戦っているのだろう。
「あの兄弟の愚かさを知れば、綾人もお節介を焼きたくなるはずだ。……
青ノ鬼の告げた名は、俺の心臓を抉る。もう二度と生きて会う事は無い彼は、俺が殺してしまったようなものだ。
雪原から照り返される僅かな月光すら闇に呑まれ、雪原より更に凍えるように湿った空気が肌を撫で、鳥肌が立つ。何処かの建物内に入ったんだ、と理解した瞬間、過ぎ行く入口から見える雪原に、見覚えのある積雪ベンチが見えた。
――俺達は
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