第三十一話 死
私達は屋敷の中に戻ってきた。
綾人と美峰もショックが抜けきれず呆然としたままだ。
智太郎も疲労困憊で、話しかけられず私は俯く。
誰も止められなかった。
生力でも治すことができない闇……あれが死。
その事実に唇を噛む。
今思えば、私は本当の戦いを見たことが無かった。
いつも手を差し伸べられたのは、助けを求められるだけの 余裕がある人間だけ。
自分の無力さを痛感する。
本当に救いたい時に、力を使えなくて何が金花姫だ。
「翔くんが」
美峰が沈黙の中、声を発する。
「生きていたら、どう笑っていたか想像しながら、私達は過ごしていかないといけないんだね」
その言葉に先程目に焼き付いた炎を思い出す。
翔の身体は、総一郎が妖力の炎で火葬した。
翔の白金の髪が炎に包まれ、燃え上がる。
妖力の炎は肉も骨も残さずに、灰に変える。
先程まで生きていた人間が焼ける匂い。
総一郎は見なくてもいい、と私達に言ったが、私達は翔が 完全に灰となる最期まで見届けた。
私達は、その光景を一生忘れることは無いだろう。
「俺たちは翔を止められなかった。翔に生きていて欲しかったというのはエゴだよな」
綾人が茫洋と呟く。
綾人が許し合いもう一度やり直す事を望んだ、翔は自ら死を選んだ。
綾人は追い詰めてしまったと後悔しているのだろうか?
だけど、どうすれば良かったというのだろう。
翔の恨みという苦痛を解いて、彼の本当に望んでいた当たり前の幸せを一緒に生きたかっただけなのに。
何度考えても、私が綾人だったら、私も同じ選択をした。
「 いつか、こうして考えていたことも忘れて、水野くんのことを忘れてしまうのかな」
美峰が目を伏せる。
「失礼致します」
襖を開いたのは大西玲香。
その手にはお盆に乗せられた湯気のたつ湯飲みが四つ。
「皆さん、ひとまずお茶でも飲んでください。外は寒かったでしょう。身体を温めなくては」
有難くお言葉に甘える。
湯飲みを受け取ると、中身は緑茶だった。
陶器から伝わる温度に、手のひらが火傷までいかない、程よい刺激にほっとする。
一口飲むと、緑茶が喉を通り胃に落ちていく温かさに、どんなに身体が冷えていたのか自覚する。
「……ぅ……」
堪えるような泣き声に顔を上げると、前に座る美峰は湯飲みを手にしたまま泣いていた。
身体が温まり、緊張の糸が切れたのだろう。
その涙を見て、私は胸が冷えたように感じる。
美峰から思わず視線を逸らしたくて俯き、手のひらの湯飲みを見つめる。
私は美峰や綾人ほど、翔の事を知らない。
だから涙が出ないのは別におかしなことでは無い。
そう思うのに、まるで自分が悲しんでいない冷たい人間のように感じてしまう。
悲しんでいない訳じゃない、ただ空虚で虚しくてどういう表情をすればいいのか分からない。
「翔のことは忘れなんかしない、絶対に」
綾人が噛み締めるように誓う。
「そう、だよね。忘れなんか、できないよね」
美峰は涙を拭う。
「俺たちが出来るのはあいつを忘れないでやることしかできない」
「それが翔にしてあげられることなら、私は忘れない」
智太郎のその言葉に答えるが、智太郎がいつか私に告げた『覚えていて欲しい』という言葉が重なる。
もし智太郎を助けられる方法が見つからなければ、その言葉の通り私は智太郎を覚えていてあげることしかできないのだ。
いつか、居なくなる。
そのいつかはきっと遠いものだと勝手に私は思いたがっていた。
だけど翔は、こんなにも簡単に居なくなってしまった。
死は突然訪れるものだということを、私は分かっていなかった。
横に座る智太郎の膝の上の手は、今なら触れることができる。
私はもっと今を大事にしなくてはならないのではないのだろうか。
そう考えていたら、私は無意識に湯飲みを片手で持ち、智太郎の手に触れていた。
智太郎の手がぴくり、と動く。
私が見つめると、智太郎は花緑青の瞳を僅かに見開く。
智太郎は俯き視線を逸らしたと思うと、湯飲みを置き、私の手を繋ぐ。
その手の温かさに、私は安心すると同時に切迫感を覚える。
この手を離したら、次に触れることはできるのだろうか。
違う……智太郎を死なせたりなんかしない。
その為に私は、妖力の暴走を止める方法を必ず見つけなくてはならない。
「綾人……貴方に頼まれていた物を用意しました」
時を見計らい、玲香がある物を綾人に渡す。
綾人は居をつかれ、それを受け取る。
「そうだった……」
それは青い牡丹だった。以前、過去夢との能力のバッティングで、綾人を視た際に持っていた物。
「千里。君に、青ノ鬼の過去を視て欲しい」
綾人の青い瞳が、強く光った。
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