第3話 追憶と花冠
『おにいさま! アル! 見て見て! こんなにお花を摘んだのよ!』
腕いっぱいに名前もわからない色とりどりの花を抱えて、芝生の上を駆ける。まだ小さな手ではしっかりと抱えきれていないせいか、ぱらぱらと花が数本落ちていった。
ずいぶんと懐かしい夢を見ている。これはまだ、私が「妖花の魔女」にも聖女にもなる前の、ごく幼い日々の記憶だ。天気の良い日はよく、お義兄さまとアルフレートとともに庭で遊んだものだっけ。
『たくさん摘んだんだね、ジゼル』
木陰で座り込むお義兄さまは静かに微笑んで、私を見た。お義兄さまは幼い頃から妙に大人びた雰囲気を漂わせていて、私やアルフレートと一緒に芝生の上を駆け回るようなことは決してしなかった。
『おにいさまにもあげるわ! 半分は、フローラにあげるの』
『俺も摘んできた。フローラにも分けてやろう』
質のいい服に土埃をつけたアルフレートが、これまた両手で抱えきれないほどの花を持って私たちのもとへかけよってきた。
『なんだ? ジゼル。それだけか? 俺のほうがずいぶん多いぞ』
『多くないもの! おんなじくらいじゃない』
子どもじみた言い争いを始める私たちを前に、お義兄さまが小さく微笑む。その笑みを見ると、私もアルフレートも不思議と口をつぐんでしまうのだ。
『ふたりとも、たくさん摘んできてすごいね。せっかくだから、その花で花冠でも作ろうか』
『お花の冠? フローラにあげたらとっても喜びそう!』
お義兄さまの隣にしゃがみ込めば、アルフレートはわずかにむっとしたような表情をしたあとに、渋々私に続いて地面に腰を下ろした。
『おしえて! お義兄さま。お花の冠はどうやって作るの?』
『ジゼルには少し難しいかもしれないから、アルと一緒に作るといいよ』
お義兄さまの助言通りに、アルフレートの隣にぴたりと寄り添い、二人の膝の上に花を撒いた。
『ジゼルは不器用だからな。仕方ないから俺が見てやる』
『アルっていじわるなことばかりいうのね』
唇を尖らせて不満を述べれば、アルフレートは悪戯っぽく笑った。その表情とは裏腹に、彼の手がさりげなく、私の髪についていたらしい花びらを取ってくれる。
『いいかい、ふたりとも。まずはこれをこうして……』
お義兄さまが説明を始めてくれたのを機に、アルフレートとともに二人で必死に手を動かす。悔しいことに器用さはアルフレートの方がずっと上で、私は彼の手に促されるようにしてぎこちなく指を動かすばかりだった。時折お義兄さまの指がすっと伸びてきては、適切な指示をくれる。
『ばか、ジゼル。そんなふうにやったら絡まるだろ』
『アルだってさっきのところほどけかけてたじゃない』
『ふたりとも上手だよ。仲良く作ろう』
お義兄さまの手が、私とアルフレートの頭を優しく撫でた。その慈しみ深い仕草に私は思わず笑顔になってしまうが、アルフレートは軽く舌打ちをしてお義兄さまの手を振り払っていた。
『ひどいわ、アル』
『うるさい、さっさと続きを編むぞ』
アルに急かされ、うっすらと体が汗ばむほどの時間をかけて、私たちはやっと一つの花冠を編み上げた。お義兄さまが説明がてら作ってくれた見本に比べれば、ずいぶん歪で拙いものだったが、大変な満足感を覚える。
『やったわ! できた! 早速フローラにあげてくるわ!』
できあがったばかりの花冠を抱えて、すぐさま立ち上がる。夏の日差しが眩しいくらいに降り注いでいた。空色のドレスに施された銀の刺繍が、日の光にきらきらと輝く。
『待て、そんな歪なやつでいいのか! おい!』
駆け出した私を追いかけるようにアルが走り出して、お義兄さまもそれに続く。薄汚れた姿で屋敷の中に走り込めば、侍女に嗜められてしまったが、構わずフローラの部屋に突進する。
『フローラ! みて! みんなでお花の冠を作ったのよ! あなたにあげるわ!』
扉を開けるなりそう叫べば、寝台に横たわるフローラがきらきらと目を輝かせた。彼女はいつでも、シーツの白さに溶け込んでしまいそうなほどに儚げだった。
『お花の……かんむり?』
『そうよ! 見て!』
寝台に飛び上がる勢いでフローラのもとへ駆け寄れば、フローラはゆっくりと体を起こして私を迎えてくれた。
私が差し出した花冠に、か細い指を伸ばしてそっと両手で受け取る。病弱な彼女が持つと、花冠もずいぶん重そうに見えた。
『きれい……わたしにくれるの? おねえさま』
『そうよ! あなたに渡したくて作ったのだもの。アルもお花を摘んでくれたし、お義兄さまは作り方をおしえてくださったのよ!』
『俺はもっと出来のいいものを渡すように言ったからな』
いつの間に近づいてきていたのか、アルフレートが私の隣から顔を出してフローラに告げる。フローラはくすくすと笑いながら花冠を抱きしめた。
『じゅうぶんきれいだわ。ありがとう、おねえさま。アルフレートお兄さまも、リアンお兄さまも』
『ジゼル、フローラの頭に載せてあげるといい』
『そうするわ!』
お義兄さまに促されて、フローラの白金の髪の上にそっと花冠を載せる。フローラが花冠をつけると、本当に妖精になってしまったかのような可憐さだった。
『とってもかわいいわ! 鏡を見て!』
サイドテーブルの上に置いてあった手鏡を取り出し、フローラの顔の前に掲げる。彼女はほんのすこし気恥ずかしそうにはにかみながら、そっと鏡を覗き込んだ。
『ね? ね? かわいいでしょ?』
『うれしい、おねえさま……。わたし、大切にするわ』
『きっとすぐに萎れちゃうから、また新しいのを作ってくるわね。今度は三人それぞれでつくって、フローラに選んでもらうのもいいかもしれない!』
フローラの細い肩に手を添えて、新たな遊びを提案する。フローラはくすくすと笑いながら頷いた。
『今度は、おねえさまがつけてほしいわ。おねえさまの銀の髪には、何色のお花でも似合いそう』
『じゃあ今度はジゼルとフローラにお揃いの花冠を作ってあげようか。僕とアルで』
お義兄さまが悪戯っぽくアルフレートに視線を移せば、素直じゃない彼は大袈裟なため息をつく。
『俺もまた作るのかよ……』
『ふふ、とってもたのしみだわ。勝負しましょうね、アル』
彼の溜息を拭うように、アルフレートに詰め寄れば金の瞳が僅かに揺らいだ。そうしてふい、と視線をそらされてしまう。
『そこまで言うなら仕方ないな……』
『アルはジゼルに甘いよね』
『将来はおねえさまにふりまわされそう』
側から見ていた二人が口々に好き勝手なことを言う。それにアルフレートが噛み付いて、私はまた小さく声を上げて笑うのだ。
紛れもない、二度と手に入ることもない、幸せな記憶だった。
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