エピローグ 未来
大介は別に、自分が直史に勝ったとは思っていない。
メトロズがアナハイムに勝ったのは事実で、そしてその過程で直史からホームランは打った。
だがそれが即ち、どちらが上かを決めるものとなるとは思っていない。
勝ったり負けたり、それが野球だ。
大介にしても打率は五割には届かないし、ホームランも一試合に一本も打てない。
「いやいや、あんた何言ってんの」
ワールドシリーズMVPに選ばれた大介に、遠慮のない義弟武史からの言葉である。
打率0.407 出塁率0.483 長打率1.222 OPS1.706
ワールドシリーズ全七試合で、打ったヒットは実はたったの11本。
だが二塁打が五本、三塁打が一本、ホームランが五本。
全てのヒットが長打であった。
七試合で合計18得点であったが、大介による打点は8点。
最終戦でサヨナラホームランを打っていて、それで負けたとは言いがたい。
だがここに面白い数字がある。
全七試合の、メトロズとアナハイムの得点である。
メトロズは前述の通り、18点を取った。
だが最終的に負けたアナハイムは、なんと26点を取っていたのである。
つまりメトロズは接戦はものにして、負ける時は派手に負けていた。
直史は四試合に先発し、三勝一敗。
一試合はノーヒットノーランを達成しているのだ。
世間一般の評価としては、直史に勝ったとはあまり言われていない。
あくまでもメトロズがアナハイムに勝ったのだ。
ニューヨークではパレードなどをして、優勝を祝福した。
あとはイベントこそ色々とあるが、今年の野球はこれで終わりだ。
もっともいいことばかりではなく、ロスアンゼルスからアナハイムに戻る直史は、右腕を吊っている写真に写っていた。
慌てて確認したところ、単なる炎症で二週間の安静だという。
実は武史もそこまでではないが、一週間はノースローと言われていた。
筋肉痛で動くのが辛いと、180球以上を投げたピッチャーは言っていたのだ。
しかしこれが肩や肘だけではなく、全身に満遍なく広がっていたあたり、負荷がちゃんと全身に分散された投げ方をしている。
もしも高校時代にセイバーの指導の下で手に入れたフォームが合理的でなかったら、これ以前に致命的な故障になっていたかもしれない。
あのワールドシリーズがよほど印象的だったのか、大介はオフシーズンに入って、あちこちからパーティーに呼ばれることになったりした。
いわゆるセレブの集まりのようなものであるが、基本的に大介は断っている。
ただ昔からの知り合いに呼ばれると、普通にツインズを連れて参加することもある。
「二年前より影響大きかったのか?」
「何を今さら」
「お兄ちゃんに勝ったのに」
野球バカである大介は、そのあたりが分かっていない。
ツインズが頭脳として存在するのは、彼にとっての最も幸運なことであろう。
ツインズはそれを押し付けようとはしないし、大介も特に意識をしていないが。
呼ばれたのが音楽芸能関係であると、だいたい武史と恵美理の夫妻に会うことが多い。
イリヤを通して大介は、アメリカを中心としたミュージシャンとつながっているのだ。
そしてそれは、間接的にだが恵美理ともつながっている。
「そろそろ英語分かってきたか~?」
「分からないから奥さんに頼りっきりだよ」
「まあ習うより慣れろって言うしな」
こういう場所では織田に会うこともあり、ケイティは直史も招待しているらしい。
しかし休養のために、アナハイムを動こうとしないのだとか。
実際は単に、日本に帰る準備をしているだけだろう。
直史はまだMLBにおいては様々な式典が残っている中、日本に帰ってしまった。
武史はようやく調子が戻ると、家族連れでニューヨークのあちこちを巡っているらしい。
そしてメトロズは武史にも、早くも契約の更新をちらつかせてきた。
今年の武史の成績は、年俸に比してあまりにも貢献度が高い。
最終的には、直史に土をつける形にすらなったのだ。
もっとも武史の場合は、最初から契約年数がやや長い。
なのでさすがに今年は、まだ動かないかもしれない。
ワールドシリーズの終わった翌日からもう、メトロズのフロントは来年の戦力編成に動いている。
メトロズで今年、FAになるのはピッチャーではウィッツにレノン、バッターではシュミット、ペレス、シュレンプの主軸三人となる。
先発ローテの柱が一人に、クローザー。
何より打線陣の三人が抜けるのが、あまりにも痛い。
ただそこは大介が、どうこう言ってどうにかなる問題ではない。
もっとも戦力の確保には、大介の年俸が影響してしまう。
今年の大介の年俸は、まず3000万ドル。
そして普通なら無理だという記録を様々に残して、インセンティブが1580万ドルもついた。
メトロズはぜいたく税を払いたくないなら、他の選手の年俸を抑える必要がある。
もっともオーナーのコールは、そんなことは知らんと全力で、戦力を整えていくかもしれないが。
特にシュミットに関しては、早々に代理人との話が進んでいるらしい。
もっともようやく手に入れたFA権、シュミット本人はともかく代理人は、かなり粘ってくるだろう。
あとはピッチャーをどうするか。
ウィッツほどではないが、今年もほぼローテを守ったオットーとスタントン。
この二人も来年でFAになるので、それも見据えてピッチャーは集めておかなかければいけない。
もっともメトロズのピッチャーは、ジュニアにワトソンという二人が、次代の先発として期待されている。
武史を含めれば、五人までは先発がいると考えていい。
重要なのはリリーフ陣と、そして野手だ。
特に中軸を打てるバッターをどうするか。
来年で36歳のペレスと、39歳のシュレンプ。
今年も二人の成績は、去年に比べてやや下がっていた。
ここで新しく大型契約を結ぶのは現実的ではない。
ペレスとシュレンプがファーストとサードであることを考えると、もっと若手の打てるバッターで、そこを守れる選手はいるだろう。
もちろん一番いいのは、マイナーからの生え抜きが、二人のポジションを奪うことだが。
ワールドシリーズでも代打でホームランを打ったラッセルなどが、その候補になっている。
もっとも守備が雑なので、DHで使おうかという話にもなっているのだが。
今年はDH枠は、もうかなり年齢が高くなり、疲労が心配なシュレンプが使うことも多かった。
打撃力も投手力も、今年ほど圧倒的な数字は期待できない。
ただペレスもシュレンプも、ある程度の期待は出来る選手ではある。
それでもチームの若返りを考えるなら、放出はありうる話なのだ。
今年の大介は、やはり去年や一昨年のように、様々な賞に選ばれた。
タイトルにしても三冠達成に、ゴールドグラブ賞、シルバースラッガー賞、盗塁王、ハンク・アーロン賞、そしてナ・リーグMVP。
NPB時代から数えても、大介は12年連続で、ホームラン王に輝いている。
タイトルではないが、去年と同じく200本安打も達成した。
最高出塁率や、最高OPSなども大介の数字である。
そしてショートという守備指標が高くなるポジションに、走塁での貢献。
打点王であるのに、得点の数はその五割り増しといったぐらいなのである。
直史はどうしても、投手としての指標でしか評価されない。
またア・リーグでは四割近い打率などを残したブリアンも、守備と走塁での貢献は大介にははるかに及ばない。
両リーグを含めて見た場合、大介は圧倒的な貢献度を残している。
様々な数値から計算すると、大介がもし平均程度の選手であれば、メトロズの勝ち星はあと30は減っていたであろうとも言われている。
そしてナ・リーグのサイ・ヤング賞と新人王には、武史が選ばれた。
奪三振記録の更新や、レギュラーシーズンの26勝0敗。
まさに相応しい数字を残して、そして最後にはワールドシリーズで、直史を相手に勝ち投手となった。
武史がいなければ、メトロズが優勝できなかったことも間違いはない。
なおワールドシリーズMVPを受賞したのは大介であるが、ここで不思議なことが起こった。
ワールドシリーズで最も顕著な活躍を見せた選手に贈られる、ベーブ・ルース賞に、直史が選ばれたのだ。
MVPはワールドシリーズの最終戦終了後に、その場で発表されるものだ。
しかしベーブ・ルース賞が発表されるのは、しばらくしてからのことなのである。
考えてみれば直史は、ワールドシリーズで三勝している。
そして最終戦も、14回までを投げていたのだ。
これだけのピッチングをした選手に、何かが送られるべきだとか、そう考えられたわけではない。
単純に各種指標から計算した貢献度が、直史が一番高かっただけだ。
39イニングを投げて、わずかに四失点。
単純に防御率が、1を切っている。
それなのに負けてしまったのは、去年と違ってメトロズに、武史がいたからだ。
直史以外が一つでも勝てば、アナハイムは優勝していた。
それも21世紀以降は一度もない、連覇だったのである。
アナハイム首脳陣についても、最終戦の大介との対決以外は、もっと他の選択があったのではと、色々と言われている。
もっともあの最後の対決に関しては、勝負を回避しなかったことを、批難するものはいない。
アメリカのベースボールである。
大介はこのオフ、特に球団と交渉することなどもない。
なので色々な人間に、色々とお呼ばれをしていた。
もっとも凝ったパーティーよりは、身内で騒ぐ方が好きであったが。
三年目ともなれば大介も、地元にお気に入りの店などが出来たりする。
日本食が食べられる店であったり、中華の店であったりするが。
安くて美味い店に、彼は出没する。
なんだかんだとニューヨークの危険度も、おおよそ分かってきた大介。
さすがに狂信的なナオフミストも、彼を暗殺しようなどとはしない。
ワールドシリーズの最終戦、直史と大介は握手をしていたのだ。
11月の下旬には、各種セレモニーも終了した。
社交的というか、壁のない性格の大介は、本人にその気はないながらも、人脈が増えていった。
すると中には、たかるように群がってくる人間もいるわけだが。
ただ大介は野球以外の判断は、基本的にツインズと相談して決めている。
そのツインズでも難しいとなると、直史なりセイバーなり、あるいは他の専門家に、助言を求めるわけであるが。
日本に帰国する前に、チームのフロントの動向などは、色々と伝わってきていた。
結局メトロズは、ウィッツやペレス、シュレンプを残さないようであった。
ただシュミットに関しては交渉中で、残留の気配が濃い。
大介としても自分のすぐ後ろを打つ、シュミットがいてくれるのはありがたいのだが。
メトロズはどうも、出塁率の高いバッターを取って、九番か一番に入れたいと思っているらしい。
大介の前に、ランナーがでるパターンを作りたいのだ。
もしランナーがいれば、大介をそのまま歩かせた場合、ランナーも得点圏に進む。
大介の長打力を活かすには、やはり一番バッターではなく、二番に置くことも考えるべきなのだ。
日本に帰ってきた大介は、一つの質問に何度も遭遇することになる。
果たしてあの勝負で、大介と直史の上下が、決まったのかというものである。
「んなわきゃーない」
大介としては、そう答えるしかない。
あの打席では、大介がホームランを打って、チームの優勝を決めた。
だがそれがプレイヤーとしての上下だなどと、言えるはずもないのだ。
ピッチャーとバッターの関係を言うならば、17打数の四安打と、あまりいい対戦成績ではない。
それでも直接対決で、二本のホームランは打っているのだが。
勝負を決めるPOGならば、確かに大介が勝ったのだろう。
しかしそれは、あの試合だけの話である。
同じバッターであっても、対戦するピッチャーや、本拠地球場などで、その成績は変わってくる。
直史以外の相手からは四割打てる大介が、そこまで封じられてしまった。
しかし勝負強く、最後の一打は打てたのだ。
あの最後の一球、目を閉じて打ったつもりの大介であるが、直史にそう伝えた後、本当にそうだったかの確信が持てなくなっている。
ボールを見ずに打つというのは、ありえないことであるのだ。
盲目の剣客とは、そもそも問題が違う。
音速よりははるかに遅い球速であっても、音で捉えることなどは出来ない。
するとやはりあそこで大介が打てたのは、第六感に頼ったものではなかったのか。
完全にオカルトの世界であるが、それを否定しきれないのが大介である。
たとえばイリヤなどは、目を閉じていても普通に歩くことが出来たりした。
聴覚に彼女の感覚は、大きく依存していたのだ。
もっとも大介に、そんな感覚はない。
ただゾーンの深いところに潜り、さらに直史と対決した。
あの感覚は、もう二度と感じることはないのではないか。
「後遺症みたいに、どうもしっくり来ないんだよな」
大介はそう言って、バットを振っている。
日本に戻ってきて、母のところや祖母のところに顔を出して、それから佐藤家にやってきた。
こんな状況であっても、もちろん大介はバットを持っている。
そして素振りをするわけであるが、明らかに感覚がおかしくなっている。
これは実は直史も、似たような状況になっていた。
もっともこちらの場合は、安静を医師から言われて、その間に筋肉や腱が、硬くなってしまったからであるが。
若かった頃と違い、30歳にもなるとある程度、回復力も衰えてくる。
ただあの対決は、全力を出しすぎたために、お互いの何かを削り過ぎてしまったという感覚はある。
「どっかのリーグに顔出してこようかな」
MLB参加のリーグで、調整しようかな、などと大介は言っている。
もっともそれでも、年末年始はこちらで過ごすつもりだが。
どちらのチームも最高の状態で、ワールドシリーズで対決するという勝負は終わった。
来年はチームを再建しながら、どうにかまずはポストシーズン進出を考えなければいけない。
今年はインターリーグでの対決があったが、来年にはそれはない。
つまりワールドシリーズか、あとはオールスター以外に、対決の機会はないのだ。
約束の五年間。
最後の一年が、迫ってきていた。
第六部 了 第七部Bに続く
予告
「スランプ?」
「またまたご冗談を」
直史との対決は、明らかに大介の肉体に異常を引き起こしていた。
「かと言ってマイナーで調整もないだろう」
「いや、普通に三割打っていて、何がスランプなんだ?」
本人のみが感じる、オープン戦での違和感。
「最後の勝負だ」
第七部B MLB編に続く
https://kakuyomu.jp/works/16817139558057657396
これにて第六部完。よろしければ評価などお願いします。
また近況ノートで色々と予定を書くかもしれません。
エースはまだ自分の限界を知らない[第六部B N・L編] 草野猫彦 @ringniring
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