第137話 観戦

※ AL編137話を先にお読みください。


×××



 VIP席で食事をしながらミネラルウォーターを飲む。

 アナハイムのオーナーであるモートンは、試合の展開にはご満悦であった。

 食事を終えて時間が経過し、アナハイムがリードしてくると、ワインをグラスで飲み始める。

「なんだ、やはり勝てるじゃないか」

 わざわざ客席に行ってまで、観戦するものではない。

 こうやって中継も見ていれば、様々な情報を入れながらも、試合を楽しむことは出来る。


 第三戦は先制したのに、逆転負けという嫌なものであった。

 モートンはショービジネスの世界で財をなしただけに、野球についての知識も造詣が深い。

 ただしそれは彼にとって、実感ではない。

 悔しさや怒りすらも楽しむという、そういうものではなくなってしまった。

 ビジネスとしてどれだけ有益であるのか。

 それがスポーツとしてもどれだけの価値があるのかと、混同してしまっている。


 この三年で最も球団としての価値を高めたのは、メトロズである。

 ほぼ最古参で最も多くのワールドチャンピオンとなっているラッキーズと、完全に観客が競合するニューヨークのチーム。

 だが大介が三年前に入り、オールスターよりもはるかに前から、完全にチケットが売り切れるようになっていた。

 接待などでぎりぎりまで、良い席は残っていたりするのだが、それも全て埋まっているのだ。

 そう、売れるだけではなく埋まっているのだ。


 一年目の九月にはあの、悲劇的な事件のために、大介が離脱することはあった。

 その時はわずかに、チケットは売れても埋まらないということがわずかにあったらしい。

 MLBの人気チームのチケットも、特に高い席というのは、上客の突然の注文に対応するため、ある程度抑えられている。

 そこまでの動員数を誇るメトロズは、二年目までにスタジアムをどうにか増築した。


 そしてアナハイムにおいても、直史のおかげで似たような現象が起こっている。

 ただ直史は先発ピッチャーのため、毎試合出るわけではない。

 だが一人のスタープレイヤーの輝きは、他のプレイヤーも輝かせる。

 直史が投げている間に打って点を取ってくれるバッターは、やはり人気になっていくのだ。

 ターナーのブレイクが、それに重なったのも良かった。


 ちなみにわざわざ日本から、アナハイムで観戦するためのツアーでやってくる者もいる。

 なんでも日本ではナオフミストと呼ばれていて、球場における佐藤直史は、神の降臨した存在であると信じる、異端なのか異教なのか、どうにも判断のつかない者がいるらしい。

 ただ実際にその投げている様子と、残している実績を見れば、まさにスタジアムにおいては神とも言える存在だ。

 パーフェクトの複数回達成など、これまでどんなピッチャーもやって来れなかった偉業を成し遂げている。

 またシーズンを通しての成績でも、過去に例がない存在なのだ。


 同じ日本人で、反対の東海岸で、ピッチャーではなくバッターとして活躍している大介も、打撃記録の多くを更新した。

 あの小さい体でよく、とも思うがメトロズはその勢いに乗って、ワールドチャンピオンにまでたどり着いた。

 そんな最強のメトロズ相手に、去年のアナハイムは勝ったのだ。

 去年のメトロズだけが持っていた記録。

 ワールドシリーズ連覇を狙う権利。

 それは同じく去年優勝した、アナハイムだけが持っている。

 しかし果たしてこのワールドシリーズ、勝てることが出来るのか。


 さすがにビジネスとして考えるモートンでも、直史の投げる試合はスケジュールを調整し、全てリアルタイムで見ようとした。

 ブリアンにホームランを打たれた時は、地団太を踏んで悔しがったものである。

 学生の頃にわずかにやっていたモートンとしては、他のMLBのスーパーエースと比べても、直史の異質さは分かる。

 彼にとっても分かりやすい最強のピッチャーとは、去年の上杉のようなピッチャーなのだ。


 直史のようなピッチャーは、いったいどう呼べばいいのか。

 精密機械、魔術師、ザ・パーフェクト。

 ヒットこそ許したものの、メトロズに勝利したそのピッチング内容は、一点も許さなかった。

 今年はよりその成績は向上し、先発した試合で全て勝利するという、離れ業どころでない結果を残した。

 ポストシーズンでは難しい場面でリリーフし、ブリアンをしっかりと抑える姿も見せた。

 今年のポストシーズンも、四先発の四戦全勝。

 ホールドを二回、セーブを一回記録している。

 まるで魔法を見ているような気分だ。ワインでほろ酔い気分のまま、モートンは試合を観戦する。


 ただその曖昧な思考の中でも、よりビジネスを拡大していくことは考えている。

 一番に必要なのは、直史を長く所持すること。

 三年契約を結んでいたが、来年でそれは切れてしまう。

 ここまでの実績を見れば、五年で二億5000万ドルか、七年で三億ドルといった年俸でも、それほどおかしくはないだろう。

 直史のようなタイプのピッチャーは、パワーだけで抑えるわけではないので、故障はしにくいはずなのだ。

 契約が切れてFAになってしまえば、あるいはこれ以上の金額を出すチームも出てくるかもしれない。

 だが今の時点で新しい契約を結ぶチャンスがあるのは、アナハイムだけなのである。

 なんとしてでも、長期契約を結んでみせる。

 現在30歳の直史が、ピッチャーとしての全盛期を保てるのは、おそらく長くても37歳ぐらいまで。

 もっとも技巧派のピッチャーであるだけに、マダックスのように40歳を過ぎてからも投げていくことは出来るかもしれないが。

 出来ることならキャリアの全てを、このアナハイムで送ってほしい。

 パフォーマンスが一定以上であるなばら、それこそ引退するまで。

 トレードで選手を入れ替えてチームの強さを保つのは、それはそれで一つの正統派の手段である。

 だが少しばかり衰えても、それでも保持しておきたい選手というのは存在する。

 西海岸のカリフォルニア州は、比較的人種差別なども少ない。

 かつては問題になったこともあるが、現在ではかなり穏当な扱いになっている。

 直史一人の宣伝効果は、年間5000万ドルの年俸よりも大きいものだ。

 モートンは取らぬ狸の皮算用を続けているが、本人としては充分に勝算があると思っていた。




 VIP席ではないバックネット裏で、セイバーは試合を見ていた。

 だがこんな準VIP席とまで言える席も満員であると、誰かにこの席は譲って、自分もVIP席で見ていた方が良かったかもしれないとも思う。

 織田や本多などのメジャーリーガーもそこそこ近くの席で見かけたし、あとはブリアンなども来ていた。

 彼のミネソタからここまでは、アメリカを縦断するのに近い距離がある。


 一塁側と三塁側には、それぞれのチームの選手の家族たちが集まっている席もある。

 これが日本であれば、ツインズは音楽と共に踊っていたのかもしれない。

(あ、でもダメなんだ)

 イリヤの死と、椿の怪我を思い出す。

 もうかなり普通に歩くことは出来るらしいが、彼女たちの見せていた、浮かぶように踊るダンスはもう見られない。


 この試合の勝敗自体は、セイバーはおおよそ予測していた。

 直史に対してメトロズは、ジュニアではなくオットーを当ててきたのだ。

 次に中四日で、ジュニアを登板させる。

 つまり明日の第五戦のことである。


 アナハイムはスターンバックが投げてくるのだろうが、休養は中三日だ。

 ポストシーズンにおけるエース格のピッチャーの酷使は、プレイヤー経験のないセイバーの目から見ても、それなりにきつそうだ。

 ただ甲子園では中一日で、普通にエースが投げていることがあった。

 球数制限がなければ、上杉は一度ぐらいは、優勝が出来たはずなのだ。

 また大学野球絵も、直史が中一日で投げているのを見ている。

 せっかく高校では壊れないように投げさせたのに、大学は壊す気か、と思ったものである。

 もっとも甲子園では球数制限にこそ引っかからないものの、15回を投げた翌日に、完投したりもしていたが。

 あれはセイバーの采配ではない。


 セイバーが意識していたのは、試合の勝敗ではない。

 直史と大介の対決もいいが、それよりはアナハイムのFMの判断を考えていた。

 強打のメトロズ相手とは言え、充分に点差が開いたのだから、他のピッチャーを使うべきであると思ったのだ。

 特に六点も差がついてしまえば、いくらなんでも他のピッチャーでも抑えられるはずだ。

 ここで直史を温存すれば、第七戦までにはより回復した状態で使える。

 あるいは第六戦で使うことも出来ると思ったのだ。


 そのあたりはセイバーも、直史を酷使するつもり満々である。

 だが酷使をするにしても、勝てるように使わなければいけない。

 去年の第七戦は、九回の途中で直史は交代したではないか。

 あれは本人に故障の自覚があったからだが、そのあたりは先にベンチが判断してもいいのではないか。


 第一戦にしても、最終的なスコアは4-1だ。

 満塁ホームランで逆転出来る点差であるが、そこのリスクは取っていくべきであったろう。

 気分としては分からないでもないのだ。

 直史が完全にメトロズを封じれば、次の第五戦にまで響くかもしれない。

 アナハイムとしてはどうにか第五戦を勝利し、最悪でも第七戦まで試合があるようにしたい。

 第六戦はニューヨークに戻り、さらに移動日があるので勢いも少し止まる。

 なのでこの第四戦の勢いのまま、どうにか第五戦も勝ちたいのだろう。


 先にリーチをかけた方が、当然ながら有利になる。

 ただアナハイムのFMの采配は、投手運用の仕方がおかしいのではないか。

 まるで他のピッチャーにまで、直史と同じことが出来るような。

 そんな錯覚をしているならば、最終的に敗北するのはアナハイムの方である。


 第二戦、アナハイムは途中までリードしていた。

 第三戦、先制したのはアナハイムの方であった。

 そしてどちらも大介にはホームランを打たれている。

 直史があそこまで勝負してくれているのだから、他のピッチャーは申告敬遠で歩かせればいいだろうに。

 そう思うのは自分が、やはりプレイヤー経験がないからだろうか。


 短期決戦は統計が役に立たないことがある。

 だが逆に短期決戦用に、データを活用することが出来る。

 セイバーがやってきたのは、そういうものである。

 なのに現場では、その戦術を活用できていない。

 勝利のための確実な道を、なぜ進もうとしないのか。

 セイバーとしてはどうしても、謎に思える部分である。




 第四戦が終了した。

 アナハイムは6-0で圧勝し、直史はノーヒットノーラン。

 マダックスで球数は少なめで、それほど消耗したようには見えない。

 だがインタビューまで聞いていれば、直史の意識が朦朧としていたのが分かる。

 脳のエネルギーが、もう足りなかったのではないか。


 そういった脳の使い方などは、将棋では聞いたことがある。

 糖分の補給のために、棋士は様々な用意をしておく。

 そして巨大な器官である脳は、大きなエネルギーを消耗する。

 直史の場合は、そういうピッチングをしているのではないか。


 肉体の消耗は、今年はそれほどではないのかもしれない。

 だが精神、それが宿る脳というのは、やはり消耗しているのではないか。

(いっそ私がFMをやっていれば)

 さすがにそれは無理だな、とセイバーは思う。


 第五戦に負けたら、アナハイムの首脳陣はどうするのか。

 中二日で直史に投げさせるというのも、悪くはない選択である。

 ヴィエラを中四日休ませれば、武史が投げてきてもそこそこは対抗できる。

 そして直史をリリーフで使えばどうなるだろうか。


 どちらを応援するか、という話ではない。

 だが戦力の運用については、セイバーはアナハイムを応援している。

 投手の運用によって、ポストシーズンの勝敗は決まる。

 ワールドシリーズも半分以上が終了した。

 今年のチャンピオンの決定まで、残り三試合である。

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