第118話 スタート

 おそらくこれが、MLB史上最強のチームである。

 メトロズの関係者は、誰しもが口を揃えてそう……言わない。

 去年もそう思っていたのだ。

 だが結果はアナハイムに最終戦で敗北。

 今年はアナハイムにそれなりのゲーム差をつけた。

 メトロズは128勝、アナハイムは123勝。

 絶対的な実力差、などと言えるだろうか?


 去年のアナハイムは、ポストシーズンをスウィープでワールドシリーズに到達した。

 一方のメトロズは、トローリーズに敗北している。

 そしてワールドシリーズでも常に先制されていたわけだが……つまるところ直史が三勝したのが最大の勝因である。

 直史を打てなければ勝てない。それはメトロズ首脳陣の認識だ。

 あれを打てるというのか?

 もちろん打てる。去年の試合でも、ヒットは打たれたしフォアボールもあったのだ。

 だが打てるというのが得点につながるかというと、そうでもないと言える。


 ナ・リーグの勝率と地区優勝からなるシード順である。

 第一シード ニューヨーク・メトロズ

 第二シード ロスアンゼルス・トローリーズ

 第三シード セントルイス・カジュアルズ

 第四シード サンフランシスコ・タイタンズ

 第五シード ミルウォーキー・ビールズ

 第六シード アトランタ・ブレイバーズ


 西地区からは三位のサンディエゴが出てくる可能性もあったが、どうにか東地区二位のアトランタが勝率で上回った。

 だがサンディエゴとの差はほんのわずかなものであった。

 メトロズが最初に対決するのは、サンフランシスコとミルウォーキーの対決の勝者。

 もしもサンフランシスコが勝ち、向こうからトローリーズが勝ち上がってくれば、完全に去年のポストシーズンと同じ対戦になる。


 ア・リーグはまだ東地区でボストンが、中地区でミネソタが、順位を上げた。

 しかしナ・リーグは上位のチームはほとんど変わっていない。

 順位こそ多少は変化したものの、メトロズとポストシーズンで対戦するのは、全く変わらないのではないか。

 トローリーズとサンフランシスコは、共に100勝前後。

 どちらが強いかと言うと、やはりトローリーズだろう。

 チームとしてはおそらく、トローリーズと対戦しても負けない。

 だが去年のポストシーズンと、今年のレギュラーシーズン。

 メトロズは本多を打ち崩せていない。


 本多は今年15勝と、かなりの勝ち星を上げている。

 エースであるフィッシャーと二人で、20個も貯金を作っているのだ。

 リリーフ陣が強くて、勝ち星をあまり消されていないという運のよさもあるだろう。

 全力で投げるポストシーズン、メトロズも油断できる相手ではない。


 ポストシーズンの初戦で戦うのは、まずミルウォーキーかサンフランシスコ。

 打力に秀でたサンフランシスコだが、投手力では落ちる。

 殴り合いになったとしたら、メトロズが負ける要素などないだろう。

 武史が一試合でも完投してくれれば、おそらくそれで勝てる。


 ただ気になるのは、リーグチャンピオンシップに出てくるのはどこなのか。

 レギュラーシーズンの勝率から見れば、トローリーズなのだろう。

 しかし固定観念で物事を判断するのは危険である。

 セントルイスもアトランタも、弱いチームではない。

 それに重要なのはリーグチャンピオンシップではない。

 ワールドシリーズに進出して、今年こそアナハイムに勝つことだ。


 機会はあと一年残っている。

 しかしお互いのチームの、戦力の更新時期が今年にある。

 直史が全て勝っても、30勝ちょっと。

 残り50勝以上は他のピッチャーで勝てなければ、アナハイムはポストシーズンに進むことも出来ない。

 強力なエースはレギュラーシーズンではなく、ポストシーズンこそ役割が大きくなるのだ。




 今年のメトロズは大介を一番バッターにして、とにかく相手に先制するような打線にした。

 そして大介は、MLB記録こそ更新しなかったものの、自分のシーズン打率を更新した。

 打率0.423 

 もはや異次元の記録である。

 ただそれにもかかわらず、長打率とOPSは去年よりも落ちた。

 やはりホームランを打たないと、長打率は上がっていかない。

 打率を気にするよりも、まずは点を取りに行かなければいけない。

 大介にとって飛距離を出せばいいホームランは、それほど難しいものではないのだ。

 出塁率0.648 長打率1.004 OPS1.653

 出塁率は去年の自分が更新した、MLB記録を更新している。


 得点に絡む数値では、打率よりもOPSと言われて久しい。

 得点303点は記録更新で、もちろん初めての300点オーバー。

 打点183 ホームラン71 盗塁110 

 このあたりも自己記録は更新していないが、リーグで一番だったのは当たり前である。

 間違いなく今年も、各種表彰を受けるであろう。

 

 大介は日本のマスコミからの取材を受けることもある。

 すると日米通算ならば、盗塁記録もそろそろ抜くだろうと言われている。

 現時点で963個。

 来年も今年と同じだけ走れば、日本記録に達する。

 日米通算記録を語るとアメリカ人はバカにしてこようとするが、大介には通用しない。

 NPB時代よりもMLB時代の方が、成績は上がっているからだ。

 さらに言えばMLBのように、やたらと勝負を避けられることもない。


 今年は199個と、異常なまでに敬遠された。

 NPB時代の敬遠は、最も多い年でも61個。

 どちらのピッチャーが逃げているかは、これらの数字からも明らかである。

 ただ試合数はMLBの方が多いので、積み重ねる記録はこちらの方が出しやすい。

 また現在のMLBは打高投低の傾向にあるので、大介に五打席目が回ってきやすい。

 そういうことからもMLBのほうで記録が伸びる要素はあるのだが、打率やOPSで圧倒的にNPB時代より優れた成績を残していれば、どちらのリーグの方がピッチャーのレベルが高いかは、明らかになってしまう。


 ただ大介以外のバッターは、NPB時代より数字を落としている。

 それは織田やアレク、また井口に樋口なども同じことだ。

 もっとも樋口の場合、決勝打点というあまり意味のない数字を見れば、ほぼ変わらなかったりするのだが。

 大介の力は、周囲のレベルに合わせてむしろ上昇していく。

 現象だけを見ればそういうことになるのだが、肉体的なパフォーマンスを考えれば、そんなことはありえないはずなのだ。

 ただMLBのピッチャーは、確かにNPBより平均球速などは優るが、ピッチャーとしてはかなり似ているタイプが多い。

 なので大介としても、対応がしやすいということはある。


 MLBでも40代になりながら、まだ技巧派として通用しているピッチャーはいる。

 もちろん日本人ではない、ドラフトからの生え抜きだ。

 アメリカは効率化を優先しすぎたため、ピッチャーの多様性を失ったのではないか。

 それが今の直史を打てない理由の気がする。

 大介でさえNPB時代は打っていないので、他のピッチャーを責めるというのも違う気がするが。

 




 そしてもう一人、一年目として新人王が確実視されるのが武史だ。

 28登板28先発26勝0敗。

 22完投18完封。

 247イニングを投げて509奪三振。

 とにかく三振に関する記録が、圧倒的過ぎた。


 上杉がポストシーズンに26奪三振などしているが、一試合31奪三振はMLB記録であり、9イニングで23奪三振もレギュラーシーズンとしては新記録。

 奪三振率18.54というのも先発ピッチャーとしては歴代最高を記録した。

 防御率は0.32でWHIPは0.30

 被安打64、与四球10

 味方のエラーは直史よりも少ない。

 そもそも野手に球が飛ばないため、守備機会が少ないからだろう。

 ゴロよりもフライの方が、エラーというのは起こりにくい。

 そのあたりも味方のエラーには関係しているのだろうが。


 ナ・リーグの投手の中では、当然ながら一番である。

 勝ち星、防御率、奪三振の三つがMLBにおけるタイトルであるが、武史はこれを全て獲得している。

 誰一人文句のつけようのない、サイ・ヤング賞の絶対受賞者。

 ただこれがア・リーグにいってしまうと、奪三振以外は一つも、直史に勝っているものがなくなってしまうのだが。


 ピッチャー・オブ・ザ・マンスも休んでいた五月を除いては、全て受賞している。

 ただしア・リーグのピッチャー・オブ・ザ・マンスは全ての月で、直史が獲得しているが。

 パーフェクト二回、ノーヒットノーラン一回、マダックス三回。

 これも直史を除けば、歴代で最高の記録である。

 直史がいなければ、とは多くのピッチャーが言われることで、上杉がいなければ、の次に多い。

 NPBの打者で言うなら王がいなければ、NBAで言うならジョーダンがいなければ。

 ただ沢村賞を二度も取っているので、やはり歴史に残るピッチャーではあるのだろう。


 直史は来年で、アメリカを去る。

 武史はアメリカでの生活には色々と文句を言っているが、それでもNPBに戻って上杉と張り合うよりは、アメリカで頑張ったほうがいいだろう。

 年俸を考えても、MLBの方が圧倒的に多い。

 五年契約で三年目までは1000万ドル、四年目と五年目は球団のオプションとして2000万ドル。

 四年目と五年目に2000万ドルというのはメトロズのフロントは笑ったものだが、いまではそんな格安で一年使えるなら、いい買い物をしたとしか言いようがない。

 当の本人としては、日本に帰りたいなあと思いながらプレイをしているわけだが。

 普通の日本人プレイヤーは、とにかくMLBでやりたいと思って来る。

 直史もはやや例外的だが、上杉もMLB相手に自分の力を試したいとは思ったのだ。

 そんな中で金銭以外のモチベーションもないのに、MLBで通用している武史。

 鈍感さはタフネスにつながると言ってもいい。




 ポストシーズンでメトロズの初戦が決まるまでの間、武史はインタビューを受けることが多い。

 大介と一緒のこともあるが、単独で受ける場合もある。

 日本からのマスコミもたくさん来るが、同時期に来た火口よりも、武史の方が注目は高い。

 と言うか、大介や樋口と違って、武史はごく穏当にMLBに来ているので

 そもそもインタビューに応じてくれることが少ない直史とは、これまた違う。

 脇が甘いとも言えるが、記者たちはあまり悪意をもって武史のことは見ない。

 隙のなさすぎる直史や大介からこそ、その失言やスキャンダルを取り上げたいのだ。

 もっともアメリカのマスコミの場合は、恵美理が同席したりする。


 単なるおしどり夫婦というわけではない。

 恵美理の育った文化はヨーロッパの色を強く帯びていて、またアメリカの精神性も分かっているのだ。

 アメリカの文化の卑しいところは、セレブが叩かれることは、有名税として我慢しろ、というものである。

 もちろん単なる金持ちに対しては、遠慮というものがあるが。

 武史は基本的に、弱点や弱みといったものがない。

 スキャンダラスな要素が、本当にないのだ。


 せいぜいが大学時代は、練習もせずに今の嫁さんとデートなどをしていたということか。

 女性関連のゴシップが全くないのは、アメリカのスーパースターとしては本当に珍しい。

 もっともアメリカの場合、敬虔なキリスト教の信者で、女性スキャンダルがないという選手はそれなりにいたりする。

 贅沢もさほどしないし、周囲への当たりも悪くない。

 大介などはさすがに英語が喋れるようになってくると、ユーモアを混ぜた皮肉を言えるようになってきたが、武史にはまだそれもない。


 ただスポーツ記者たちが取材して感じる、もどかしさは必ずある。

 武史はMLBを愛してなどはいない。

 MLBどころかその外の大枠の、野球自体にそれほどの興味がないのだ。

 厳しいシーズンのスケジュールであるが、先発の武史は絶対に登板しない日がある。

 そういう日にはマディソン・スクエア・ガーデンのみならず、遠征地のNBAチームの観戦に行っていたりする姿はみかけられた。

 あとは恵美理の趣味に付き合って、オペラやミュージカル、コンサートなどに行ったりもしたが。


 イリヤはポップスなどから、様々な分野の音楽に興味を持っていた。

 恵美理はそれに比べると、クラシックが専門となる。

 その次ぐらいに興味があるのがジャズで、ポップスはともかくメタルやラップなどには、感性が及ばない。

 武史は音楽に興味はないが、イリヤの音楽は好きであった。

 死ぬのが早すぎたな、とは武史もまた思うことである。




 ポストシーズンは始まったが、メトロズの出番はまだ先だ。

 もちろん調整のために、昼間は軽く練習はしている。

 だが夜になると、大介と武史はお互いのマンションを行き来したりする。

 子供たちを連れて行くと、歩けるようになった子だけでも、とんでもなくうるさい。

 だが大介と恵美理はともかく、武史とツインズはそれに慣れている。


 子供の頃からずっと、盆か正月のどちらか、あるいは両方に、佐藤家の実家に戻ってくる親戚は多かった。

 父方の係累をたどれば、田舎の屋敷にやってくる者は多かった。

 それも年齢を重ねれば、やってくる者は減っていったものだが。


 大介の場合、父方はかなり音信不通に近い。

 母方は祖母の家に、今では伯父夫婦が住んでいる。

 顔を出すことはあるが、泊り込むほどのことは珍しい。

 母の再婚先に対しても、似たようなものである。

 むしろ佐藤家に顔を出して、年末年始は過ごす。

 すると四兄妹の子供だけですごいことになるし、さらに従兄弟などもやってくると、とんでもないことになる。

 そんな人数でもしっかり寝床があるのが、田舎の屋敷のすごいところである。


 恵美理が楽器を演奏して、子供たちの反応を見る。

 その間に大介と武史は、アナハイムに対する作戦を考える。

 ワールドシリーズに勝ち上がるのが、アナハイムだなどと決まったわけではない。

 だがこの両者が対決しないことを、運命は許さないような気がするのだ。


 運命と言うのが非科学的と言うなら、共通の認識とでも言おうか。

 とんでもない勝ち星を上げてきた、二つのチームが対戦する。

 前哨戦となるようなインターリーグでは、メトロズが二勝一敗で勝ち越していた。

 だがお互いの最大戦力をぶつけ合う直史と武史が先発になった試合では、アナハイムが勝利している。

 その後に一度、武史が負傷者リスト入りしたことを考えると、勝ち越したとはいえ実力差などあってないようなものだ。


 メトロズの首脳陣がどう考えるのか。

 武史をどう起用するかで、ワールドシリーズは決まると思う。

「去年はジュニアをナオに当てていったけど、リーグチャンピオンシップの展開にもよるからなあ」

 アナハイム側としては、直史は二戦、出来れば三戦使いたいところだろう。

 なのでリーグチャンピオンシップでは、さっさと試合を終わらせてしまうことが求められる。

 この条件はメトロズも同じだが、レギュラーシーズンでの結果を見れば、もう一つの運用法が考えられる。

 武史を直史以外のピッチャーに当てるのだ。


 直史に勝つのは、不可能ではないにしろ、かなり難しいことだ。

 レギュラーシーズンで二年間無敗というのは、それだけ異常すぎる存在なのだ。

 また去年はポストシーズンで、ラッキーズとメトロズ相手に、一度ずつパーフェクトをしている。

 パーフェクトを食らったメトロズは、士気が喪失しかけた。

 それを上杉が強引に、相手をノーヒットノーランで抑えることで、奮起させたのだが。

 そこまでやってもさらに、直史は第七戦を無失点に抑えた。

 1-0でアナハイムの勝利。

 あれこそまさに、一人で試合を決めたことに近い。

 ワールドシリーズのMVPに選ばれて、当たり前の結果であった。


 大介は今なら、直史から一試合に一度か二度、ヒットを打つことは可能だろうと思っている。

 直史は今年、さらなる成長はさすがにしていない。

 もちろん経験をさらに積み、分析は樋口もいるので処理能力が増し、安定感はさらに高まった。

 これもまた、成長と言えるのかもしれないが、ハード的な成長ではなく、ソフト的な成長だ。

 ただし樋口という名のメモリは増量されたと考えるべきか。


 実際のところ、どちらが勝つのかは分からない。

 不思議なことに大介は、勝ちたいとは思わないのだ。

 自分が望むのは、ひたすら自分を相手にして、勝てるかどうか分からない好敵手との対決。

 それが叶えば結果などは、さほどの意味があるものではないだろう。


 そしてポストシーズンは進み、メトロズの対戦相手も決まる。

 去年と同じサンフランシスコだ。

 あるいは全く去年と同じ、ポストシーズンの対戦相手となるのか。

 その可能性はとても、低いとは思えないものであった。

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