第117話 不滅の記録
多くの不滅の記録が樹立されようとしている。
バッティングでは大介が、ピッチングでは直史が。
その中に武史も、わずかに参加している。
奪三振記録。
もしも去年上杉が、先発としてローテに回っていれば、先に更新したであろう記録。
記録というのは超える時は、本当に一気に超えてしまうものらしい。
残り一試合で九個の三振というのは、武史にとってはイージーすぎる。
そう思っていると序盤で危険球退場などをするのが、武史のイメージではある。
だがとりあえずは先に、大介の記録がどこまで伸びるか、それが注目されている。
去年の時点で大介は、得点、打点、ホームラン、出塁率、長打率、OPS、四球、敬遠のMLB記録を更新していた。
そして今年は己自身の、去年の記録を更新しようとしている。
既に抜いたのが、得点と敬遠。
あとは出塁率や長打率、OPSがどうなるかといったところか。
盗塁の記録も期待されていたが、九月に入って試みるのが控えめになり、おそらく無理だと思われる。
打率に関しても、そもそも当時とはスタイルが違ったため、二度と出ないと言われた四割バッターに、これで三年連続で到達している。
しかも去年の打率を上回りそうな数値。
規定打席には到達しているのだから、打率の更新だけを本当に狙うなら、早々に離脱していればそれで良かった。
もちろんそんな後ろ向きな理由で、大介が試合に出ないことはない。
アトランタとのダブルヘッダーでは、大介はホームランが打てていない。
だが翌日の第三戦では、ついに70号ホームランが出た。
ちなみにこれは、日米通算で800号ホームラン。
アメリカでは「ああまた70本になったのね」とそこそこ落ち着いたものであったが、日本では盛大に騒がれることとなった。
試合自体はアトランタが、乱打戦を制して勝利。
しかし既にメトロズは125勝という、昨年の記録をはるかに上回る勝利を手にしている。
大介から攻撃が始まるというのが、これほど効果的であるのか。
また武史が入ったことによる、投手陣全体の負荷の軽減も関係しているだろう。
今年の先発メンバーでは、スタントンがわずかに離脱した期間があったのと、武史が15日間の休みを取ったのみ。
一番優れたバッターは、一番に置くべきなのか。
少なくとも今のホームラン絶対主義のMLBでは、それも間違っていないようだ。
なお実は九番バッターは、長打はないものの打率と出塁率に優れた選手を入れている。
彼がランナーにいる時は、大介も長打を狙えばいいというわけだ。
そしてそれでも大介を敬遠するなら、ランナーが二人もいるところで、シュミットと対決することになる。
点を取る人間と、ホームを踏む人間。
それはホームランを除けば、違う選手に決まっているのだ。
アトランタとの最終第四戦。
ピッチャーはいよいよ500奪三振が期待される武史である。
今年は延長戦で無理をしたため、ローテを飛ばされることがあった。
負傷者リストに入って、27試合にしか投げていないのに、500奪三振。
来年問題なくローテをこなせば、もっと簡単に到達するのではとも思われている。
そもそも400奪三振に到達したことが、既に偉業なのだ。
上杉がNPBで記録した奪三振を、上回るためのピッチング。
やらかさないよな、と大介はそこそこ心配していたりする。
初回から武史が飛ばしていくことはなく、むしろ抑え目に投げている。
三人でしとめて、三振は一つ。
492
スタンドには垂れ幕を用意して、現在の武史の三振数を見せ付けるファンもいる。
そのファンにテレビのカメラも向かうが、そういったことをしているのは一人ではない。
初回から歩かされた大介が、盗塁してからヒットでホームに帰ってくる。
これだけでもうメトロズとしては、勝ったも同然という雰囲気になってくる。
確かに武史の防御率は1をはるかに切っており、確率的にはこれで勝利の期待値を超えたことになる。
もっともさすがに一点では、勝利したとは言えないだろう。
アトランタはそれなりに、いいバッターもそろえている。
だが二回にもしっかりと、三振を一つ奪う。
493
一試合に三振九つというのは、充分に多い数のはずだ。
だがそれを達成しなければ、500奪三振とはならない。
三回になると、アイドリングも済んでくる。
494 495
垂れ幕の数字が増えてきた。
今日の大介は、勝負してもらえない日らしい。
だが二点目を取るために、ボール球を強引に打っていった。
これで二点差となって、試合の行方はおおよそ見えてきた。
496 497 498 499
アトランタとしてもこの試合、もう落とすのは仕方がないと覚悟している。
ポストシーズンに進むのは、おそらく勝率六位となるであろう。
それは別に、悪いことではない。
ただ武史の記録に、貢献してしまうのが恐ろしい。
アトランタのピッチャーが交代すると、メトロズ打線も爆発してきた。
一気に追加点が入っていく中、大介の打球は野手の正面に飛ぶ。
もっとも内野でこれを受けた選手が、指を脱臼してしまった。
こうやって戦力を欠いたことが、アトランタが初戦のカードで敗退した理由となったのであろう。
500
スクリーンのモニターに、その数字が表示される。
ポストシーズンの試合のような、喧騒にスタンドが包まれた。
ただ守備の途中であるので、試合はそのまま続行。
501
そして自軍の攻撃が始まる時に、改めて花束などが贈られた。
『今の気持ちを誰に伝えたいですか?』
『いつも応援してくえる妻と、父親としてかっこよくありたいと思わせてくれる子供たちに』
もうここからは、一方的なものであった。
武史は八回までを投げて、18奪三振を奪った。
まだまだ投げられるところだが、ここで球数が100球に到達する。
シーズン記録は509にまでその数を伸ばした。
おそらく二度と更新されることのない記録。
試合もクローザーのレノンが〆て、5-0でメトロズの勝利。
残り三試合だが、武史の先発はもうない。
あとは大介が主役になる番である。
最終戦はフィラデルフィアとの戦い。
最後のカード、残り三試合である。
ただもう大介としては、主だったところの記録は更新できないな、ということが分かっている。
盗塁は110個。自己ベストが115個。
四球は303、自己ベストは311。
残り三試合である。
盗塁は故障のリスクがあるので、もうここまでくるとあまり試みるつもりはない。
メトロズはこの時点で126勝、アナハイムが120勝。
残り全敗しても、アドバンテージを失うことがないと分かっているのだ。
九月に入ってからのアナハイムは、ピッチャーを色々と試していたようだが、あまり手応えはなさそうであった。
だからもうチームの勝利ではなく、個人成績。
さらに言うならポストシーズンのために、手を抜いて試合を消化しても構わない。
思えば今年は、桜の出産に伴って、二試合を欠場していた。
その二試合があれば、盗塁は更新できていたかもしれない。
だがそれはMLB記録ではなく、自己記録。
特に更新する必要は、感じられないというものだ。
フォアボールに関しては、相手次第と言えるだろう。
フィラデルフィアもこうなると、ピッチャーは大介との勝負を避けないかもしれない。
もしも上手く打ち取れれば、それだけ評価につながるからだ。
打たれても元々、という気分になるのではないか。
だがそれは大介には、都合のいい考えであった。
大介を打ち取って名を上げるチャンスと、打たれて当然と思われるリスク。
MLBは案外、そういったリスクは避ける傾向にあるらしい。
それでも大介はボール球を打っていった。
そして去年と同じく、ヒットが200本をぎりぎりで超えた。
カードの勝敗は二勝一敗。
162試合が終了した。
128勝34敗。
勝率に直すと、79%。
今年の開幕にアナハイムが記録していた、90%にはさすがに及ばない。
だがシーズンを通して戦ってみれば、これぐらいの数字には収まるのだ。
ちなみにNPBにおける最高勝率は、直史の一年目であったレックスの75.5%だ。
もっとも一リーグ制の時代であると、さらに高い勝率で優勝したチームがある。
様々な戦力均衡精度が存在する現在、これほどの勝率が記録されるなど考えられなかった。
しかし現実となってしまったのは、原因ははっきりしている。
NPBからやってきた、スーパープレイヤーの個人能力だ。
大介は結局、この年も三冠王。
さらに最高出塁、最多盗塁を合わせて五冠王に輝いている。
最多安打は取れなかったが、本来MLBにはそんなタイトルはない。
一番バッターに大介を置くことは、とんでもない効果があるのだと分かった。
もっとも実はチームの平均得点を見れば、去年よりもわずかに下がっている。
メトロズが強くなったのは、今年はピッチャーのおかげなのだ。
武史は一人で、28先発して26勝0敗。
直史が異常すぎるが、武史も負けたものではない。
22試合を完投しており、それだけリリーフの負担を減らした。
武史が翌日に投げると分かっていれば、一点ぐらいのビハインドならば、勝ちパターンのリリーフを使うことが出来る。
そういったところで勝ち星を拾ったのだ。
平均失点が4.537から3.5に大きく下がった。
平均得点も6.58から6.53に下がったが、ほとんど誤差のようなものか。
ただ大介のホームランは、結局71本でフィニッシュ。
これでも歴代五位に入るほどの、圧倒的な数字ではあるのだが。
メトロズファンは今年こそ、と思う。
二年前にヒューストンを撃破して、メトロズはワールドチャンピオンになった。
さらに強くなったと思われた去年、年間の勝ち星の記録を更新しながら、ワールドシリーズではアナハイムにわずかに及ばなかった。
去年は1ゲーム差で、今年は5ゲーム差。
レギュラーシーズンでの戦力は、メトロズが上回ると考えてもいいだろう。
あとは短期決戦のポストシーズンで、どう戦っていくか。
メトロズにも不安要素はある。
同じナ・リーグの強豪トローリーズには、四勝三敗。
勝ち越してはいるが主戦投手の一人であるウィッツが負けたり、クローザーのレノンが黒星をつけたりしている。
そして本多相手に二度対戦し、二度とも負けているのだ。
ナ・リーグ第一シードであるメトロズは、五日間の休養がある。
この間に疲労を取ることは出来るが、同時に試合の間隔が空いてしまう。
これが良く働くか悪く働くか。
メトロズはレギュラーシーズンの終盤、アナハイムに逆転されないと分かってからは、やや流して試合をしていた。
だから疲労などはほとんど残っていないはずなのだ。
五日間の休養は、長すぎると考えた方がいい。
一方のアナハイムなどは、最終戦に直史が投げたため、五日間の休みを中五日として考えることが出来るだろう。
打線の方はやはり、五日間の休養は、試合間隔が空くことになるが。
どちらのチームも故障者がいない万全の状態。
果たして本当に強いのは、どちらなのか。
メトロズ側からしてみれば、投手運用も重要な問題となる。
武史を直史に当てるのか、それとも他のピッチャーに当てるのか。
スターンバックとヴィエラをどうにかすれば、メトロズが勝てる可能性は高い。
だがそういった作戦を、世間が受け入れるのか。
まだ、ワールドシリーズが始まったわけでもない。
それでも世間は、ワールドシリーズの対戦を、メトロズとアナハイムだと、信じて疑わなかった。
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