第115話 投と打

 ナ・リーグ東地区のチームとの試合が、残りのほとんど。

 最後の他の地区との試合は、ナ・リーグ中地区のベアーズ。

 ここからメトロズは休みなしの、アウェイ九連戦が始まる。

 投手陣は皆、とにかく怪我をしないことが重要になってくる。

 だからといって手を抜くのではなく、しっかりと試合感覚は持っておかないといけない。

 これがまた難しく、さほど打線が強力でもないはずのベアーズ相手に、一戦目をジュニアで落としてしまう。

「あれ~?」

 負けがついたのは自分ではないが、今のメトロズの流れでこうなるのか、と不思議に思うジュニアであった。


 野球はチーム力の差が、結果に出にくい競技のはずだ。

 また戦力の均衡も、MLBのシステムにおいてはかなり上手く成されている。

 それでも八割ほどは勝つ、今のメトロズは異常だ。

 第二戦はウィッツで勝利し、これで116勝。

 試合は残り16試合もあるが、もう去年までのレコードに並んでいる。


 だが第三戦は、オットーが崩れてそこからの建て直しがきかなかった。

 最多タイの117勝は、またもお預けである。

「う~む……」

 FMであるディバッツは、難しそうな顔をしている。

 ピッチャーは調整中とは言え、試合展開がスムーズにいかない。

 ポストシーズンは確実にリーグ一位で進めるが、アナハイムは勝率で迫ってきているのだ。


 ただアナハイムも、ここで足踏みをしている。

 勝てるピッチャーの時は確実に勝つが、微妙なピッチャーの時には負けている。

 なのでメトロズは勝率で、一位でいられる。

(勝率で逆転されそうになったら、アナハイムはどう動く?)

 レギュラーシーズンで最後、どうフィニッシュするか。

 それはポストシーズンに向けて、重要な課題なのだ。


 メトロズもアナハイムも、おそらくポストシーズンは第一シードで、少し試合に間が空く。

 そこは休みになるので、本来ならばありがたいことだ。

 だが実戦感覚というものも、忘れてはいけない要素だ。

 そして勝ちを手繰り寄せる感覚。

 そういったものを忘れてしまっては、ポストシーズンで勢いづいた相手に、まさかの敗北を食らう可能性もある。


 メトロズはポストシーズン、もちろん第一戦に武史を使うつもりだ。

 対戦する相手がどうなるか、正直なところは分からない。

 ぎりぎりまで勝率の変化はあるし、とりあえずトローリーズはないかな、と言える程度だ。

 最初のディビジョンシリーズで当たりそうなのが、セントルイス、ミルウォーキー、サンフランシスコのどれかになると思われる。

 あるいはアトランタが、順位を変えてしまうかもしれないが。

 とにかく必死になるのは、勝率の調整であろう。

 メトロズと対戦するよりは、トローリーズと対戦する方が楽。

 そしてトローリーズにまで勝てばその勢いでもって、メトロズを打ち破るか。


 勝ち残っていけば、どこかでメトロズが転ぶ可能性はあるのだ。

 野球というのはそういうゲームなのだから。そのはずなのだ。

 そのはずなのだが、どうも違うような気がしないでもない。

 それぐらい今年の、メトロズとアナハイムの勝率は異常だ。


 去年も記録を塗り替えたのだから、充分に強いチームではあった。

 そしてポストシーズンも勝ち進み、最強と最強の対決とはなった。

 だがわずかに勝率で劣っていたはずのアナハイムが、最後には逆転した。

 このあたり大介は、同じ感覚を日本で経験している。

 クライマックスシリーズにおいて、ライガースはペナントレースを制したレックスに勝利し、日本シリーズに進出した。

 そこでも勝って、日本一。

 アドバンテージがあるため、MLBよりも環境は大変のはずだ。




「あと15試合か」

 遠征先のホテルにおいて、大介はノートPCで情報を受け取っている。

 チームによる分析も重要だが、自分なりの分析もしている。

 勝敗予想のソフトを使うのに、ノートではメモリやCPUが足りない。

 なので本体はニューヨークのマンションにある。


 ノートはあくまで端末で、そしてそれで充分なのだ。

(アトランタはリードして九回に入られたら、かなり勝つのは難しい)

 クローザーのウィリアムズは、今年も安定してセーブを積み上げている。

 ただセーブの数だけなら、メトロズのレノンも互角ではあるか。

 ブロウンセーブした試合や、負け星がついた試合も、両者はほぼ互角。

 そして勝率計算のため、試合の終盤には冷静に大介を敬遠してくるだろう。


 上旬に九本を打った大介のホームランは、この三試合またも途切れている。

 だがそれでも既に、66本。

 一方期待されていた盗塁や打率は、いまいち伸びていない。

 それでも打率は自己最高を記録しそうだし、盗塁も自己記録は更新するかもしれない。

 だが八月に比べると、圧倒的に盗塁の数は減った。

 確実に成功させようと、試す数自体が減ったのだ。

 

 ホームラン、打率、盗塁。

 この三つをここまで高いレベルで達成したバッターは、過去に一人もいない。

 そんな大介でもNPB時代、打者タイトルの独占は不可能であったのだ。

 完全に万能の選手などいない。

 正確に言えば野球のルールは、そんなものが存在するようには出来ていないのだ。


 いくら打率を高めても、安打の数自体は増えなかった。

 それはそもそも打数が増えないからである。

 打てば打つほど、勝負を避けられる回数が増えていく。

 日本時代も毎年、100以上のフォアボールを受けていた。

 それでも200を超えたのは、MLBに来てからが初めてである。


 この日、直史が29勝目を上げたのを、大介は知った。

 アナハイムはわずかずつ、メトロズとのゲーム差を縮めている。

 正確には勝率差だが。


 メトロズもアナハイムも、あまりアドバンテージにこだわりすぎたら、むしろそれが敗因になるかもしれない。

 たとえばアナハイムなどは、直史の登板数を減らすべきだと大介は思う。

 ショートを守りながら、打席では無理やりにでもヒットを打って、歩かされたら盗塁する大介。

 その疲労度も高いはずだが、大介は生来頑健な体質なのだ。

 ストレッチをしっかりやって、アップとダウンを行えば、自分の疲労度も分かってくる。

 

 世間が自分に求めているのは、色々な記録の更新なのであろう。

 さすがに無理だと思われたホームラン記録も、一気に量産してその可能性をつないだ。

 打率についてはここから、打てる球だけを打っていけばいい。

 だがそれをすると、打点が増えていかないのだ。


 


 アトランタとの初戦は、かなりの打撃戦になった。

 メトロズの先発のスタントンはクオリティスタートに成功したが、その後のリリーフに若手を使ったのだ。

 点差がそれなりにあったため、大丈夫だろうという首脳陣の判断。

 だが野球はわずかな隙を見せれば、そこから点を取っていくスポーツなのだ。


 追いつかれまいとするのは、ピッチャーだけではない。

 打線も追加点を取って、スタントンの勝利投手の権利を守ろうとする。

 完全な乱打戦になると、ベンチは勝ちパターンのリリーフを投入しないことを決めた。

 これだけのひどい流れになると、もうリリーフの力でどうにかなるものではない。

 そして大介に、六打席目が回ってくる。


 ランナーがいる状態で、大介に六打席目が回ってきたのだ。

 一塁が空いているわけではないが、敬遠してしまってもいい場面。

 だがどうせ次もシュミットだとすれば、勝負させる価値はあるだろうと判断。

 イニング頭から投げているリリーフは、強打者に対して、まだ恐れを持っていない。

(あんまり怖がられても困るんだけどなあ)

 打つために必要なのは、勝負してもらうこと。

 フォアボールの数もだが敬遠の数も、去年をさらに上回るかもしれない。

 かといってここで、打たないという選択肢もない。

 初球のストレート、アウトローのボールを、大介は引っ張った。

 その打球はバックスクリーンを直撃するホームランとなり、これで一気に三点。

 試合の流れを決定付ける一撃であった。


 二戦目は投手戦か、と思われたのは序盤のみ。

 武史は打たれないが、二巡目からメトロズ打線は打っていく。

 攻撃の時間が長く、守備の時間が短い。

 そして守備の時間も、武史は積極的に三振を奪っていく。


 MLBのシーズン奪三振を更新した武史は、シーズン500奪三振を期待されている。

 これまでの記録が382だったことを考えれば、常識外れの圧倒的な数字になる。

 あまり記録になど興味のない武史であるが、それでも期待されれば調子に乗ってしまう。

 そんな武史に大介は、大切なのは記録ではない、と言っているのだが。


 武史が加わったことにより、メトロズの投手陣は、アナハイムにそれほど劣らないところまでやってきた。

 そして打線は得点力で上回る。

 もっともアレクに樋口と、何をやらかすか分からない選手が、一番二番を打っていることは、それなりの不安ではある。

 ただツインズは今年のワールドシリーズは、本当にどちらが勝ってもおかしくないと分析している。


 直史に武史を当てるのか、当てないのか。

 スターンバックとヴィエラの二人は、メトロズでも大量点を奪うのは難しいピッチャーだ。

 それに加えて、新しい戦力も育ってきている。

 来年もワールドシリーズで戦えるかどうか。

 そのあたりが大介にとっては不安であるのだが。




 試合は8-0で終わり、武史の奪三振は474まで伸びた。

 残されたローテは、あと二試合。

 武史の奪三振率を考えれば、500に達するのはそれほど難しくはない。

 対戦相手が試合を捨てて、とにかく当ててくれば話は別だが。

 ただ次のワシントン戦はともかく、最終登板はアトランタ戦となる。

 そこではおそらく勝率争いが発生しているのではないかと思う。

 ナ・リーグ一位を既に決めたメトロズだが、これでチームとしては118勝。

 まだまだ試合は残っているのに、もう去年の勝ち星を更新してしまった。


 圧倒的な強者であるチームが、二つのリーグに一つずつ存在する。

 おそらくこの三年間は、メトロズとアナハイムのシーズンと呼ばれるのではないか。

 ただそれにアナハイムが勝ち続けるならば、レギュラーシーズンではメトロズが勝っていても、下克上の時代などと言われるかもしれない。

 日本語ではなくアメリカでは、なんと言うのかは知らないが。


 MLBが盛り上がる場合は、だいたい二つのパターンがある。

 一つは圧倒的な強者がいて、それにいくつかの二番手集団チームが挑み、弾き飛ばされて絶対王者がその強さを見せ付ける場合。

 ただしこの場合は、その挑戦者にも、中心となる選手が必要となる。

 圧倒的なチームが一つあるというのは、強すぎて面白くないなどという人間もいるかもしれないが、実際には常勝軍団の強さに、憧れることもあるのだ。

 特にそれが大都市圏のチームであると、街全体が大きく盛り上がる。

 大介がMLBに来た一年目など、様々なパレードが成されたものだ。

 また多くの記録を作ってしまったため、大介はパーティーに招かれることも多かった。

 シーズン中にはほとんど、そういったものに赴くことはなかったが。


 アナハイムはロスアンゼルスの衛星都市的なものであり、そこまでの盛り上がりはない。

 ただロスアンゼルス都市圏から、アナハイムを訪れる者は多かった。

 少し距離があったとしても、アナハイムはほぼ全ての試合でチケットを売り切っている。

 ただメトロズはそれ以上に、圧倒的にチケットを売っている。完売しなかった日が、この二年近くは一度もない。


 ニューヨーク都市圏と、ロスアンゼルス都市圏との対戦。

 東と西の大都市圏の対決ということで、盛り上がっているのは間違いない。

 MLBだとこれが、東同士の対戦だったりすると、やや盛り上がりが欠ける場合もある。

 なお同じ四大スポーツだと、NBAは東と西で分かれていて、東西での対決となることが決まっている。

 NFLの場合は一試合だけで決まるので、ちょっと比較するのは難しいだろう。


 過去のMLBを紐解いても、これほど圧倒的な力を持った2チームが、同時に存在したことはないだろう。

 どちらのチームも核となる選手が決まっていて、脂の乗った盛り。

 おそらく後数年は、この絶対二強者の時代が続くのではと、ファンは想像している。

 ただトローリーズがメトロズに勝ったように、またミネソタがアナハイムに勝ったように、一方的な強さを持っているわけでもない。

 野球は他のスポーツに比べると、運の要素が強いのだ。

 そんな運の偏りを認めないように、直史は完封を続けているのだが。

 運が悪ければ内野の間を抜いていく。もしくは内野の頭を越えてしまう。

 運がよければゴロアウトで、パーフェクトになる。

 そう考えたら直史も、運の偏在の影響は受けているのであるが。




 アトランタとの第三戦は、ジュニアが投げて119勝目。

 残る試合は13試合だが、一つだけ厄介なものがある。

 対戦相手がアトランタで、ある程度負ける可能性があるというのもそうだが、ここにシーズン序盤で雨天で中止になった試合が重なり、ダブルヘッダーになるからだ。

 もっとも九月はピッチャーを、ベンチメンバーから試せる時期でもある。

 

 遠征は続き、次はマイアミでの三連戦。

 その後はニューヨークに戻って、ワシントンとアトランタを迎えることになる。

 ワシントンはここ最近、マイアミをも下回る勝率になっている。

 メトロズが強すぎるため、チームの解体を決めた。

 そして若手を使っているのだが、最初は勢いで勝てたものの、九月に入っては連敗を多く記録。

 マイアミとの熾烈な最下位争いは、なんとも悲しいものである。


 残りの試合数を数えながら、大介は自分に回ってくるであろう打席も考える。

 正確に言えば、自分が勝負される打数をだ。

 ホームランで去年の記録を抜くのは、おそらく不可能。

 打点もおそらく無理で、打率も自己記録はともかくMLB記録を抜くのは難しくなってきた。

 期待された盗塁数は、自己記録はともかく、MLB記録には届きそうにない。

 だが200安打の達成は出来るかもしれないし、あと得点は去年の記録を上回るだろう。

 何よりもフォアボールと敬遠の数だ。


 311個のフォアボールに対し、現在は284と、こちらはやや微妙な数。

 だが敬遠の数は去年が191回だったのに、今年はもう184回。

 大介の記録はとにかく、MLBの記録を大きく塗り替える。

 直史の場合は記録と言うよりは、もっとおぞましい何かであろうか。


 チームとしての記録は、やはり勝率に勝利数だろう。

 去年塗り替えた117勝を、既に現時点で塗り替えている。

 先発のローテ陣は、皆が大きく勝ち越している。

 去年よりも明らかに、防御率などは良化した。

 アナハイムもそうだが、そこに至るまでの過程でも、対決するチームはあるのだ。

 大介はとにかくなんでも打点を稼ぐつもりであるが、味方がそれ以上に点を取られたら仕方がない。

 武史を直史にぶつけて消耗させるのか、それともスターンバックやヴィエラにぶつけて、微妙なところで勝っていくのか。

 普通ならばエース対決で、第一戦からぶつけていくだろう。

 ただしリーグチャンピオンシップで、どちらもがある程度消耗していたなら、それは確かとは言えない。

 結局ポストシーズンは、ピッチャー次第なところがある。




 マイアミに移動してきて、天気予報などを確認する。

 この先はもう、雨で試合が延期されることは、おそらくないはずだ。

 さらに先を考えていくが、ニューヨークの天気は問題なし。

 ただポストシーズンにどのチームが出てくるかはほぼ決まっていても、まだシードの順番は決まっていない。

 メトロズが一位なのは間違いない。

 二位はおそらくトローリーズだろう。

 しかし三位以降は、どういう組み合わせでどういう試合になるのか。


 今年対戦したチームの中で、インターリーグのアナハイムを除くと、手強かったのはやはりトローリーズだ。

 去年もその前も、リーグチャンピオンシップで対戦している。

 だが武史を当てれば、普通に勝てる相手とも思える。

 やはりピッチャーか、と大介としては難しい顔をしてしまうところだが。


 今年のメトロズは、去年よりもさらに強い。

 そしてアナハイムにも、同じことが言える。

 東西の、両リーグの、最強と最強の対戦。

 しかしどちらにも、その道を阻もうとする、強大な敵が立ちふさがっている。

(今年と、あと一年か)

 大介は自分の力が最大に発揮できるのは、そこまでではないかと考えている。

 戦う相手が強ければ強いほど、自分も強くならなければいけない。

 そう意識しているからこそ、ここまでの成績を残しているのではないか。


 マイアミは軽くひねって、早くホームに戻りたい。

 今年は運悪く、レギュラーシーズン最後の試合は、アウェイでの戦いとなってしまうのだが。

 記録は頭の片隅で、それよりも目指すはワールドシリーズ。

 大介の視線の先には、その決戦の舞台が見えていた。

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