六章 フルスロットル
第105話 家族がまた増えたよ
将来的に大変なことになりそうだな、と大介は長男であり唯一の男子の昇馬を見てそう思う。
実妹と義妹を合わせて妹が四人。
くっつくルートが一つしかないではないか。
ギャルゲにわずかしか知識を持たない大介は、実妹ルートを装備した美少女ゲームなどの存在を知らなかった。
知らなくてもいい知識である。
とりあえず普通に出産も終わったため、大介はオールスター後に復帰することになる。
ただこれでおそらく、種々の記録は更新できなくなったろう。
88試合を消化した時点で、ホームランが41本。
ア・リーグトップのブリアンが30本に満たないことを考えると、今年も圧倒的な数字ではある。
ただしわずかな期間ながら、試合から離れたことは不安でもある。
復帰後初戦は、今季初めての対決となる、ナ・リーグ西地区のコロラドとの対戦。
ホームでの試合はスタントンが先発し、初回はランナーこそ出したものの無失点で抑える。
そしてその裏、メトロズの攻撃。
先頭打者の大介は、初球のアウトローを叩いた。
レフト方向にスタンドインし、今季42号。
不安とは。
今回は関係ないものの、コロラドはフランチャイズのスタジアムが標高の高いところにある。
平均して10%ほども打球の飛距離が伸びるというデータもあり、そのためかコロラドのピッチャーは、他のスタジアムで試合をする時は、ホームランは出にくいだろうという意識で投げてしまうことがある。
そして大介にそんなことをしてしまえば、こういう結果が出てくるのだ。
この回は幸いにも、その一点に終わったコロラド。
しかしパワーで押してくるピッチャーに対しては、メトロズの打線は強い。
フリーバッティングをする時に、かなり武史のボールで練習をしているからだ。
コーチ陣としては肩肘は消耗品と考えている者もいるが、昨今はそうでもないという研究もある。
人によるとしか言いようがないのだ。
案外得点が伸びない試合は、それでも5-3でメトロズが勝利。
そして第二戦は、かなりの点を取って、やはりメトロズの勝利。
第三戦は武史が先発である。
鬼である。
コロラドのスタジアムは、バッター有利でこれまでの半世紀、ノーヒットノーランの記録が一度しかない。
だがこいつであるなら、達成してしまうのではないかと思わせる。
ただ、直史と先に対戦があったなら、そちらで既に達成されていた可能性がある。
リーグが違うとなかなか対戦しないのが、MLBの困ったところと言おうか。
対戦したコロラドのバッターは、最初はとにかく、くるくると回った。
魔球化する前の武史のボールでも、充分に脅威である。
そこからスイングを小さくして、どうにか当てにいく。
ショートの守備範囲に飛んだら、汝全ての希望を捨てよ、とばかりにアウトにされていく。
そして試合も半ばに入ってくると、ストレートが魔球化する。
今日も元気に三振を奪う武史は、間違いなくエースの風格を備えている。
もっとも本人に自覚はない。
その能天気さが逆に、スペックを充分に発揮できるように働いてもいるようだが。
試合の中盤になると逆にフライが上がるようになった。
内野の頭を抜いたフライが出て、しかしながら遠くまでは飛んでいかない。
ポテンヒットが散発で出て、わずかな希望がもたらされる。
しかし終盤になると、ストレートにバットが当たらなくなる。
ストレートだけでかなり押していける武史だが、もちろんそればかりに頼るわけにはいかない。
それにストレートを投げるにしても、全てのボールを全力で投げる必要はない。
必要がないだけでなく、さすがにそれは無理だとも言える。
かつて全く制御の出来なかった時代、高校一年生で153km/hなどを投げたが、全身の筋肉がパンパンに張ることになった。
今はそういう意味では、かなり制限して投げている。
同じ105マイルでも、ギアを入れた場合は、より速く感じるものだ。
武史の105マイルは、同じ105マイルなのに、どうしてより中盤以降の方が速く感じるのか。
それはもちろんスピン軸とスピン量に関係がある。
ホップ成分が多くなり、そのため慣れたストレートの軌道に、バッターの脳がついていかない。
オールスターではブリアンにこそ打たれたが、あれが試合の中盤以降であるなら、ブリアンの脳も騙せていただろう。
それに一イニング投げた中で、ブリアン以外は三人とも三振でアウトにしている。
魔球化する前のストレートでも、本来は充分に脅威なのだ。
そしてスピン量の問題もある。
ホップ成分の多いボールは、それだけならむしろ打たれやすいし、長打になりやすい場合もある。
だがスピン量が多いことによって、減速することが少ない。
回転軸が並行でないストレートを中盤以降に投げると、キレのある減速していないストレートになる。
それは上杉のストレートに近い。
最終的にはまたも、18奪三振で完封。
やや球数は多かったが、それでも110球で収めた。
打たれたヒットは結局たったの三本。
コロラドとしては完全に、パワーで負けたという絶対的な敗北を感じている。
ただそれでも、まだ直史と対戦していない彼らは、本当の絶望を知らない。
もはや形而上的存在となり、絶対なる勝利の象徴とまで化しているのかもしれないが、それはさすがに考えすぎである。
大介の数字が、やっと落ちてきたように見える人間がいるらしい。
コロラド戦で10打数三安打であったから、四割越えのバッターとしては、確かに落ちてきたと言えるのだろう。
だがそのヒット三本のうち、ホームランが二本というのは、訳が分からないのではなかろうか。
コロラドとの三連戦の次は、引き続きホームでセントルイスとの四連戦。
昨年地区二位だったセントルイスは、今年は首位に立っているが、さほど突出した勝率を誇っているわけではない。
地獄のようなナ・リーグ東地区、西地区、ア・リーグ東地区、西地区と比べれば、両リーグの中地区の動静は、まだしも穏やかだ。
特にミネソタが爆発しているア・リーグ中地区と考えると、ナ・リーグの中地区は一番穏やかな場所かもしれない。
ここにもピッツバーグという、100敗ペースで負けているチームはいる。
だがセントルイスにしても、100勝しそうなペースではない。
この地区のチームはおおよそ、他の地区のチームの強豪に、勝率を削られていると言っていいだろう。
実際にこの四連戦も、メトロズの有利に進む。
メトロズは打撃のチームと思われており、それは確かに間違ってはいない。
だが去年に比べれば圧倒的に、投手陣の数字が良化している。
先発ローテで長期離脱や、今季絶望という選手がいないのも、確かにその理由の一つだ。
だが故障者が出にくくなっている原因も、ちゃんとあるのだ。
去年のアナハイムが一気に投手陣が良化したのと同じ理由。
ただでさえ投手王国であったレックスが、さらに投手成績が良化した理由。
もちろんキャッチャーが代わったというのも、大きな理由だ。
だがやはり武史が、完投能力を有しているというのが大きい。
MLBは傲慢なところがあるので、他の低レベルのリーグから、新しい考えを持ってくるということがしづらい。
そもそも改革に関しては、積極的なところがMLBである。
日本と違ってその改革に、抵抗するような石頭は即座に排除される。
なので本来なら、MLBでもその価値に気付いていないといけなかったのだ。
直史と武史の二人に共通するのは、完投能力。
これは自分で自分の勝ち星を作れるという以外に、重要な意味を持っている。
それは言われてみれば、当たり前と思うだろう。
イニングを自分で食いつぶしていくイニングイーターの能力だ。
二人がイニングを食っていくため、リリーフ陣を休ませることが出来る。
これはNPB時代で言うなら、スターズでは上杉が、ライガースでは大原が、そしてレックスではビハインド展開の星が、担っていた重要な役目だ。
ただ五回までを投げて、その時点で三点以内に抑えているという、微妙な先発ピッチャー。
確かに長いレギュラーシーズンを戦っていく間には、そういうピッチャーでも充分に戦力とは見られるのだろう。
だが全体として見てみれば、リリーフ陣の負担が大きくなる。
勝ちパターンのリリーフ陣は大切にするが、ビハインドや微妙な展開では、リリーフの扱いも雑なものになる。
そこから這い上がるピッチャーもいれば、そこで潰れるピッチャーもいる。
そして下手に使い勝手がいいため、そこで使い潰されるピッチャーも。
上杉は絶対的なエースで、大原も先発のローテでイニングイーターになれたが、星は結局故障して引退した。
もっとも本人にとっては、それでも満足であったのだろうが。
今のメトロズは、武史、ジュニア、ウィッツ、オットー、スタントンの五人が完全に固定したローテーションピッチャーで、これにワトソンが混ざることが多い。
ウィッツの契約が今年で切れることを考えると、ワトソンがかなり先発として仕上がってくれたのは、首脳陣としては嬉しいことだろう。
アナハイムの直史、スターンバック、ヴィエラ、レナード、マクダイスと比べるとどうか。
直史、スターンバック、ヴィエラのところまではアナハイムの方が上。
しかしオットーにスタントンの二人と、レナードにマクダイスの二人を比べれば、前者が上となる。
チーム力というのはバランスなのだ。
アナハイムは六人目の先発として使えるピッチャーがおらず、ロングリリーフのウォルソンが先発することが多い。
そして負けることが多いのは、このリリーフデーだ。
メトロズはワトソンがほぼ六人目のローテとなって、かなり安定して勝ち星を稼いでいる。
レギュラーシーズン後半を戦っていくためには、どちらもリリーフを補強したい。
あるいはアナハイムの場合、一度試したガーネットを、また持ってきてもいい。
選手の運用は、首脳陣も頭の痛い問題なのだ。
メトロズのように、圧倒的に勝っているチームでさえそうだ。
セントルイスは強いピッチャーもいるため、メトロズでも油断することは出来ない。
メトロズのピッチャーは今年、かなり調子がいいことは確かだ。
勝敗が先発にしっかりとつくことが多く、特に勝ち星が多いのは、勝率を考えれば当たり前のことだろう。
大介はどんなピッチャーが相手でも、あまり気にすることなく打っていく。
本多をわずかながら苦手としているのは、高校時代に見た印象が強かったかもしれない。
大介が本当に、全く歯が立たないと感じたのは、高校時代の上杉が最初であった。
直接対決出来たのは、練習中のわずかな間。
ただ上杉と本多が、練習試合で投げ合っているのを見たことはある。
チーム力の差もあったが、あの時は本多が上杉に勝っていた。
今なら、まだ樋口が上杉とのバッテリーに、慣れていなかったからだと分かるのだが。
その後は直接対決で戦って勝っているが、それでも最初の印象は強い。
大介がサウスポーのスライド変化が苦手になったのも、真田以前に細田の存在がある。
細田とはプロ入り後も何度も対決したが、やはりある程度控えめな打率と長打率になっていた。
そんな高校時代の経験をすっ飛ばすと、大介はもうほとんどのピッチャーのパターンに、対応できるようになっている。
特にスピードボールに強いのに、変化球打ちも得意であるのは、直史の変化球をとにかく打っていたからだろう。
このセントルイス戦、大介はまた二試合に一本のペースで、ホームランを打っている。
四連戦なので二本ということだ。
打率はやや下がっているが、問題の長打に関しては維持できている。
そして重要なのは、OPSだろうか。
出塁率は今季、七割を超えていったころもあった大介だ。
それがようやく落ち着いてきて、それでも0.660を超えている。
二試合休んだ関係もあって、おそらくホームランの数は更新できないだろう。
そう思っていると逆のフラグにしてしまうのが、大介であるのだが。
オールスター後に調子はどうなるか心配された大介であるが、むしろ上がっているかもしれない。
ヒットの半分以上は長打になっているどころか、ホームランの数が単打よりも多い。
大介が己の成績を意識している間にも、メトロズは勝利を重ねている。
たとえ大介がホームランを打たなくても、フォアボールで出塁した彼を確実に帰すのが、今のメトロズの強さだと言えるだろう。
このセントルイス戦、四戦全勝。
オールスター後の成績は、アナハイムも共に全勝している。
ただここからが、メトロズにとっては苦しい展開になるかもしれない。
雨天での中止もあったが、スケジュールがややきつくなっている。
夏場のニューヨークは、冬との寒暖差が激しいため、消耗しやすい。
それに比べるとアナハイムなどのカリフォルニア勢は、春から充分に暖かい環境にいる。
大介に今年求められるのは、おそらく打率の記録か。
メトロズはまだ、ラッキーズとのサブウェイシリーズも残している。
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