第83話 奪三振王
アトランタとは三度目の対戦カードとなる。
これまではホームでの試合であったが、今回はアウェイでの試合。
「なるほど、やっぱりそうだ」
今更であるが武史は、日本のピッチャーでMLBで全く通用しない選手がいる理由をさらに見つけた。
「外野ファールグラウンドが狭い球場が多いすよね」
「まあだからファールアウトが取られにくいのはあるけどな」
大介的には甲子園球場など、ファールグラウンドが広いため、フライアウトが多いと思ったものだ。
他にも風向きなど、ホームランは出にくいはずなのに、そこで毎年ホームラン王を取っていた人がいるらしい。
フライボール革命がアメリカで先にメジャーになった理由の一つ。
ファールフライでアウトなど客が興醒めのため、ファールグラウンドを狭くした。
大介は昔のアメリカの球場については良く知らないが、そういう理由もあるのではと思う。
バッター側としては、有利になるのでそれはいい。
このカードは四連戦となり、ワトソン、オットー、武史、ジュニアという順番でローテを回す。
今季初先発のワトソンとしては、チームとしてかなり隙のないアトランタは難しい相手だ。
だが今年でMLB三年目の大介からすると、アトランタが厳しい相手だったのは一年目だけだったな、と思うぐらいだ。
なおこの認識は間違っている。
アトランタは一年目はわずかに勝ち越したものの、去年はチームとして負け越した相手なのだ。
それでも苦手意識を持たなかったのは、今年の開幕三連勝があったから。
この間の連敗は、あまり意識していない。かなり運が悪かったからだ。
ただ、ここでまた負けたりしたら。
三戦目の武史の試合で、確実に勝ち星は取れると思う。
だがその前の二試合にも負けるわけにはいかない。
まだ先発経験の少ないワトソンのためにも、初回の表で先制点を取りたい。
そう考える大介は、ゆっくりとバッターボックスに入る。
ここ四試合連続でホームランを打っている大介は、この試合も打てば二試合に一本という去年のホームランペースに戻る。
ゆっくりとバッターボックスに入った大介は、ゆっくりと構える。
それはまだアイドリング状態の暴走機関車を思わせる。
これに対してアトランタは、いきなりの敬遠は選択しない。
ボール気味になってもいいから、まずは勝負。
その内角に入ってきたボールを、大介は振りぬいた。
ボールはライトのポール際に、美しい円弧を描いて飛び込んだ。
「ちょっとミスったか」
先頭打者の初球先制ホームランで、メトロズはリードした状態から試合を開始した。
八つ当たりというわけではないが、メトロズはアトランタを撲殺する準備は出来ている。
今年は序盤から、アナハイムと勝率レースをしていたのに、遅れを取ったのはアトランタに連敗したからだ。
それは確かにその通りであるのだが、試合に勝とうと思うのは当たり前のことだろう。
だが雨での中止もあって、上手く噛み合っていなかったのは確かだ。
条件は同じなのだから、それをアトランタのせいにするのもおかしいが。
殴り合いを覚悟していたメトロズであったが、今季初先発のワトソンは、坂本のリードで順調に投げた。
六回までを二失点と、クオリティスタートを上回る出来である。
その後をリリーフ陣は、勝ちパターンではない継投をする。
充分な得点差があったため、伸び伸びと投げることが出来る。
それ以上の失点をすることなく、第一戦は9-2で勝利した。
打力で圧勝しながらも、やはり重要なのはピッチャーだな、と坂本は考える。
メトロズのピッチャーは基本、単純な人間が多い。
その中の筆頭が、何も考えていないような武史であろう。
ベテランのウィッツはともかく、他のピッチャーへの教育が出来ていない。
ピッチングコーチの怠慢ではないのか、と坂本などは考えている。
それでも優勝し、次の年もワールドシリーズに進出したことで、この三年の首脳陣は代わっていない。
坂本はそういうところを見ていると、将来的にはコーチをしてみたいかな、と思わないでもない。
MLBの首脳陣などというのは、それこそシーズン中は各地を飛び回り、シーズンオフにもフロントとの付き合いがある。
直史や樋口などは、絶対に嫌だと思うような職種である。
ただ坂本などは、あちこち移動するのが好きな人間だ。
コーチなどもやってみたいかな、と思えばやってみる人間だ。
こういう人間がMLBのみならず、社会ではストレスを感じずに成功しやすい。
続く第二戦、メトロズの先発はオットー。
ここはある程度、勝ちが計算できる試合である。
アトランタは今年、計算できるリリーフ陣を用意している。
そのため中盤までで、試合が決まってしまうことが多い。
逆に言うと中盤でメトロズが勝っていれば、リリーフを出させないで済む。
そして勝ちパターンのリリーフであっても、大介なら打てる。
もっともこの試合も、メトロズの優勢のうちに推移する。
六回まで三失点と、まさにクオリティスタート。
メトロズ打線はそれ以上の点を取るので、勝利投手の権利が発生。
そのままメトロズは勝ちパターンの投手リレーで試合を制した。
翌日の第三戦が武史。
まだ開幕からの連勝記録は止まっていない。
自責点が一点増えてしまったが、それでも全試合完投レベルのピッチングをしている。
雨天のため球数も増えて、そして試合にも負けた。
自分の責任ではないとは言え。思うところはある。
武史は坂本以上に野球選手らしくない野球選手だ。
一応目上意識などはあるが、それよりもまず基準が兄である直史となる。
ああいう責任感のある人間に、しっかりと付いていくべきだ。
責任感とはまた違うだろうが、樋口などにはほぼ前面服従というか、お任せ状態の武史であった。
感覚や運で正解を引き当てる武史としては、この間の試合はしょうがないものであると思っている。
プロの世界では全力で投げていても、ある程度は負けることがるのだ。
直史の無敗記録がどうして成立しているのかは、武史でも疑問なところはある。
ただ自身に負け星がついたわけではないが、直史も去年、先発した試合で一つは負けたものがある。
武史もまだ、自分自身には負け星はついていない。
アトランタとの第三戦、天気は曇天。
嫌な感じはするが、降水率はそれほど高くない。
アウェイゲームであるということは、当然ながら前の二試合とは雰囲気は違うだろう。
だがこのメトロズ打線なら、先制点は取ってくれるような気がする。
高校時代とプロと、両方で大介を見ている武史とすれば、一番大介というのは違和感がある。
だが色々な統計を駆使すると、それが一番勝率が高くなるらしい。
試合の最初に大介が先頭で出てきて、それに打たれるのも、打たれないために歩かせるのも、確かに相手のピッチャーの心理を、乱すためには面白い試みだ。
ただどうしても日本の野球に慣れた身としては、一番に最強のバッターを置くというのが、感覚としては納得しがたい。
この試合も、先頭でフォアボールで塁に出る。
そして一塁から、ピッチャーにプレッシャーをかけていく。
大介は去年の盗塁王でもある。
小柄な体はダッシュ力においては、むしろ有利だということすら言える。
ショートを守るのに必要な、小回りの利く肉体。
それを持っているにもかかわらず、爆発的なパワーもある。
あれはいったいなんなのか。
それを言うなら、お前こそいったいなんなんだ、という話になるが。
(お、先取点)
ペレスのヒットで大介がホームに帰ってくる。
とりあえずこれで、武史が一点もやらなければ、アトランタとは三連勝。
四戦目があるカードというのも、武史には違和感があるが。
ホームランも打たれているし、前の試合は雨ながらヒットを打たれフォアボールも出してしまっていた。
今日ぐらいの湿り気の方が、 ボールは滑らなくていい。
MLBのボールはむしろ、武史のムービングとは合っている。
坂本から教えてもらっているスプリットは、まだまだ実戦レベルではない。
(今日はストレートをしっかり投げよう)
そう考えて一回の裏、マウンドに登る武史であった。
スプリングトレーニングのブルペンから、武史のボールはとんでもないものであった。
肩慣らしをしている時のボールであっても、100マイルオーバーを普通に出してくる。
むしろスピード自体は、最初から105マイルはほとんど出ているのだ。
だが中盤に肩が暖まってからは、明らかにボールが変わってくる。
そしてそうなると奪三振率が跳ね上がる。
同じチームの坂本はもちろん、もうMLBの全てのチームが、武史のボールの特性には気づいているだろう。
特に顕著なのが、フォーシームストレート。
トラックマンで計測すれば分かることだが、ホップ率が異常なのだ。
正確に言うと、他の誰よりも沈まない。
浮く球、というのは物理的に存在しない。
だがより直球に近づけば近づくほど、そのボールはホップしているように見えてくるのだ。
ただやはりグリップが、このストレートには重要になる。
雨の日には弱いだろうな、と坂本は分析している。
実際に武史の場合、点が入る状況というのは、連打よりも一発が多い。
これをおおよその人間は、気を抜いて投げているからだ、などと勘違いする。
それもあるのかもしれないが、スピン量の多いバックスピンを投げるピッチャーは、一発病が多いとも言われる。
もちろん球威があるため、平均的なピッチャーよりも、よほど打たれる数は少ないが。
とりあえず先制点を取っている一回、坂本はやや球数が多めになるリードをする。
同じ兄弟であっても、直史相手には絶対にやらなかったことだ。
100マイル前後のボール球を、アトランタのバッターは振りに来る。
なぜなら105マイルのボールを打つよりは、打てそうに思えるからだ。
ゾーン内に集めるだけでなく、左右のアウトローの出し入れが上手い。
武史のピッチングの特徴である。
ムービングに関しては、そこまでのコントロールはない。
だが100マイルで手元で動く球を、まともに打てるバッターは数少ない。
(まずは15球)
一回の裏、三振二つに内野ゴロ一つ。
心の中で数えながら、坂本はベンチに戻る。
前の試合で連続本塁打記録が途切れた大介であるが、それでも81本を記録した去年と、同じぐらいのペースでは打っている。
今年も打率、出塁率、打点、ホームラン、盗塁の五冠王。
開幕からしばらくは、調子のいいバッターがホームラン数で上回っていたが、それも落ち着いてきた。
対して大介は、ここからが調子を上げていくのだ。
大介がMLBの記録をどれだけ更新できるのか、というのはMLB全体における大きなトピックだ。
その中で語られることの多いのが、MLBに移籍してきた年齢が、もう少し若かったらというものだ。
挑戦、という言葉はもう誰も使わない。
大介は当たり前のように、NPB時代より高い記録を残しているからだ。
日本時代から通算すれば、大介の通算本塁打はもう743本。
間もなく誕生日を迎える大介だが、今はまだ29歳。
もちろんこんなバッターは、どれだけ過去を遡ってもいない。
日本時代に限っても、大介のホームラン数は、最年少記録を次々と塗り替えてきた。
一年目のルーキーイヤーから、いきなりNPB記録を抜きそうになるというのが異常であったのだ。
MLBの数字を入れなくても、NPB時代だけでホームラン数は歴代三位。
リーグの違うホームラン数や打点数を、入れるのはどうかという議論はある。
だがNPBよりレベルが高いはずのMLBで、どうして記録が伸びているのか。
そのあたりの説明が出来る、MLBの専門家はいない。
こういったことは直史にも言えるが、武史もしっかりと上杉に次ぐ奪三振記録を残している。
延長なしで一試合23奪三振というのは、頭のおかしな記録である。
そもそもここまで途中交代した試合でさえも、最低で15奪三振を記録している。
連続二桁奪三振記録など、ややマイナーっぽい記録は簡単に更新しそうだ。
今日の大介は、またも歩かされている。
点差が大きくないので、これは仕方のないことなのかもしれない。
武史から大量点が取れるとは考えていない。
なのでどうしても一発の危険は避けてしまうのだ。
これが勝負されるようになるのは、メトロズがもう圧倒的に得点を取り、勝負を避けても無駄だと思わせるしかない。
だがアトランタは粘り強いチームだ。
メトロズの強力な上位打線を、ぎりぎりのところで防いでいる。
初回の一点が大きいが、だからと言って自棄になる点差ではない。
武史は既に今年、一発で一点を取られている。
それに前の試合では、七回までで四本のヒットを打ったのだ。
連続して歩かされる大介に対して、武史は連続して三振を取っていく。
ストレートだけでどれだけ押せるか、試してみたいと思う坂本もいるが、基本的に武史は己のストレートにこだわりはない。
もちろん一番空振りを奪いやすいボールだとは分かっている。
それでも球威だけで押さないのは、真に優れたピッチャーが、そういうスタイルではないから。
とんでもないストレートを持ちながらも、それに頼り過ぎない。
そのあたりが武史が、本当に打たれにくい理由なのだろう。
試合の展開はメトロズが圧倒的に押しながら、アトランタはぎりぎりで追加点を防ぐ、というものになっていた。
こういう試合の場合、なぜか終盤でエラーやフォアボールが重なり、逆転を許すという試合が印象深い。
だが武史に関しては、そんな危険はあまり必要ないだろう。
ポテンヒットを三本打たれたが、散発のヒット。
そして三振の数は増えていく。
直史のような完璧なピッチングは出来ない。
だがその直史自身が、一番重要なのは完封すること、と言っているのだ。
さらに言えば点を取られても、負けなければそれでいい。
武史はそういう考え方で投げている。
この試合は武史の成長を、またも促したものになるのか。
あるいは最初から、打線の援護には期待していないのか。
直史なども結局は、打線の援護には期待していなかった。
いや、最後には必ず、先に点を取ってくれると思っていたのか。
エースは相手のピッチャーより先に、点を取られてはいけない。
MLBにおいては、どんなすごいピッチャーも、無失点完封などはほぼ出来ないものだ。
それを考えるなら一点ぐらいは、取られてもいいのではと考えないではない。
だが武史は投げ続けた。
大介は歩かされ続けた。
あまりに大介から逃げるアトランタは、味方からのブーイングを受けたりしている。
そして結果は、九回の裏に出る。
1-0のまま迎えた、九回の裏。
マウンドには球数がまだ100球を超えない武史。
ただおそらくここで最後まで投げきれば、100球を超えるだろう。
だがそんなものは気にしない。
重要なのは最後まで、点を取られないことだ。
打力のメトロズが、一点しか取れなかった。
アトランタはそこは、今日のピッチャーも含めて、継投させた首脳陣も誇っていい。
だが結局は、武史が一点も取らせなかった。
そこは打線がどうにかするべきであった。
九回を投げて、21奪三振。
1-0にてメトロズが勝利。
これで四度目の、一試合あたり20奪三振以上。
もちろん20奪三振を記録したピッチャーなど、過去に五人もいない。
大介のバッティングが、相手の敬遠でなかなか見られない今シーズン。
武史の奪三振が、メトロズの話題を騒がせていた。
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